その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は黒坂真由子さんの『 発達障害大全 「脳の個性」について知りたいことすべて 』です。
【はじめに】
これだけ厚い本を開いてくださったのには、きっと訳があるはずです。
自分自身や大切な人に、発達障害の可能性があると考えておられるのかもしれませんし、もしかすると診断を受けた当事者やその家族かもしれません。学校の先生や医療・福祉関係者、人事に関わる方かもしれません。これまでに何冊も本を読み、情報収集をしてきた方もいるでしょう。
しかし、なかなか発達障害の全体像をつかみきれない、というところかもしれません。
私もそうでした。
発達障害に関する本がすでに書店に多数並ぶなかで、なぜ本書を書いたのか。それも「大全」という、おおげさともいえるタイトルをつけたのか。その訳を少しご説明したいと思います。
本書は、発達障害をテーマに、約2年にわたって続けてきたインタビューがもとになっています。インタビューを始めたきっかけは、私がフリーランスの編集者・ライターであると同時に当事者家族であることです。
2017年、小学2年生だった息子が、文字の読み書きが苦手な「学習障害」であることがわかりました。今振り返ると、おおげさに思えるのですが、当時の私は突然暗闇のなかに閉じ込められたような気持ちになりました。
息子の脳のなかで何が起こっているのか。
これは、どんな障害なのか。
なぜそのような障害になったのか。
遺伝なのか、そうではないのか。
治るのか、治らないのか。
どうやって勉強をすればいいのか。
受験はできるのか。
将来、働くことはできるのか。
どうやって生きてゆけばいいのか。
そのために、自分がしなければならないことは何か……。
わからないことがたくさんありました。
しかし、何より困惑したのは、「何がわからないのかが、わからない」ことでした。
検索ワードがわからない
発達障害について知識を持たなかった私には、知らなければならないこと、調べなければならないこと、しなければならないことが、たくさんあるはずでした。しかし、何を知り、何を調べ、何をしなければならないのかが、何ひとつわからなかったのです。調べようにも、検索ワードがわからない。そんな状態でした。
その後、学校の先生の勧めで検査を受け、学校で特別支援教育を受けるようになるにつれて、少しずつ学習障害と発達障害について理解するようになっていきました。とはいえそれは、個別具体的な経験と知識であり、情報としては断片的なものでしかありませんでした。「知能検査を受けましょう」といわれて、知能検査について慌てて調べるといったことの連続で、発達障害のことが「わかった」という感覚は得られませんでした。
自分の子どもが学習障害であると、ADHD(注意欠如多動症)の子は落ち着きがないといわれるとか、こだわりが強いASD(自閉スペクトラム症)のなかには、天才と呼ばれる人もいるらしい、などといった情報は自然と入ってきます。しかしそれらは、とても知識と呼べるようなものでなく、解像度が低く、どこかぼんやりとしていました。
何より、発達障害の全体像がつかめません。
そんなときに、日経ビジネス電子版の編集部から、発達障害の連載をしてみないか、というお話をいただきました。2021年のことです。
発達障害の「あったらよかった1冊」
連載を始めるにあたって、発達障害について、自分が「知っておきたかったこと」「知りたいこと」、そして「これから知っておいたほうがよさそうなこと」を、ざーっと書き出し、整理しました。そして、これらを網羅できるように取材を進めました。
知っておきたかったこと──発達障害と知能の関係、遺伝の割合、診断に必要な検査の種類や方法、投薬の有無、併発はあるのか、治るのかなど。この障害に対して最初に感じる不安や悩みです。
知りたいこと──現在進行形で子どもを育てていて、切実に知りたい目の前の課題です。発達障害の子どもの進学と受験、学校選び、教育の場で受けられる合理的配慮や特別支援、ICT(情報通信技術)の活用、そして本人の気持ちなど。
これから知っておいたほうがよさそうなこと──学校を卒業した先の人生に何が待ち受けているのか。就職できるのか、どんな仕事が合うのか、医療や福祉にどのようなサポートの制度があり、どう利用するのがいいのか。
これらをすべて網羅できれば、結果として、「何がわからないのかが、わからない」と途方に暮れたあのときに、「あったらよかった1冊」になるはずです。
複数の証言から浮かび上がる普遍性
本書は、どの章でも興味があるところから読んでいただけるようにつくりました。
