米トランプ政権は、「米国市場にアクセスしたければ言うことを聞け」と言わんばかりに、敵対国か友好国かを問わず、追加関税などの措置を発動し、それに対して、相手国の一部が対抗措置を打ち出すなど「経済戦争」の様相を呈してきている。今や企業にとって、こうした地政学・経済安全保障リスクへの対応は避けて通れず、打ち手を誤れば利益は一気に吹き飛びかねない。初代・経済安全保障担当大臣で衆議院議員の小林鷹之氏と、『ビジネスと地政学・経済安全保障』の著者である羽生田慶介氏に、今後の地政学・経済安保を巡る国際情勢のゆくえと企業のリスク対応法について対談してもらった。その前編。

日本として切れるカードを考えておく必要がある

羽生田慶介氏(以下、羽生田):私は2007年ごろには経済産業省にいて、当時の甘利明大臣のもと、東南アジア諸国連合(ASEAN)との間でEPA(経済連携協定)・FTA(自由貿易協定)交渉の最前線にいました。交渉の中心となった争点は関税をどこまで引き下げ、自由貿易をどう進めていくか。つまり、関税を1%でも下げるのに必死になっていたわけです。ところが今は、米国がWTO(世界貿易機関)での約束よりはるかに高い水準まで関税を引き上げ、それに反発する国々が報復関税で対抗するという、当時は想像もしなかった正反対の状況になっています。初代の経済安全保障担当大臣で自由民主党経済安全保障推進本部の本部長でもある小林議員はこの状況をどう受け止めていますか。

小林鷹之(こばやし・たかゆき)氏=衆議院議員(自由民主党)/1974年生まれ。99年、東京大学法学部を卒業後、大蔵省(現・財務省)に入省。米ハーバード大学ケネディ行政大学院修了(公共政策学修士)。理財局、在米国日本大使館への出向を経て、2010年に退職。12年に衆院議員に当選。防衛大臣政務官、党新国際秩序創造戦略本部事務局長などを務めた後、21年に第1次岸田内閣で初代の経済安全保障担当大臣に就任。現在、自民党で経済安全保障推進本部本部長や日・グローバルサウス連携本部本部長を務める。 (写真:洞澤佐智子、以下同)
小林鷹之(こばやし・たかゆき)氏=衆議院議員(自由民主党)/1974年生まれ。99年、東京大学法学部を卒業後、大蔵省(現・財務省)に入省。米ハーバード大学ケネディ行政大学院修了(公共政策学修士)。理財局、在米国日本大使館への出向を経て、2010年に退職。12年に衆院議員に当選。防衛大臣政務官、党新国際秩序創造戦略本部事務局長などを務めた後、21年に第1次岸田内閣で初代の経済安全保障担当大臣に就任。現在、自民党で経済安全保障推進本部本部長や日・グローバルサウス連携本部本部長を務める。 (写真:洞澤佐智子、以下同)
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小林鷹之氏(以下、小林):米国の関税引き上げ対象としては日本も例外ではないとされており、備えをしておかなければなりません。もちろん今、日本政府では閣僚レベルを含めて、米国に対して様々な働きかけを行っています。トランプ大統領をはじめとする政権に、米国にとっての日米同盟の価値、そして日本の産業界の米国経済に対する価値をしっかりと理解してもらうことが第一です。

 米国とは2019年に日米貿易協定を結んでいます(2020年発効)。この交渉において特に論点となったのは、米国からは農産品、そして日本からは自動車関連の相手国市場へのアクセスでした。米国の農産品の日本への輸出にかかる関税は、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)交渉のときの内容も踏まえつつ、約9割が削減・撤廃されることになりました。一方で、日本から米国に完成車を輸出するときかかる関税の2.5%の扱いについては継続協議することになりました。

 今回、仮に米国への輸出額の3割を超える自動車関連に追加で関税が課されるとなれば、日本としては大打撃ですから、切れるカードを考えておく必要があります。日米貿易協定に照らしていえば「話が違うじゃないか」となり、米国の農産品の日本市場へのアクセスについて、考え直す必要が出てくるかもしれない。関税の引き上げはそんな簡単にできませんよということを米国サイドにきっちりと伝えていくことが重要だと思っています。

 いずれにせよ、国と国との関係では、時間をとって冷静に議論する体制をつくることが必要でしょう。第1期トランプ政権(2017~21年)のときは、麻生・ペンス(麻生太郎副総理とペンス副大統領によるナンバー・ツー同士の「経済対話」)という枠組みがありました。今回も、何らかの形で冷静に協議できる日米間の対話の仕組みをつくっていくべきだと思いますね。

