2040年まであと15年。世界情勢が激変する中、日本の核武装論が再び浮上している。しかし、そもそも日本は核兵器を作れるのだろうか? また、作れたとして、その他にはどんな問題が起こるのだろうか。成毛眞、小泉悠、多田将の3氏が核武装の現実を技術面から徹底検証する。文庫版『2040年の未来予測』発売を記念しての座談会第1回。(構成:栗下直也、写真:鈴木愛子)
核兵器はそもそも作れるのか
成毛眞(以下、成毛):2040年まで、あと15年です。ここ数年の世界情勢の変化はめまぐるしいですよね。世界中でのポピュリストの台頭、気候変動による食糧問題、AIの発達による雇用不安…。そうした不満がたまってくると「戦争」をあおる声も高まるはずです。そして、「核兵器を作りましょう」と言い出す声もチラホラ聞こえますね。
核が良いのか悪いのかは別にして、そもそも作れるのか、運用できるのかをここらで真面目に検討した方がいいと思うんですよね。
小泉悠(以下、小泉):そうですね、核武装論を語る人は多いですが、どう作るのか、どう使うのか、具体的なことは知らない人も多いでしょう。「欲しい」「必要だ」と叫ぶその先を知るのは、とても大切です。よくよく考えてみると、核保有はそんなに簡単ではないし、日本が抱える安全保障課題を一挙に解決するわけでもないということが見えてくると思います。
成毛:そこでまず、多田先生に伺いたいのですが、核兵器は作ろうと思ったら作れるんですか。
多田将(以下、多田):作れますね。核兵器にはいろいろ部品・要素がありますが、それぞれについて次のように検討しても、理屈では作ることは可能です。
まず、みなさんが核兵器といって最初にイメージするプルトニウムから説明しましょう。プルトニウムは通常の原子炉でも生成されますが、核兵器に適した高純度のプルトニウム239を取り出すには兵器用の専用炉が必要です。商業用原子炉で得られるプルトニウムには不純物(特にプルトニウム240)が多く含まれ、これが核兵器の安定的な爆発制御を難しくします。
そのため、実際に核兵器を保有する国は、主に兵器用の黒鉛炉を用いて高純度プルトニウム239を生産しています。もちろん、日本はこれを建設したことがありません。ちなみに、事故で有名なチェルノブイリ(チョルノービリ)原子力発電所も黒鉛炉でしたが、あれは本来核兵器用の黒鉛炉の技術を商用炉に転用したものなのです。
成毛:もう一つの方法は高速増殖炉ですね。
多田:はい。高速増殖炉のブランケットと呼ばれる部分に極めて高い純度のプルトニウム239が蓄積されます。ブランケットとは炉心を取り囲む領域で、ウラン238からできていますが、炉心で発生した中性子を吸収してプルトニウム239が生成されます。日本の「もんじゅ」は廃炉になりましたが、理論上は同じ仕組みでプルトニウム239が生成する設計でした。
核兵器製造に不可欠なトリチウム用の生産炉がまず必要
多田:さらに、近代的な核兵器を作ろうとすると、トリチウムとデューテリウムという特殊な物質が必要となります。これらは核分裂反応を効率的に起こすための「ブースター(起爆促進剤)」と呼ばれるもので、現在世界に存在する核兵器でこれを使っていないものはありません。つまり、絶対に必要な材料なのです。
このうちデューテリウムは「重水素」とも呼ばれ、海水から抽出することができます。ただし、膨大な電力を使って濃縮する必要があるため、電気代がすごく高くつきます。
小泉:どれくらい高いんですか。
多田:100ミリリットルの重水(重水素でできた水)で9万円です(編集部注 2025年8月時点の価格)。一方でトリチウム(三重水素)はさらに高価で、しかも原子炉でしか作ることができません。
「それなら福島第一原子力発電所のALPS(汚染水処理システム)から取ればいいじゃないか」と思われるかもしれません。確かにあそこは大量のトリチウムが含まれており、大きな社会問題になりました。
しかし、そこから核兵器に使える純粋なトリチウムを抽出しようとすると、実はわずか2グラムしか取れないのです。核兵器に必要なデューテリウムとトリチウムの合計量は4グラム程度ですから、福島第一原発で貯蔵している全てのトリチウムを使っても、たった1発分しか作れないのです。
成毛:そうなると、本格的にトリチウムを生産する専用の原子炉が必要になりますね。
多田:はい。核兵器を持っている国は例外なく、このトリチウム生産炉を保有しています。なぜなら、トリチウムは放射性物質で、寿命が12年しかないからです。つまり、12年経つと半分に減ってしまうため、核兵器の威力を維持するには継続的に新しいトリチウムを生産し続けなければならないのです。
実はロシアとアメリカは、冷戦時代に途方もない量のプルトニウムを製造・備蓄しているので、もう新たにプルトニウムを作る必要がありません。何万発もの核兵器を製造できるほどの量を保有しています。しかし、トリチウムだけは放射性崩壊で減少していくため、継続的に生産する必要があります。そのため、トリチウム生産設備だけは、ロシアでもアメリカでも現在も稼働し続けています。
核兵器を作るために、世界を敵に回して10年、20年耐えられるか
多田:ここまでの材料で核分裂兵器(いわゆる原子爆弾)は作れます。しかし、現代の核保有国が持っている本当の核兵器、つまり核融合兵器(いわゆる水素爆弾)を作ろうと思うと、今度はリチウム濃縮施設が必要になります。
