経営再建のさなかにある日産自動車。その反転攻勢に向けた取り組みを『 日産 最後のサバイバルプラン 転落の真因と復活への提言 』の著者が追う。その第2回。

日産自動車の高級ミニバン「エルグランド」。4輪駆動タイプのシリーズ方式のハイブリッド車。最廉価で約690万円(税込み)と高額ながら、発売前の先行予約だけで6000台を超える受注台数を獲得した(出所:日産自動車)
日産自動車の高級ミニバン「エルグランド」。4輪駆動タイプのシリーズ方式のハイブリッド車。最廉価で約690万円(税込み)と高額ながら、発売前の先行予約だけで6000台を超える受注台数を獲得した(出所:日産自動車)
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 日産自動車が16年ぶりに市場投入した新型「エルグランド」が、好発進を見せている。2026年5月下旬から先行予約を開始し、2カ月もたたないうちに受注台数が6000台を超えた。同社は「滑り出しは順調」と評価する。日産自動車にとって、先に好調なスタートを切った小型多目的スポーツ車(SUV)である新型「キックス」に続く明るいニュースだ。

 新型エルグランドは、いわゆるプレミアム(高級)ミニバンである。同社が長期経営計画(長期ビジョン)で設定した「ハートビートモデル」に位置づけられるクルマだ。本来は販売台数よりもブランド価値の向上を優先する車種だが、日産自動車は新型エルグランドの売れ行きに大きな期待を寄せる。

 最廉価でも689万7000円(税込み)と高価格であるため、1台当たりの利幅が大きいからだ。当然、台数が出るほど営業利益に大きく貢献する。経営再建のさなかにある同社にとって、新型エルグランドは文字通り「これからの日産の成長をけん引する重要なモデル」(国内のマーケティングと販売を担う同社執行職の杉本全氏)なのである。

「らしく走れ NISSAN」に刷新

新型エルグランドの発売に合わせて、日産自動車はブランドメッセージを刷新。「やっちゃえ日産」から「らしく走れ NISSAN」に変わった(出所:日経クロステック)
新型エルグランドの発売に合わせて、日産自動車はブランドメッセージを刷新。「やっちゃえ日産」から「らしく走れ NISSAN」に変わった(出所:日経クロステック)
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 日産自動車は同年7月16日、横浜市にある本社で新型エルグランドの発売に伴う会見を開いた。この会見で新車以上に筆者の印象に残ったのは、同社がブランドメッセージを変更したことだ。

 日産自動車は2015年から10年以上にわたり、「やっちゃえNISSAN(日産)」というブランドメッセージを使ってきた。この言葉からは、失敗を恐れずに前進せよという挑戦心をかき立てるポジティブな印象を受ける。ところが、不祥事の発生や業績低迷の後では、逆にネガティブなイメージを感じるという声も世間では上がっていた。

 今回、同社はブランドメッセージを「らしく走れNISSAN(日産)」に刷新した。走りにこだわってクルマを開発してきた同社の「思い」を伝える試みだ。そして、日産自動車は、この「新メッセージを体現するモデル」(杉本氏)の第1弾に新型エルグランドを選んだというわけだ。

強敵「アルファード」

 堅調な出足を見せたものの、新型エルグランドの前には同じく高級ミニバンであるトヨタ自動車の「アルファード」という高い壁が立ち塞がる。

トヨタ自動車の「アルファード」。高級ミニバンの代名詞的な存在で、足元の月間販売台数は7000台を超えている人気車種。新型エルグランドにとって最大のライバルとなる(出所:日経クロステック)
トヨタ自動車の「アルファード」。高級ミニバンの代名詞的な存在で、足元の月間販売台数は7000台を超えている人気車種。新型エルグランドにとって最大のライバルとなる(出所:日経クロステック)
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 アルファードの2025年の国内販売台数は8万6959台(日本自動車販売協会連合会)で、月間販売台数の平均(以下、月間販売台数)は7000台を超える。2026年に入っても勢いは全く衰えず、月間販売台数(1~6月)は平均約7300台とむしろ増加している。価格が500万円以上と高額でありながらここまで販売台数を稼ぐ点に、アルファード人気の高さが顕著に表れている。