羽生田慶介(はにゅうだ・けいすけ)氏=オウルズコンサルティンググループ代表・CEO/2000年国際基督教大学教養学部卒業。経済産業省通商政策局でFTA交渉、ASEAN地域担当。キヤノン(経営企画・M&A担当)、 A.T. カーニー(戦略コンサルティング)、デロイトトーマツコンサルティング執行役員・パートナーを経て、20年にオウルズコンサルティンググループを設立。著書に『すべての企業人のためのビジネスと人権入門』 『稼げるFTA大全』(ともに日経BP)などがある。経済産業省大臣官房臨時専門アドバイザー、内閣府知的財産戦略本部国際標準戦略部会委員を務める。
羽生田慶介(はにゅうだ・けいすけ)氏=オウルズコンサルティンググループ代表・CEO/2000年国際基督教大学教養学部卒業。経済産業省通商政策局でFTA交渉、ASEAN地域担当。キヤノン(経営企画・M&A担当)、 A.T. カーニー(戦略コンサルティング)、デロイトトーマツコンサルティング執行役員・パートナーを経て、20年にオウルズコンサルティンググループを設立。著書に『すべての企業人のためのビジネスと人権入門』 『稼げるFTA大全』(ともに日経BP)などがある。経済産業省大臣官房臨時専門アドバイザー、内閣府知的財産戦略本部国際標準戦略部会委員を務める。
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関税による「コスト」よりも「不確実性」が問題

羽生田:トランプ大統領の強気な関税政策の後ろ盾となっているのは、米国という大市場の求心力です。すなわち、「魅力的な米国市場にアクセスしたければ言うことを聞け」というスタイルで、これ自体はユニークなものではありません。かつての欧州や、近年であれば中国もこの考え方で国際ルールづくりに臨んできました。

 ですが、今後の世界において、自国市場の魅力度を武器にして外国にルールを押し付けていく方法がどこまでパワフルであり続けるのか、よく見極める必要があると思っています。関税について言えば、昔のように単純なモノの輸出入だけで国際経済が成り立っていた時代とは違って、産業全体に対して与える影響は限定的です。何より、「コスト」よりも「不確実性」を最も嫌がる企業としては、これだけ自由気ままに関税率や投資ルールを変えられると、米国市場に魅力があったとしても、ビジネスのポートフォリオにおいて、米国の比率を下げるところが増えてきてもおかしくありません。

小林:企業や産業によって代替のマーケットをどのくらいの時間軸でどれだけ確保できるのかまちまちだと思いますが、大きな方向性としては、不確実性の高いマーケットでのビジネスを縮小して、その部分の投資を他の市場に振り分けていくことは、企業行動の中で当然だと思います。

 けれども、日米関係というのは経済だけでなく安全保障の話に直結するわけですから、企業がそういうスタンスに変わることが本当に日米の国益にかなうのかというと、私はそうではないと思います。ですから、そうならないように、政府が冷静かつ粘り強く対話していく必要があります。

羽生田:日本製鉄によるUSスチール買収の案件では、当事者間で合意があったものの米政権による介入があり、難航していますね。

小林:今まさに様々な動きがあるさなかですが、この買収が成立することは米国側にもメリットあることは明らかです。例えば高性能の電磁鋼板は、日本製鉄の技術力が圧倒的であり、日本製鉄の先端技術を取り入れた米国内の工場がつくれなければ、米国の防衛産業にとってもマイナスのはずです。例えば49%までしか投資できないのなら、企業戦略として断念することもあり得ます。それで本当にいいのですかと米国に考えてもらいたい。もちろん、政府間でも、引き続きの環境整備を最大限頑張っていく必要があります。

経済安保対応は「守り」だけではなく「攻め」にもなる

羽生田:経済安全保障の話は、輸出規制や関税の応酬などネガティブなイメージを持っている人が多い。企業としては「守り」をどう固めるかに意識が向きがちですが、「攻め」にもつながる部分がたくさんあり、拙著『ビジネスと地政学・経済安全保障』でも、その部分を打ち出したいと思っていました。

小林:私たちは2022年に、日本の経済安全保障政策の中核となる経済安全保障推進法をつくりました。この法律は、①サプライチェーンの強靭(きょうじん)化、②基幹インフラの安全性・信頼性の確保、③重要最先端技術の研究開発支援、④特許の非公開化を4本柱としており、国が民間企業を支援するメニューと、どちらかというと規制色が強いメニューに分かれます。①サプライチェーンの強靭化や③重要最先端技術の研究開発支援が、支援の色彩が濃いメニューです。

