その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は田部正樹さんの『 AI時代の最強スキル「属人力」 代替されないマーケターの生存戦略 』です。
【はじめに】AI時代、マーケティングはどこに行くのか
AI(人工知能)時代の到来によって、今、マーケティングの世界は大きく変貌を遂げようとしています。
2000年代に入る前まで、広告市場の中心だったテレビCMは、放送前に効果を予測することが極めて困難でした。広告業界で名をはせる一握りの天才に広告クリエイティブ制作を依頼できるかどうかが勝負の分かれ目。たとえ依頼できたとしても、その広告が話題を呼び、効果が出るかどうかは、世に出すまで誰にも分かりません。
天才が数カ月かけて絞り出した一案に、企業は数億円の費用を投じ、祈るような思いで世に解き放つ。当たれば天国、外れれば地獄。そんな“丁半博打”のような世界が、広告業界では現実としてまかり通っていたのです。テレビCMを打つスポンサーは大企業、大手広告代理店を使うのも大企業。高度成長期の大企業にとって数億円はそれほど大きな金額ではなく、誤解を恐れずに言えば、さほど効果が出なくてもさして責任を問われない“ゲーム”のようなものだったのではないかと思います。つまり当時、マーケティングとは一部の大企業と、一部の天才にだけ許された特権だったのです。
そうして長らく続いたテレビCMを軸とした「第1世代」のマーケティングも、ある時期を境に進化します。それがインターネット広告を柱とするデジタルマーケティングの登場です。これがマーケティングの「第2世代」に当たります。デジタルマーケティングの本質は、広告としての効果をリアルタイムにデータで検証できるようになったこと。CTR(クリック率)、CPA(顧客獲得単価)といった指標を用いて、投下した広告費用に対してどれだけ効果が出たのかが即時にデータで可視化できるようになり、ROI(投下資本利益率)の算出が可能になりました。
費用もテレビCMから大幅に減少し、数万〜数十万円の費用でも広告を出稿できるようになりました。そこで何が起こったかというと、「とりあえずやってみようか」と手軽に広告を出してみる行動の変化です。従来、考え抜いて至極の一本を投じていたスタイルから、できるだけ考える時間を省き、多少レベルが低くてもひとまず出稿するスタイルへの転換。データを見て効果が高ければ継続し、低ければ広告クリエイティブや配信対象者の選定に改善を加えて、また次の広告を出してテストする、いわゆるPDCA(計画・実行・評価・改善)サイクルを回すことが、新たなマーケティングのセオリーとなったわけです。
効果が検証できるようになったため、広告は「博打」から「科学」へと変わりました。一握りの天才の専売特許だったマーケティングが、誰の手にも届くものになったのです。私はこれを「マーケティングの民主化」の始まりだったと捉えています。その半面、それほど深く考えずに広告を出稿できるため、一つ一つの成果は小粒化していきます。テレビCMでマスマーケティングを行っていた時代はホームランか三振かという勝負をしていたのに対し、デジタルマーケティングではヒットはある程度量産できますが、ホームランは出にくい世界へと、その在り方は大きく変わっていったのです。
AIによる平均化の罠が企業の足かせに
そして今、第3世代のマーケティングが黎明期(れいめいき)を迎えています。言うまでもなく「AIを活用したマーケティング」です。AIによって何ができるようになったのか。簡単に言えば、第2世代のデジタルマーケティングの世界が、圧倒的なスピードで拡張できるようになりました。しかし問題は「深く考えずに出稿する」というデジタルマーケティングのお手軽さまで、そのまま受け継いでしまっていることです。人間の力では100個の広告クリエイティブしかつくれなかったところ、AIを使えば1万個の広告クリエイティブを瞬時につくることも可能です。半面、低品質な広告クリエイティブを大量生成しているだけとも言えるのが現状です。これはむしろ非生産的ですらあります。
加えて、どのAIも過去のデータから最大公約数の「それらしいもの」をつくるため、皆がAIを使えば使うほど、生成される広告クリエイティブは似通ったものになっていきます。いわゆるコモディティー化という問題です。これは「AIの平均化の罠」として知られている現象で、広告配信の対象者から見れば、すべてが同じ広告に見えてしまいます。差異がないために、自社の広告は埋没してしまい、消費者の興味・関心をかき立てることは困難となります。
昔は数カ月かけて1つの広告クリエイティブをつくり、祈るように出稿していた。それがAI時代になって、極端に言えば、一瞬で無限につくれるようになった。それは確かに事実です。しかし、それで本当に利益が上がっているのか、事業の成長につながっているのかと問われれば、そうとは言えない企業や事例が世の中にごろごろしています。
AI時代、「遅いこと」は致命傷
だからといって、AIを使わないという選択肢はあり得ません。AIの価値の本質は「速さ」です。その価値を見いだし、多数の企業がマーケティングに活用し始めています。同業他社が高速で施策を行い、毎週のように広告クリエイティブを進化させている最中、自社だけAIを使わずに「1年後のキャンペーンや商品を今まで通りじっくり考えていこう」というような逆張りの戦略は通用しません。AI時代、遅いことは致命傷です。