 アルファードは電気自動車(EV)仕様こそラインアップにないものの、トヨタ自動車の「全方位戦略」にのっとったモデルだ。エンジン車からハイブリッド車、プラグインハイブリッド車までをそろえている。価格帯も510万~1065万円(税込み)と幅広く、ファミリー層から富裕層まで広範な顧客にアピールしている。

 この強敵の前に、日産自動車が差異化のポイントとして打ち出したのが、「らしく走れ」という新ブランドメッセージに沿った「走り」と、アルファードの最廉価よりも高く設定した価格に見合う「上質感」だ。中でも、「まるでレールの上を走るような滑らかな移動体験」(商品企画の責任者である日産自動車チーフプロダクトスペシャリストの中村智志氏)の実現を目指した。

新型エルグランドの商品企画の責任者である日産自動車チーフプロダクトスペシャリストの中村智志氏(左)と、開発責任者である同社チーフビークルエンジニアの一野健人氏(右)(出所:日経クロステック)
新型エルグランドの商品企画の責任者である日産自動車チーフプロダクトスペシャリストの中村智志氏(左)と、開発責任者である同社チーフビークルエンジニアの一野健人氏(右)(出所:日経クロステック)
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 これらの差異化ポイントを新型エルグランドで形にするために、同社は得意の技術力を生かした。そして、幅広い顧客層に訴求するアルファードとは異なり、新型エルグランドのラインアップを4輪駆動タイプのシリーズ方式ハイブリッド車に絞り込んだ。

「らしく走る」ための三位一体技術

 まず走りでは、(1)シリーズ方式ハイブリッドシステムである第3(最新)世代の「e‑POWER」と、(2)電動駆動4輪制御技術「e‑4ORCE(イーフォース)」、(3)電子制御サスペンション「インテリジェントダイナミックサスペンション」──の技術を採用した。

新型エルグランドが求める「走り」を実現するために採用した技術。これら3つの技術を組み合わせたのは、新型エルグランドが初めて(出所:日産自動車の写真および画像を基に日経クロステックが作成)
新型エルグランドが求める「走り」を実現するために採用した技術。これら3つの技術を組み合わせたのは、新型エルグランドが初めて(出所:日産自動車の写真および画像を基に日経クロステックが作成)
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 (1)のe‑POWERでは、発電用エンジンとして過給器付き排気量1.5L直列3気筒直噴エンジンを採用。専用設計を施してシリンダー内に強いタンブル流(縦渦)を形成し、EGR(排出ガス再循環)を多く取り入れても理想的な燃焼状態を維持できるようにして、燃焼効率を高めた。

 このエンジンと組み合わせる電動アクスルには、モーターとインバーター、発電機、減速機、増速機の5つの部品を一体化した「5-in-1」タイプを採用。電流量を増やして高出力化し、損失を抑えて高効率化している。このe‑POWERにより、EVと同様に制御性に優れるモーター駆動走行を実現する。

 (2)のe‑4ORCEは、前後2つの駆動モーターとブレーキを統合制御し、駆動力を制御するシステムだ。路面状態や走行状態に合わせて適した駆動力を算出し、前後の駆動モーターとブレーキを使いながら4輪の駆動力を細かく制御する。これにより、最適な駆動力を実現する仕組みである。日産自動車はこのシステムを、新型エルグランド向けにチューニングして採用したという。

 (3)のインテリジェントダイナミックサスペンションは、路面状態や走行状況に応じて、減衰力をリアルタイムに制御するシステムだ。ステアリングの操舵(そうだ)角や車輪の回転数などから運転操作と車両の状態を読み取り、クルマの挙動を推定。内製のアルゴリズムでクルマの挙動に必要な減衰力を瞬時に計算し、電子制御式の連続可変ダンパーが4輪それぞれの減衰力を100分の1秒で制御する。

 これにより、例えば小さな凹凸のある路面では減衰力を下げて車体の振動を抑制する一方、うねりの大きい路面では減衰力を上げて車体の揺れを抑える。セダンタイプのスポーツ車である「スカイライン」に搭載した技術を、これも新型エルグランド向けにチューニングを施して採用した。

 開発責任者である同社チーフビークルエンジニアの一野健人氏は、「これら3つの技術を採用したのは日産初、しかも(新型)エルグランドのみ」と胸を張る。こうした「三位一体」の技術を使いこなすことで、新型エルグランドは、高速のつなぎ目や凹凸のある道でもフラットに走ることができ、制動時でも頭や体が前後に揺れにくい。「走り始めてから止まるところまで滑らかに動く」のが特徴だと、中村氏は説明する。

