その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は下畑享良さんの『 医者が教える 一生パフォーマンスする脳 』です。
【はじめに】
「認知症は、防ぎようもない」病気ですか?
「認知症にだけは、なりたくない」
外来で患者さんやご家族から、しばしば耳にする言葉です。
がんは、ひと昔前まで「不治の病」と言われていました。それがいまでは、早く見つけて治療すれば、治る、あるいは長く付き合っていけるものも増えてきました。
ところが認知症はそうはいきません。一部のまれな認知症は治療が可能ですが、アルツハイマー病を代表とする大半の認知症は、多くの医師や研究者が「いったんなってしまったら、もとには戻りません」と口をそろえます。脳の神経細胞は、皮膚や肝臓などの細胞とちがって、一度傷ついてしまうと、そう簡単には生まれ変わらないからです。
しかも、年をとれば、誰にでも起こる可能性があります。ですから多くの方が、こう思っています。
「認知症は、防ぎようもない」
大切な人が自分のことを忘れていく。その姿を見るのは、家族にとっても何より辛いことだと思います。
しかし、ここ数年の研究から認知症は、実は「防ぎようもない病気」ではなくなってきているのです。
ここ数年で、世界中の研究が、それまでの常識を次々とくつがえしてきました。
たとえば、帯状疱疹(たいじょうほうしん)ワクチンを受けた人では、認知症の発症リスクが約半分低かったという研究があります。
聞こえにくくなった耳を補聴器で補うと、認知症になりにくくなる――難聴は、防げる要因の中でも、いちばん影響が大きいことがわかってきました。
また、十分な睡眠をとることも認知症のリスクを下げる上で大切です。私たちが眠っているあいだ、脳では老廃物を外へ運び出すしくみが活発に働くと考えられています。
どれも、ほんの数年のあいだに明らかになったことばかりです。
そして、最も重要なのは次の点です。
世界的な医学雑誌『ランセット』の専門家チームが、「生活の中の14のことに気をつけるだけで、認知症のおよそ半分(45パーセント)は、防いだり遅らせたりできる」と結論づけました。「うちは認知症家系だから、もう無理だ」とあきらめておられた方も、心配いりません。遺伝的にリスクが高い人でも、生活を整えればリスクを下げられることが、20万人規模の研究でわかっています。
ここで、みなさんは「対策は生活習慣の改善だけなの? 治療する薬はないの?」と思われるかもしれません。
たしかに最近、脳にたまった原因物質を取り除く、レカネマブやドナネマブといった新しい薬(抗体薬)が登場しました。長く「治療薬がない」と言われ続けてきた認知症にとって、これは画期的な一歩です。
ただし、現在の抗体薬は万能ではありません。失われた認知機能を元に戻すのではなく、病気の進行を一定程度緩やかにすることを目的とした治療です。その上、脳がむくんだり出血したりといった副作用もありますし、ごく早い段階の方にしか使えず、しかも費用も決して安くはありません。つまり、「薬さえできれば安心」という段階には、まだ届いていないのです。
では、どうすればいいのでしょうか。
現在わかっている範囲でも、認知症のリスクを減らすために日常生活の中で取り組めることはいくつもあります。
そのカギは、「いかに早く取り組むか」です。
アルツハイマー病の原因とされる物質は、症状が出るより20年も30年も前、早ければ40代から、脳の中で静かにたまり始めています。
これは恐ろしいことのように聞こえるかもしれませんが、逆に言えば症状が出るずっと前から、手を打てる余地があるということです。
『ランセット』の専門家チームも、こう言い切っています。
「認知症の予防は、早すぎることはなく、遅すぎることもない」
40代の方には予防のために、60代、70代の方には、これからの暮らしを守るために、どの年代からでも、できることから始めましょう。
この本では、いま世界でわかってきた最新の知識を、できるだけわかりやすくお届けします。
むずかしく考える必要はありません。全部を完璧にやろうとしなくてよいのです。気になるところから読んでいただき、本書の中から、日々の生活に取り入れられそうなことを、ひとつでも見つけていただければと思います。
認知症は、もう、ただ怖がるだけの病気ではありません。
正しく知れば、遠ざけられる。その具体的な方法をこれからお伝えしていきます。
【目次】




