3月30日から放送開始されるNHKの連続テレビ小説『風、薫る』は、近代看護の礎を築いた「日本のナイチンゲール」大関和と鈴木雅の人生がモチーフです。ドラマ原案となった『明治のナイチンゲール 大関和物語』(中公文庫)の著者、田中ひかるさんに、2人の共通点や和と雅のバディぶり、人生に注目した理由などを聞きました。
*本記事では今日では不適切とされる語句や表現がありますが、当時の時代背景を考慮して、そのまま掲載します。

日本のナイチンゲール 大関和

 2026年度前期の連続テレビ小説『風、薫る』は「日本のナイチンゲール」と呼ばれる大関和(おおぜき・ちか)と鈴木雅(すずき・まさ)がモチーフとなっています。和と雅は日本で最も早い時期に正規の訓練を受けた看護婦(トレインド・ナース)で、近代看護の礎を築いた人物です。2人を描いた『 明治のナイチンゲール 大関和物語 』(中公文庫)がドラマ原案です。

田中ひかる(たなか・ひかる)氏
1970年東京都世田谷区生まれ。学習院大学法学部卒業。予備校・高校非常勤講師などを経て、専修大学大学院文学研究科修士課程、横浜国立大学大学院環境情報学府博士課程に学ぶ。博士(学術)。女性に関するテーマを中心に、執筆・講演活動を行う。著書に『明治のナイチンゲール 大関和物語』、『明治を生きた男装の女医 高橋瑞物語』(いずれも中公文庫)、『生理用品の社会史』(角川ソフィア文庫)など。

 私が和に興味を持ったのは、2020年に出版した『 明治を生きた男装の女医 高橋瑞物語 』(中央公論新社、画像とリンクは文庫版)がきっかけでした。高橋瑞(みず)は嘉永5年(1852) に西尾藩士の娘として生まれますが、明治維新後に家が没落、未婚のまま長兄の家で子守として過ごしました。その後は産婆(現在の助産師)となり、さらに医師を志しました。当時、女性は医師となる試験の受験資格もありませんでした。その後、数々の苦難を乗り越え、日本人の女性医師第3号に。明治23 年 (1890)には日本人女性として初めて私費でドイツに留学し、さらに深く医学を学んだ人物です。

『明治を生きた男装の女医 高橋瑞物語』(中公文庫)/画像クリックでAmazonページへ
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 この本の執筆にあたり、さまざまな史料を調べる中で、同時代の女性たちの一人として大関和を知りました。実は次回作で取り上げようとした女性がいたのですが、彼女は生まれたときから恵まれた環境で、キラキラした経歴の持ち主でした。私としては高橋瑞のように泥の中から這い上がってくるような人生を書きたかったので、どうもしっくりこない。迷いながら書いているところに、ちょうど新型コロナウイルス禍が重なりました。
 当時、報道などで治療の最前線で命の危険にさらされながら、一生懸命に働いている看護師の姿を目にした人も多いと思います。私は正直なところ、それまで看護師という仕事に特別な興味を持ったことがありませんでした。でも、「仕事とはいえ、すごいな」と心を打たれる日々でした。
 一方で、看護師の子どもが「コロナに感染しているんじゃないか」と言われ、避けられているというニュースを見て、理不尽さに悲しくなりました。

 そもそも私は、看護師はこんなに大変な仕事なのに、待遇が充分とはいえないのか、国家資格を持つ専門職なのに、夜勤などハードな条件で働かないと十分な収入が得られないというのもおかしい。それにはやはり「女性が多い」というジェンダーの問題もあるのでしょう。私は『 生理用品の社会史 』(角川ソフィア文庫)など、ジェンダーに関わるテーマでも本を書いていることもあり、その視点からも看護師の歴史について知りたくなりました。

 そして、さまざまな史料を読むうちに日本における看護師の制度化と技術向上を成し遂げた人物として、再び和に出会いました。和が書き残した言葉には「自己犠牲」「献身」「奉仕」といった言葉が頻繁に登場します。看護師は自己犠牲の献身の上に成り立つもの──という考えは、看護師が登場した当初からあったのだと分かりました。
 ただ、現代の医療現場を見てみると「看護師不足」という課題があります。やはり大変な仕事に見合った報酬がないと看護師になりたいと思う人が減ってしまう。看護師の資格を持っているのに働かない、もしくは働くことができない「潜在看護師」も多い。私たちは誰でも医療のお世話になるので、これは深刻な課題です。次の本では、その問題提起もしよう、と目標が定まりました。