 経済安全保障においては、「自律性」と「不可欠性」がポイントとなります。先端半導体など多くの国にとってチョークポイント(必要不可欠で代替性の低い特定の技術や物資)になっているものに関して、日本が自律性を強化する観点から、研究開発や製造を国が支援します。民間企業が新しい技術や製品を開発できたとすると、その瞬間に、他国に対する優位性・不可欠性にも変わります。その意味では、国が企業の研究開発を支援して新しい技術が生まれ、企業はそれを海外に展開していけることにもなります。つまり、日本の経済安全保障にとって「守り」でありながら「攻め」にもなるわけです。

 同様に、企業にとって、レアアースなど重要鉱物の調達はサプライチェーン上のチョークポイントですが、日本企業が国の支援を得て代替物質を開発できれば、日本の自律性と不可欠性を高めることにつながります。

羽生田:小林議員はいろんなところで、経済安全保障では企業が主役であり、民間活動を取り締まるものではないとおっしゃっていますね。ただ、企業では経済安全保障対応の具体策がわからず、初歩的な相談から寄せられることが多いのが実情です。

先の自民党総裁選に立候補し、次代のリーダーとして期待されている小林鷹之氏。日本企業に対して、経済安保のリテラシーをもっと高めてほしいと呼びかける。
先の自民党総裁選に立候補し、次代のリーダーとして期待されている小林鷹之氏。日本企業に対して、経済安保のリテラシーをもっと高めてほしいと呼びかける。
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経済安全保障の主役は企業とアカデミア

小林:大企業を中心に経済安全保障対策室といった部署を設置する企業が増えているものの、まず、経営者自身が経済安全保障についてのリテラシーをもっと高める必要があると思います。地政学的な不確実性を前提としつつ、企業戦略としてプランBやプランCを考えなければなりません。米国の追加関税の可能性だけではなく、欧州にも不安定な要素は大きい。アジアや中東にも、グローバルなビジネス環境を変え得る要素があります。経営者には今、リスクが顕在化しないようにするためのリスクマネジメントと、顕在化してしまったときにどう対応するかのクライシスマネジメントが求められている。私は、経済安全保障への対応は企業経営そのものだと思っています。

羽生田:経済安保対応は、自社のビジネスそのものの持続可能性としても重要ですし、さらにその前提でもある産業と経済の維持・強化にもなるはずです。

小林:経済安全保障推進法をつくったとき、それに関連する法律も改正しました。その1つが国家安全保障会議設置法で、それまで国家安全保障は「外交政策」と「防衛政策」と規定されていましたが、そこに「経済政策」を追加しました。日本の安全保障は、外交、防衛、経済の3面からアプローチすることが法体系的にもそこで決まりました。これは非常にエポックメイキングな出来事であり、そのことをもっと多くの人に知っていただきたいですね。

 外交と防衛という伝統的な安全保障で前面に出ていくのは外交官や自衛隊ですが、経済安全保障の主役は企業とアカデミアの方々です。そのメインプレーヤーの方々の声に政権の中枢が耳を傾け、プレーヤーの方々が動きやすくするような環境を整えていく必要があります。2020年に総理大臣、官房長官のラインにある国家安全保障局(NSS)に経済分野を専門とする「経済班」を設置したので、経済班と民間企業とのコミュニケーションを深め、場合によっては人事交流もあり得ると思っています。NSSには国家機密に関わる情報があるかもしれませんが、2024年にセキュリティ・クリアランス制度をつくりましたので、この制度を活用すれば実現できるのではないでしょうか。

羽生田:企業人にとって地政学や経済安全保障に関するリテラシーは、もはや「教養」のためではなく「ビジネスでの実践」のために必要です。政府との連携なども含めて、これまでとってこなかった施策を具体化させる例が増えてくるはずです。

米国による対中半導体規制、台湾有事リスク、欧州の気候変動規制、トランプ政権による関税強化など、地政学・経済安全保障に関するリスクが顕在化し、企業が振り回されるケースが年々増えています。本書は、地政学・経済安全保障リスクの必須知識と、ピンチをチャンスに変えるための具体的方策をまとめました。「守り」だけでなく「攻め」の経済安保対応を事例とともに解説します。

羽生田慶介著/日経BP/2750円(税込み)