各章は「インタビュー」と「インタビューして考えた」という2つのパートで構成されています。インタビューには、「外側の視点」と「内側の視点」を設定しました。発達障害の輪郭を捉えるために、医師や研究者、教育者など専門家に取材するのが「外側の視点」。発達障害の診断を受けた当事者に取材するのが「内側の視点」です。
発達障害の課題解決には、医療だけでなく、教育や福祉など、さまざまな分野の専門知識が必要で、外側の視点は不可欠です。一方で、発達障害の人々が内面にどのような思いや悩みを抱えているかを知ることも、発達障害への理解には欠かせません。
「インタビューして考えた」では、インタビューを終えて、私が大事だと思ったトピックを、自分の言葉で改めて簡潔に説明しています。
さまざまな専門家や当事者が語った内容には、重なる部分が驚くほど多くありました。
例えば、発達障害であるかどうかは、社会との関わりで決まるということ。
そして、発達障害に必要なのは、治療ではなく、対応であるということ。
あるいは、発達障害の人にとって、小学校に上がる前の幼年時代と、大学時代は、比較的穏やかであり、一方で、小学校入学直後と、就職直後は、困難が多くなりやすいこと。
これらの指摘には、一定の普遍性があると思います。
一方で、いくつかの点においては、専門家の間で意見が分かれたことも事実です。例えば、子どもに診断を下すべき時期や、特別支援教育をどう評価するかなど。これらについては、あえて両論を併記していますが、そういった意味においても、本書は発達障害に対する絶対的な正解を示すものではありません。発達障害に対する捉え方や考え方はこれまでも大きく変化してきましたし、この先も変化していくでしょう。発達障害という流動的な概念の、現時点でのスケッチであるとご理解いただければと思います。
選択肢があれば、将来の見通しが持てる
今、発達障害について何らかの知識を得たいと考えている皆さんにとって、「本書がどう役に立つのか」をまとめるなら、発達障害のキーワードを知ることで、選択肢が増えることだと思います。
例えば、職場でうまくいかなくて、「自分は発達障害かもしれない」と感じたとき。最初に浮かび上がるキーワードは、「診断」かもしれません。診断を受けるか、受けないか。そして、その先、職場や働き方を変えるのか、投薬で解決するのかなど、最初の選択肢をいくつか持てるはずです。
「わが子が発達障害かもしれない」と感じたときもそうです。相談できる相手は複数あります。そこから、どういった医療や福祉、教育につながっていけばいいのか。受験や進学、就職にも、さまざまな選択肢があります。それらを比較し、準備ができるようになるはずです。
あるいは、同僚など周囲の人が「発達障害かも」と感じたのなら、相手がどのような場面で、どのような困りごとを感じているのかが見えてくるでしょう。それに対して、どのような対応を取り得るのかが、想像できるようになるはずです。
知識としてのキーワードが増えるということは、手持ちのカードが増えるということです。悩みのただなかにいると、ふと目についたひとつの選択肢に焦って飛びついてしまうことがあるものです。しかし、手のなかにいくつかカードがあれば、もう少し落ち着いて考えることができるはずです。それは、将来への見通しが持てるようになるということです。
連載を始めた当初、私には当事者家族として、専門家や当事者に聞きたいことが山ほどありました。もしかすると、そのほとんどが素朴な疑問であったかもしれません。初期のインタビューを今、読み返すと、恥ずかしいようにも感じます。しかしこれらの素朴な質問は、息子が発達障害であるとわかったときに、心から聞きたかった、知りたかったことでもありました。
医学的なことだけでなく、制度的なことまでカバーするためには、たくさんの専門家、第一人者に話を聞かなければなりませんでした。インタビューという形で多くの皆さんにご協力いただいたおかげで、1人ではとうてい書き切れない内容を、本書に凝縮することができました。また、発達障害の人たちが日々、どのように感じ、考えているのかにも、触れることができるものになったはずです。最終的に、人生を通じて必要なキーワードが盛り込まれた「大全」と呼べるものになったと感じています。
本書の役割は「発達障害とは何か」を知りたいと思った皆さんが、できるだけ多くのキーワードに出合うことだと考えています。そのことで、皆さんの人生の手持ちのカードを1枚でも増やすことができたとしたら、とてもうれしく思います。
2023年12月 黒坂真由子
【目次】