『明治のナイチンゲール 大関和物語』(田中ひかる著、中公文庫)/画像クリックでAmazonページへ
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鈴木雅は、和への突っ込み役

 和と同時代に学び、看護婦を派遣する派出看護会を立ち上げた雅は自分についてほとんど書き残していません。。『明治のナイチンゲール 大関和物語』は、史実に基づいたフィクションです。それは明記したうえで、2人が助け合っているように書いていますが、実は2人が一緒に登場する史料は少なく、どのようなつき合いをしていたかが分かる史料はほとんどありません。
 史料を基にしたうえで、この本では雅に私の考えを述べさせている部分もあります。たとえば、和は「報酬よりも患者のため」と言い、雅は「看護婦は女性が経済的に自立するための職業」「ちゃんと報酬を手に入れるべき」だと主張します。本書の中で、雅は「和へのつっこみ役」「未来人」といった位置付けかもしれません。

 ただ、実際に2人が一緒にいたのは間違いありません。桜井女学校附属看護婦養成所では学友で、同時期に寮生活もしています。もしかしたら、今でも看護学生に読み継がれているナイチンゲールの『ノーツ・オン・ナーシング(看護覚え書き)』も一緒に読んでいたかもしれないと、想像をふくらませました。ナイチンゲールの先駆的な言葉を紹介したかったということもあります。『看護覚え書き』は、看護を学ぶにあたり、一度は読むべき本といわれていますが、いきなり読むのはなかなか難しいです。『 ナイチンゲール『看護覚え書き』入門 』(平尾真智子著、医学書院)は、重要なナイチンゲールの言葉について専門家の解説付きで、そのエッセンスを学ぶことができます。

 幸い、NHKの連続テレビ小説の制作発表をきっかけに、雅のご子孫の方々と出会うことができ、雅の経歴や家系図など貴重な史料を提供していただくことができました。ご子孫によれば、雅は私が描いたとおりのクールでシャープな、とても魅力的な女性だったようです。

『ナイチンゲール『看護覚え書き』入門』(平尾真智子著、医学書院)/画像クリックでAmazonページへ
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 和と雅はその後、帝国大学医科大学附属第一医院(現在の東京大学医学部附属病院)でも一緒に働いていますし、雅が設立した派出看護婦会でも共に活動しています。あつい信頼関係があった何よりの証拠は、雅は引退する時に、自らが全身全霊をかけてつくった派出看護婦会を和に譲っているのです。和と雅が互いのことをほとんど書き記していないのは、いつも隣にいたけれど、自分たちが進む前の道しか見ていなかったからかもしれません。
 余談ですが、最近、『風、薫る』に関連して和や雅についての本や記事を目にすることも増えました。なかには私の創作部分をそのまま書いているものもあって驚いています。

「『明治のナイチンゲール 大関和物語』は、史実に基づいたフィクションです」
「『明治のナイチンゲール 大関和物語』は、史実に基づいたフィクションです」

シングルマザー、英語に堪能と共通点の多い2人

 かけがえのないバディ(信頼し、助け合う相棒)であったと思われる和と雅ですが、その境遇も驚くほど似ています。2人とも士族の出身で、シングルマザーとして2人の子どもを育てていました。ともに英語が堪能で、看護婦養成所では海外の看護に関する文献も読んでいたようです。

 ちなみに桜井女学校附属看護婦養成所で2人の学友だった広瀬梅も波瀾万丈な人生を送った人物でした。看護師となってからは壊滅的な被害をもたらした明治三陸地震津波の避難所で孤児となった赤ちゃんを見つけ、自分の子として育てる決意をします。その後は結婚し、米国に渡り、看護師・助産師として日系移民を助け、日本人学校の経営にも携わりました。彼女の人生は『拝啓ナイチンゲール様』というミュージカルになり、2026年12月に、岡山、水戸、東京での公演が予定されています。
 桜井女学校附属看護婦養成所で同級生だった6人(入学者は8人だったが2人が退学)の中に和と雅、広瀬梅がいた。時代が彼女たちを呼びよせたのか、それとも志を持つ者たちが自然と集まったのか。私はこの時代の女性で「自分がやりたいこと」をできたのはごく一部の人だけだったと思います。
 彼女たちはそれができた。次回はその行動力がどこから来たのかを考えたいと思います。

取材・文/三浦香代子 構成/市川史樹(日経BOOKプラス編集)写真/鈴木愛子