「優秀」な人が集まっているはずの組織で、なぜ不条理な運営が繰り返されるのか? 今回は世界最低水準である日本人の「ワーク・エンゲイジメント」と上がらない生産性の背景について。日本企業の“組織的茶番”を分析する組織学の第一人者、太田肇・同志社大学名誉教授の新刊『なぜ「賢い人」が集まってしょうもない意思決定がなされるのか 身近な疑問からみる日本型組織の「無駄の構造」』から抜粋します。

有休の3分の1は捨てられている

 かつて日本人の代名詞であった「モーレツ社員」の影は、近年の働き方改革や法改正によって、表面上は薄れたように見える。主要国の中で突出して長かった労働時間は短縮が進み、ワークライフバランスの重要性が声高に唱えられるようになった。

 しかし、そのような努力にもかかわらず、統計の細部に目を向ければ大きく変わらぬ実態が浮かび上がる。正社員に限ってみると年間総労働時間は依然、高止まりしているし、有給休暇の取得率こそ67%近くまで向上したものの、残りの3分の1、日数にして約1週間分はいまだに行使されることなく捨てられているのが現状だ。「社員にいくら休めと言っても休まないんだよ」と自慢げに語る経営者もいる。

 こうした数字だけを見れば、日本人は今なお世界有数の「勤勉な労働者」であるかのように映る。ところが、その内実を問う各種の国際調査は、それと対照的な日本人像をあぶり出している。

 仕事に対する情熱や没入度を示す「ワーク・エンゲイジメント」の国際比較を見ると、日本は世界最低水準の常連である。さらに、労働生産性は主要先進国の中で最下位を争い、時間あたりの生産性は欧米諸国の半分から3分の2程度にとどまっている。

 表向きは勤勉で頑張っているのに、実は仕事への熱意が希薄で、生産性も低い――。この奇妙なギャップはどこからくるのか。その元凶こそが、「職務の曖昧さ」と「頑張りへの過度な依存」が作り出す負のループである。

成果より「残業」「会議での発言」が重要?

 欧米の標準とされるジョブ型雇用であれば、一人ひとりの職務内容が明確に定義されている。何をもって「成果」とするかが可視化されているため、評価の主眼はアウトプット、すなわち仕事の質と量に置かれる。

 しかし、共同体型組織である日本企業では、個人の分担や責任の範囲が極めて曖昧だ。仕事は「チームで行うもの」であり、誰がどこまで貢献したのかを明確に把握することができない。

 アウトプットが正確に捕捉できない状況で、それでもなお人を評価し、選別しなければならないとき、組織が頼るのはインプット、すなわち「頑張り」という最も手近で主観的な指標である。

 「遅くまで残っている」「会議で積極的に発言している」「他部署の雑用も引き受けている」――。こうした、頑張る姿が、実質的な貢献度に置き換わってしまう。

残業している人を「頑張っている」と評価する傾向はいまだに根強く残っている(写真:Hayato/stock.adobe.com)
残業している人を「頑張っている」と評価する傾向はいまだに根強く残っている(写真:Hayato/stock.adobe.com)

 その結果、社員の関心は「いかに成果をあげるか」ではなく、「いかに周囲に頑張っているように見せるか」という、非生産的なパフォーマンスに向けられるようになる。社長が「休めと言っても休まない」という会社の社員にこっそり本心を聞いてみると、「休んだら何を言われているかわからない」という言葉が返ってきた。

 いわゆるメンバーシップ型雇用のもとで、自律的にキャリアを形成する権利を奪われ、会社に身を委ねている社員にとって、能力を向上させる能動的な動機は湧きにくい。代わりに支配するのは、周囲の視線を気にした受動的な頑張りなのである。

「『絶対に失敗するプロジェクト』が全会一致で走り出す」「みんなが無駄だと思っている業務がなぜか永遠に無くならない」……「優秀」な人が集まっているはずの組織で不合理な運営が繰り返されるのはなぜか? 組織学の第一人者が、「組織と人の真実」に迫る。

太田肇著/日本経済新聞出版/1980円(税込み)