一方で、AIを導入したからといって、すべての企業活動のスピードが上がるかというと、そうとも言い切れません。なぜなら、AIが一定レベルの提案や答えを大量に生成するため、どれにすべきか決めかねる状況となり、考えれば考えるほど「決められない会議」が続出してしまっているからです。アイデアを高速で次々と出すはずのAIが、逆に足かせになってしまっています。
なぜ、そうなるのでしょうか。日本のマーケティングの世界には、結果より過程を大事にする風潮がいまだに根強くあります。これは筆者が調べた中で分かったことですが、日本では売り上げや利益に責任を持っているマーケターは、極めて少ないのです。多くのマーケターは集客など売り上げにつながる「過程」までを自分の守備範囲だと考えています。
あるいは、マーケターは新しい技術やシステムを導入することで評価されるという事情もよく耳にします。今のトレンドで言えば、「AIを導入しただけで評価される」という会社が実に多いのです。AIの導入も過程の話に過ぎません。それがいつの間にか目的化しているのが、少なからぬ日本企業で生じている問題です。
AIを使って広告をつくり、メディアで取り上げられて話題にはなったが、訴求力が低く売り上げは下がった。そんな現象がマーケティングの世界では頻繁に起こっています。
私は一貫して、こう言い続けてきました。マーケティングは投資である以上、成果を判断する指標は売り上げや利益といった事業成長しかない、と。「集客」「AI導入」「話題化」といった過程を重視して、結果に重点を置かないことが、AI時代の「決められない会議」の一因になっていると私は考えています。結果に重きを置くのであれば、AIからいくら数々の施策を提案されても、その中から「売り上げや利益に直結するのはどれか」という視点で吟味して採用すればいいだけの話です。
また、会議では「AとBのどちらにするか」と頭を悩ませる場面が多々あると思います。そんな時も、悩んでいる暇があるのなら、AIを使って即座に2案をテストし、CPAが良かった方を継続する。どちらも効果がなければ、新たにつくってまたテストする。実際の行動に移すことを優先すべきです。悩むことがなくなれば、新しいことを考える余裕が生まれます。
AIの本当の意義は広告クリエイティブ制作の時間や無駄に悩む時間を極限まで減らし、それ以外に使える時間を生み出すことにあります。そして、その生まれた時間を活用して、「売り上げや利益をどうすれば上げられるか」に知恵を絞るなど、人間にしかできないことを集中的に行う。これがAI時代にマーケターが生き抜くための重要な着眼点です。
標準化の正反対、「属人力」こそが武器や価値になる
ではこの先、売り上げや利益を上げるためには、どのような考え方が必要になるでしょうか。AIによって、既にどの会社もおしなべて、平均点の広告クリエイティブや施策はつくれるようになっています。かつて一部の天才だけのものだったマーケティングが、誰でも使えるものになりました。この点で、マーケティングの民主化は完成に近づいたのです。しかしその結果として、それらの広告や施策はすべて平均化、標準化、コモディティー化され、差異が生まれにくくなっているのは前述の通りです。つまり、今の世の中にはAIによって生み出された60~70点の平均点の広告や施策が大量にあふれ、今後はその傾向が加速していくことが容易に予想されます。なお本書では、汎用AIがそのまま出す案を60~70点、自社のデータと知見を学習させた「自社専用AI」(第2章)の案を80点、人間が狂気的に磨き上げた案を100点と呼び分けます。
そうした中で、マーケターは何をすべきか。平均点を大幅に上回る100点のアイデアを生み出すことでしか、生き残りは図れません。60点、70点ではAIに負けてしまいます。100点でなければ勝てなくなり、人間が施策を行う意味がなくなります。一昔前、一握りの天才しか生み出すことができなかった100点=ホームランが、巡り巡ってAI時代には、すべてのマーケターにとって必要になったということです。
その100点を出すためには、「世の中の誰も考え付かなかったアイデア」が求められます。他社のどこもやったことがないことで成功すれば、それは他にはない差別化の“当たりくじ”となるからです。ある調査によると、広告で最大の成果(売り上げや利益の増大)につながるのは、消費者評価で「見たことがない」という指標が高い値を示した時でした。「見たことがない」という価値こそが、効果に最もひも付きやすい。それほど、世の中にないアイデアは、売り上げや利益といった本質的な効果へのインパクトが強いのです。そしてこれは、AIにとっては逆立ちしてもできないことです。AIは「見たことがある」事例を大量に集めて正解を出すのは得意ですが、世の中にないアイデアを生むことは不可能だからです。
それでは「誰も考え付かなかった」「見たことがない」広告、施策、アイデアは、どうすれば生むことができるのでしょうか。これこそが本書で最も伝えたいことになります。一言で言えば、「属人力」を徹底的に磨いていくことです。