ミリ単位の修正で得た上質感

 一方、上質感という点で最も印象的なのが、フロントグリルの外観デザインだ。日本の伝統工芸である「組子(くみこ)」をモチーフにデザインした。シグネチャーランプ(昼間点灯ランプ)として光る部分のドットパターンは、両端のドットが欠けないように繊細に配置した。

フロントグリルの外観デザイン。日本の伝統工芸である「組子」をモチーフにした。四角形のドットパターンはそれぞれ大きさも形も異なっており、日産自動車は試行錯誤を重ねて調整したという(出所:日経クロステック)
フロントグリルの外観デザイン。日本の伝統工芸である「組子」をモチーフにした。四角形のドットパターンはそれぞれ大きさも形も異なっており、日産自動車は試行錯誤を重ねて調整したという(出所:日経クロステック)
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 フロントグリル部分のドットパターンは、大きさも形も全て異なるデザインを施している。ドットパターンの1つひとつの面がきちんと見えるように、面の傾きや角の丸み、突出量をミリ単位で調整した。これを実現するために、まず手作業によってドット配置と形を決定し、その後、3Dデータを使っていろいろな角度から確認しながら、試行錯誤を繰り返して調整したという。

開発責任者を直撃

 日産自動車には、クルマの走りに関して豊富な知見やノウハウがある。それでも、新型エルグランドで目指した「らしい走り」を実現するための開発は、一筋縄ではいかなかったようだ。開発の苦労点を聞くと、「たくさんありすぎる」と一野氏は振り返るが、中でも先の3つの技術を基に生み出した6つの「乗り味」の開発に最も腐心したという。

 新型エルグランドでは、6つのドライブモードを設定した。燃費を抑えた「エコ」、加速力や乗り心地などのバランスを取った「スタンダード」、力強い加速感やライントレース性を高めた「スポーツ」、同乗者にとって快適な「コンフォート」、雪道などの滑りやすい路面に適した「スノー」、カスタマイズが可能な「パーソナル」──の各モードである。これらの「ドライブモードごとに特色を持たせたものとして造り込むのに最も苦労した」と一野氏は言う。

 具体的には、クルマに乗ってどう感じるかという「感性」の部分を技術として具現化するところ、すなわち部品に落とし込む技術の確立に苦労したという。プロドライバーはもちろん、開発の責任者や担当者、さらには平均的な運転技術の人まで乗って評価しつつ、機能や性能のバランスを取りながら各ドライブモードとして設定していく。難しかったのは、そのバランスの見極めをドライブモードごとに決定するところだ。

 「例えば、コンフォートモードはとてもソフトな設定になっている。しかし、ソフトにしすぎると、車体が大きく揺れる。どこまで軟らかくし、どこまで動かないようにするか。それを造り込んでいく際に、バランスを取るところが大変だった」(一野氏)

 感性に基づく評価であるが故に、人によって意見が異なるケースもあった。その場合は、運転してチューニングを繰り返した。それでも評価が揺れる場合は、いろいろな人の意見を聞いた上で、最終的には開発責任者である一野氏が決定した。そのために一野氏も自ら運転して確認し、チューニングを繰り返したという。こうしたチューニングを一野氏は「納得いくまで行った。時間が迫っているから妥協するという考えはなかった」と語る。

 「開発の出来に点数を付けるとしたら、何点ですか?」

 筆者がこう聞くと、一野氏はこう答えた。

 「100点満点で、300点ですかね」

 開発責任者が「会心の出来」と自己評価する新型エルグランドは、幸先の良いスタートを切った。今後の市場がどのような評価を下すのかが注目される。その行方を日産自動車の関係者はもちろん、ライバルであるトヨタ自動車の関係者も固唾をのんで見守るに違いない。

日経クロステック 2026年7月24日付の記事を転載]

ゴーン氏による「日産リバイバル・プラン」から取材し続ける記者が、業績が好調な企業との比較から日産自動車の衰退の原因を追究。そして、同社が現在の経営危機から立ち直り、持続的な成長に向かうために必要な解決策および施策を提案しました。日経BPの編集委員が一切の忖度なく書き記した「最後のサバイバルプラン」がここに!

近岡裕(著)/日経BP/2200円(税込み)