水素爆弾の方が技術的なハードルは高いのです。これは核融合の技術だからです。原子爆弾は核分裂反応で爆発しますが、水素爆弾は核融合反応という、例えば太陽と同じ原理で作動します。これらの技術を習得して実用的な核兵器を製造するためには、1回ぐらいは絶対に核実験をしないと駄目です。コンピューターシミュレーションだけでは不可能です。
小泉:そうなると、核実験場の問題が出てきますよね。日本でそんなことできるのかと。ソ連は初の核実験をカザフスタンのセミパラチンスクでやりましたが、住民への健康被害や環境破壊が問題になりました。のちに北極のノーヴァヤ・ゼムリャーでの地下核実験に切り替えますが、こちらも現地の先住民を丸ごと強制移住させた上、最初の頃はかなりの放射性物質漏れに苦労しています。だだっ広いソ連ですらこれですからね。
多田:そうです。そして、これらのどれをするにしても、IAEA(国際原子力機関)を離脱しないとできません。完全に核不拡散条約(NPT)の違反行為です。
つまり、日本がIAEAを離脱して、世界の敵になってもいいですか、という覚悟をまず持たなければならない。そして、そこから建設を始めて、炉を建設しようとするとまた10年はかかります。
成毛:10年ですか。
多田:そうです。つまり、日本が世界を敵に回して10年、20年耐えられるのですか、ということです。北朝鮮はまさにそれをやりました。長い間世界の敵となり、ずっと経済制裁を受けながら我慢してやり続けた。ところが、米の値段が高くなって大騒ぎする日本人が、本当にそんな厳しい状況に耐えられるのでしょうか。
小泉:核を持っているイギリスやフランス、イスラエルは別に世界を敵に回していないではないか、という反論もありそうですが。
多田:イギリス、フランスは核不拡散条約ができる前に核兵器を持ったから、例外的に認められているのです。イスラエルの場合は、アメリカから特別な“お目こぼし”を得ているから可能になっている。つまり、既得権です。
核を運ぶミサイルを、日本のどこに作るのか
多田:核武装というと、多くの人は核弾頭のことばかり考えますが、実際にはそれを敵国まで運搬するミサイルと、そのミサイルを発射するプラットフォーム(発射設備)が極めて重要です。ミサイル自体については、日本は世界有数のロケット技術大国ですから、開発できないことはないと思います。
本当の問題は、そのミサイルをどこに配置し、どうやって発射するかです。地下に建設する固定式のサイロ(発射施設)は、住民の反対運動で絶対に作らせてもらえないでしょう。移動式の車両に搭載するにしても、その基地が必要で、これもまた地域住民に反対されるはずです。
となると、残されている選択肢は潜水艦しかありません。
しかし、日本はこれまで原子力潜水艦を一度も建造したことがありません。核弾頭やミサイルの開発よりも、むしろこちらの方が長い期間を要する可能性があります。これが最大の技術的課題かもしれません。
成毛:今すぐ始めれば2040年には実現できますか。
多田:今すぐ、本当に国を挙げて取り組み、核兵器用原子炉の建設に国民が賛成し、IAEAを離脱して世界中を敵に回してもかまわないという覚悟があるなら、技術面だけ考えれば可能だと思います。
小泉:政治的立場からすると、世界中の国が核不拡散条約(NPT)そのものを信じなくなったら、日本でも核保有は可能になるんだろうなとは思います。技術的には、今から決断すれば、私が還暦を迎えるぐらいまで――つまり約20年後――にはできると思います。それだけ時間があったら、原子力潜水艦とそれに搭載する弾道ミサイルも、日本の技術力を持ってすれば十分に開発可能でしょう。
ただ、最も重要な問題は、いったいどういう核戦略を取るのか、ということです。
アメリカとロシアがやっている核戦略というのは、相手の軍事施設やミサイル基地を狙う「対兵力戦略」です。つまり、相手の軍事力そのものを無力化する戦略です。
問題は、日本が現実的に保有できる核兵器の数では、こうした対兵力戦略は不可能だということです。
日本がもし核武装するとしたら、明らかに「民間人を人質に取るタイプの核戦略」にならざるを得ません。具体的には、敵国の大都市圏に何発かは確実に核爆弾を撃ち込むことができる体制を整えて、「それによって確実に何十万人、何百万人の一般市民が死にますよ」という脅しで相手を思いとどまらせる戦略です。そうなると、「自分が相手を殺せるか、もちろん、その反対に私たちが殺される可能性もある」という覚悟を国民が引き受けられるかという話になってきます。
そういう本質的な問題を詰めることなく、表面的で勇ましいことだけで核武装論を語るのは全く意味がありません。
多田:核武装論を唱える人たちは、どのように使うかという核戦略がたぶん頭に入っていないのです。本当に核兵器を保有して使用する覚悟を持っている国というのは、自国民がある程度死ぬことも覚悟の上でやっています。
「核戦争をやりますよ、それでもいいですよ」という冷徹な判断です。そういう残酷な現実を引き受ける覚悟が、果たして日本国民にあるでしょうか。(鼎談第2回に続く)
成毛眞(著)、日本経済新聞出版、990円(税込み)