世の中に既に出ているものから導かれる「正解」は、AIを使えば、誰でも出せるようになりました。そういった正解は標準化され、誰もがつくれるものとなり、それで勝負をしても勝てないことは目に見えています。つまり、AIによって標準化されている領域は、もはや武器にも価値にもなりません。これが、すべてのマーケターが肝に銘じなければならない重要な視点です。
では、何が武器や価値になっていくのでしょうか。標準化の正反対の概念である、属人力です。その人しか持っていない固有の考え方、アイデア、能力。この属人力の領域こそが、AI時代に人間に残された仕事となっていきます。なお、本書で扱う属人力には二つの層があります。一つは、優れた人間の判断の型や勝ちパターンのように、問いを重ねれば言語化でき、AIに移植して組織の標準にできる「移植できる属人力」。もう一つは、偏愛と違和感、成果への執着、責任を引き受けて言い切る意志のように、AIには渡せない「移植できない属人力」です。前者はAIに移し、後者を愛す。本書はこの順番で話を進めます。また、業務が特定の人に閉じてブラックボックス化する「属人化」は、前者を言語化しなかった結果にすぎず、本書が肯定する属人力とは区別して扱います。そして、「誰も考えつかなかった」「見たことがない」アイデアをひねり出す源泉となるのが、その人に備わった独自の「偏愛」と「違和感」です。
偏愛とは特定の対象への強い情熱やこだわりです。違和感とは、「なにかしっくりこない」「自分の感覚や認識が周囲と一致しない」という、自分だけの引っかかりです。それらは日々どこまで突き詰めて考えているかによって、生まれるアウトプットの質が変わってきます。いずれにせよ、自分だけの属人力にあふれたアイデアをぶつけていくことが、AI時代の人間(マーケター)に残された道です。
属人力は“悪”ではない「属人的を愛そう」
今まで、どのマーケティング本、ビジネス本を開いても、属人力は“悪”とされてきました。仕事の進め方、ノウハウ、判断やアイデアの出し方が特定の人に依存している状態であり、その担当者がいなくなると業務に支障を来すリスクがある、というのがその理由でした。しかし、この常識はAI時代には完全に逆転します。標準化できる仕事は人間には勝てないスピードでAIが瞬時にこなしてしまう以上、標準化された仕事を人間が行うこと自体が“悪”となるのです。
私自身、昔から「属人力の権化」のように見られてきました。そんな私が2014年、当時売り上げ数億円だったラクスルで行ったのが、年間10億円超をテレビCMに投資するという意思決定です。まさに「見たことがない」アイデアでした。今の時代のAIに相談したら「絶対にやめた方がいい」「投資費用を回収できるはずがない」と止められていたでしょう。ただ、私の中には「他社にはできない」「今このタイミングしかない」という判断があり、自分で検証する中で勝ちパターンが見えていたため、上層部を説得して断行しました。理屈で説明し切れない要素もありましたが、その施策は当たり、ラクスルの売り上げと利益を大幅に増加させたのです。属人力とは、そういうものです。
こうした属人力は「引き継げない」「再現性がない」という観点から、避けるのが教科書的な考え方でした。しかし、よく見返してみると、標準化されていない属人力の塊のような人たちこそが、実は会社において大きな成果を出してきました。皆さんの会社にも、「なぜあの人ばかり契約が取れるのか」と一目置かれる営業パーソンが1人や2人いるはずです。「あの人はプレゼンがずばぬけてうまい」「あの人は周りを巻き込んで物事を前に進める力がある」といった同僚や上司もいるのではないでしょうか。
その知見は教えようとしてもなかなか教えられないもの。AI時代には、そんな属人力をもって仕事ができる人こそが、ますます重宝されるようになります。だから、標準的な仕事はAIに任せて、自分の中の偏愛と違和感を、恥じたり矯正したりするのではなく、磨き、とがらせましょう。属人的を、愛しましょう。これが本書の結論であり、皆さんに日々の仕事の中で意識していただきたい、最も重要な指針です。
本書では、マーケターがAIに具体的にどのように向き合い、仕事をしていくべきであるかを解説していきます。まず、第1章では、改めてそもそものマーケティングの役割を明らかにします。第2章と第3章ではAI時代のマーケティングのあるべき姿を詳述します。第4章と第5章ではAI時代に再び重要になる「認知」と「想起」、「指名検索」を解説します。第6章ではAIにはできない「意味の発明」を取り上げ、買い物アプリ「カウシェ」代表の門奈剣平氏との特別対談を収録しています。その上で、第7章から第9章までは、属人力を突き詰めることも含めて、どのような人材・組織になれば、AI時代に生き残り、勝つことができるのかを指南します。第10章では、「変わる勇気」を持つための心構えとリーダーの10カ条を示し、さらに、著名なマーケターであり、ファミリーマートでCMO(最高マーケティング責任者)を務める足立光氏と、「AI時代のマーケター生存戦略」をテーマにした特別対談を収録しています。
本書がAI時代にどうすれば成果を出せるのか、悩みや戸惑いを感じている方々にとって、一つの希望の光になれば本望です。
【目次】





