三国志マニア、研究者のニッポン放送アナウンサー・箱崎みどりさんが三国志入門としておすすめするのは、『三国志に学ぶ人間関係の法則120』(文:ペズル/絵:田中チズコ)。『三国志演義』の構成と同様、120の場面を簡潔に紹介しながら、人間関係に役立つ教訓を整理している。『三国志演義の世界[増補版]』(金文京著)は史書『三国志』から「奇書」とも称される小説『三国志演義』がいかにして生まれたかがテーマの学術書。一般向けにも読みやすい内容だ。連載第3回。
三国志入門のビジネス書
三国志は、しばしば実用書やビジネス書の世界でも引用されます。『三国志演義』(以下、『演義』)では、さまざまな登場人物が仲間になったり、尊敬を集めたり、見下されたり、裏切ったり、策を巡らせたり等々、人間臭いドラマが無数に展開されます。最終的に「勝つ」という目的はあるものの、人間関係の機微によって物語が進行する箇所も多いのです。
ですから、三国志を現代のビジネスシーンに当てはめ参考にしようというのは、自然な発想かもしれません。中でも『 三国志に学ぶ人間関係の法則120 』(文:ペズル/絵:田中チズコ/プレジデント社)は、非常にすっきり整理されていて読みやすいと思います。
ポイントの第一は「120」。なぜこの数字かといえば、『演義』が120回に分かれているからです。「章回小説」という形式で、『演義』だけではなく、明や清の時代に書かれた『西遊記』や『水滸伝』なども同じ形式で書かれています。もともとは講談から始まっているためで、ひとまとまりの話をしつつ、「さあこれからどうなるでしょうか」と次回への興味をつないで終わるのがパターン。今日で言えば連続ドラマのようなものです。
本書は、『演義』の各回の内容を順番にざっくり紹介しながら、その教訓を一つずつピックアップする構成で書かれています。そのため、三国志をまったく知らない方でも物語の全体の流れが分かるし、かつ人間関係にまつわるエッセンスを知ることもできます。
しかも、文章がきわめて平易で簡潔です。著者のぺズルさんは三国志好きが高じてこの本を上梓(じょうし)されたそうですが、ふだんはクイズを作ったり、子ども向けの本をいろいろ書かれたりしているとのこと。そのせいか、言葉遣いが今風で易しいうえに優しいのです。三国志の入門書としても最適でしょう。
『三国志』から『三国志演義』へ
そしてもう一冊、もっと本格的に『演義』について知りたい方には、『 三国志演義の世界[増補版] 』(金文京著/東方書店)がおすすめです。中国文学研究者による学術書ですが、一般の方にも読みやすく書かれています。
本書のテーマは、史書『三国志』から「奇書」とも称される小説『三国志演義』がいかにして生まれたか、です。両者の間には、およそ1000年の開きがあります。その間、それぞれの時代のたくさんのクリエイターが独自に脚色や誇張を加え、複数の物語が生まれては消えていきました。最終的に『演義』としてまとめられるころには「七割史実、三割虚構」と呼ばれるほど変貌しました。しかし、単純に三割が書き加えられたわけではない、というのが同書の主張です。
では、具体的にどう変わったのか、多くの個性的なキャラクターがどのように変遷したのか、時々の時代背景なども振り返りながら分析します。例えば『演義』の中の諸葛孔明は、天候をも操る神がかり的な軍師として描かれます。しかし史書『三国志』によれば、孔明は内政に能力を発揮した人で、主君の劉備が死んで初めて大軍を率いることになりました。
同書によれば、古今東西のあらゆる戦争は科学技術と強く結び付いており、古代には科学技術に相当するものが占いの類いだったそうです。軍隊にはたいてい占い師が帯同していました。その慣例に習い、『演義』ではその役割を孔明に担わせたのではないか、と分析しています。
実際、孔明は学問や技術に明るかったようなので、配役としては最適かもしれません。神がかり的に霧や風を呼び込めたのも、“気象学”を使って予測していたと考えれば、合点はいきます。吉川英治『 三国志 』(講談社ほか)など、『演義』をベースにする現代の作品も、こうした解釈を採っているものが多いのです。
日本で広く浸透した理由は「和訳」
また同書の終盤では、日本に『演義』が浸透し始めた経緯についても触れています。最古の記録は1604年、後に徳川家に仕えることになる儒学者・林羅山の読書記録の中に『演義』が含まれています。また、家康が御三家に贈った蔵書の中にもありました。以降、民間にも複数の『演義』が入ってきたようです。
その後、日本では、漢籍(中国語の本)のままではなく、和訳本として出版され、広く知られるようになりました。この和訳本が『通俗三國志』で、日本で最初の外国長編小説の翻訳本となりました。
当時はお寺などで漢語の勉強が盛んで、そのテキストとして漢籍のまま出版されることも少なくありませんでした。その中にあって、『演義』は異例の扱いを受けていたわけです。歴史書のようですが、中身は娯楽小説であり、勉強のためだけに読むのはもったいない、と判断されたのでしょう。
和訳して誰でも読めるようにすれば絶対売れる、と踏んだ出版人の尽力もあったことでしょう。そのもくろみは見事に当たり、多くの版を重ねるとともに歌舞伎やパロディー本などにも転用されたことは前にお話しした通りです(第1回「 『超人』ではなく『人間』孔明を描く、宮城谷昌光『諸葛亮』 」)。
こうした『演義』にまつわる知識を深めたい方に、本書はうってつけだと思います。
『演義』を読み通すコツ
なお、『演義』の現代版日本語訳は数種類刊行されています。相当なボリュームがありますが、読破できないことはありません。
そこで、途中で挫折しないためのアドバイスを2つほど。まず、精読しようと意気込まないことです。例えば、『演義』には頻繁に漢詩が登場しますが、一つ一つ理解しようと思うと大変です。分からないところ、ややこしいところは、眺めるだけで大丈夫です。
それから、登場人物の数が膨大で、読み方が分からなかったり、相関が分からなくなったりすることがしばしばあります。次第に面倒くさくなって、挫折してしまう方も少なくありません。そういう方に私が申し上げるのは、「人物はいちいち覚えなくていい」ということ。『演義』には膨大な数の人物名が出てきますが、たいていすぐに出てこなくなります。何度も出てきて、何となくさっきも見たな、と思える名前だけを追っていけば、十分物語を楽しめます。
最初は適当にパラパラ読みながら、面白そうな場面を見つけてみるぐらいの感覚でいいと思います。
なお、最後にちょっとしたネタバレを。先に述べた通り『演義』は120回までありますが、終盤になると当初の英傑たちは全員姿を消して代替わりし、魏(ぎ)・呉(ご)・蜀(しょく)のいずれもが結局は覇権を握ることなく滅亡します。その悲劇性がまた、日本人の琴線に触れるのかもしれません。
文/島田栄昭 取材・構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集部) 写真/木村輝
乱世に生きながら清新さ、誠実さを失わない、今まで見たことのない諸葛亮がここにいる。宮城谷版『三国志』完結から10年、ついに待望の作品が紡がれた。
宮城谷昌光著/日本経済新聞出版/1980円(税込み)※上下巻とも

![『三国志演義の世界[増補版]』(金文京著)](https://cdn-bookplus.nikkei.com/atcl/column/011000336/011000003/02.jpg?__scale=w:600,h:400&_sh=07308d0fe0)

