人口減少に悩む地方にとって、地域経済の活性化は待ったなしの状況だ。米国では、起業を連続的かつ高確率で成功させる「スタートアップスタジオ」という組織が大きな注目を集めている。この仕組みを日本の地域創生に活用しようと、今年5月、青森銀行とみちのく銀行の共同持ち株会社プロクレアホールディングス(HD)は「地域バリューアップスタジオ」プロジェクトの開始を発表した。年内中の事業開始を検討しており、その設立の狙いと活動方針について、青森銀行頭取の石川啓太郎氏と、近刊『 みんなのスタートアップスタジオ 連続的に新規事業を生み出す「究極の仕掛け」 』の監訳者であり、このプロジェクトでも連携しているquantum社長の及部智仁氏に聞いた。
「スタートアップスタジオ」で起業のエコシステムを
なぜ今、地方銀行が起業創出に取り組むのですか?
石川啓太郎氏(以下、石川):地元の青森県も例外なく、年々、少子高齢化が進み、事業所数も減少を続けています。そのトレンドを金融機関が食い止めるのはなかなか難しいけれども、我々にできるのは、起業支援や新規事業創出によって地域の事業所数を増やし、経済を活性化して地元の付加価値を高めることだと考えています。
これまでも地域活性化のためには起業支援が重要といわれてきましたが、なかなかうまくいっていない。何が足りなかったと分析していますか?
石川:金融業界ではいわゆるベンチャーキャピタル(VC)ブームが、過去に3回ぐらいはありました。その都度、地域金融機関もVCを関連会社で立ち上げ、トライはしたが、大きな実績を上げられないままフェードアウトしていったケースが多かったのではないでしょうか。
これまでは、起業アイデアの創出、事業コンセプト固め、人材の確保、販路開拓などは、当事者が自力でこなすことであり、金融機関による資金支援も、事業が軌道に乗ることがある程度見えてきた段階で、検討を始めていました。金融機関はどちらかというと起業支援に対して受け身的な姿勢で臨んでおり、その結果、地方では大きな実を結ぶような状況には至らなかったと感じています。
及部智仁氏(以下、及部):地方には、スタートアップ支援に関する支援者側のプレーヤーの数がまだまだ少ない。また、VCも人手や情報網が足りなくてベンチャーの卵をちゃんと探せていません。大学のある各拠点都市や地域にしっかり根づいたベンチャー支援のネットワークをつくれなかったことが、地方の起業エコシステムの構築が遅れた理由だと思います。
例えば米国を見ると、各都市と大学を拠点に起業のエコシステムがあり、現在、その支援者側の中核となっているのが、エンジェル投資家、VCやアクセラレーター、そして昨今では「スタートアップスタジオ」が台頭し、その数は710社を超えています。
スタートアップスタジオは新しい企業や新規事業を次々と創り出す組織のことで、スタジオ内で起業や新規事業のアイデアを練り、初期検証を行い、MVP(Minimum Viable Product=必要最小限の機能に絞ったプロダクト)を開発します。そして、創業チームを採用し、必要資金を提供し、事業がある程度軌道に乗ったところでスタジオから会社として独立させます。そして、このプロセスを同時並行的に何度も繰り返していく。
いわば、ハリウッドの映画スタジオのように、次々と新しいビジネスを生み出していきます。ちなみに、新型コロナウイルス対策のワクチンで有名なモデルナも、スタジオから生まれた企業です。
スタジオは従来のVCやアクセラレーターなどよりも、スタートアップの事業開発にはるかに深く関与し、プロダクト開発や創業チームに足りないリソースを提供します。起業家は、自分が起業しやすい環境を選び出します。日本でも、地方にスタジオが増えていき、小さな起業のエコシステムが互いにつながり合い、群となって大きなエコシステムになっていくと、起業の成功事例がどんどん増えて、活発化すると思います。
もっとリスクを取って、一歩も二歩も踏み込む
今立ち上げを準備している「地域バリューアップスタジオ」は、地方銀行で初めてスタートアップスタジオの概念を取り入れた起業支援の仕組みと聞いています。つまり、起業支援にもっと踏み込もうとしているわけですね。
石川:はい。今までのスタートアップ支援、新規事業支援との大きな違いは、我々も当事者になって取り組めるというところです。これまで金融機関は、起業家に計画やビジネスモデルを提示してもらい、それにファイナンスをつけられるかどうかを決めるという立ち位置でした。けれども、せっかくいいアイデアやシーズはあるのに、スタッフや情報が足りないとか、部分的に欠けるところが往々にしてあり、そこに支援の手が行き届いていなかった部分があったと思います。
スタジオの考え方を取り入れることにより、起業家やその事業の発展に足りないリソースを補いながら、起業家に伴走しながら一緒に事業に取り組んでいく。これが、我々が目指す地域バリューアップスタジオの大きな特徴です。
銀行というのは伝統的にサウンドバンキング(健全・堅実経営)を求められています。例えば、VCのように1勝9敗でも1発当たればいいとか、そういう文化ではありません。その中で、新規の事業支援にどれぐらい踏み込んでいくかについて考えたとき、我々はリスクとの向き合い方についてもう一度考え直さなければいけないタイミングに来ていると思っています。
もっとリスクを取る必要があると。
石川:一歩踏み込んで新規事業の支援に踏み込んでいくということは、 少なくとも従来型の考え方ではなく、取れるリスクは取っていくという考え方がこれからの地方銀行に求められる。まずそれが出発点としてあります。
二つ目は、青森銀行とみちのく銀行は2022年4月に経営統合して持ち株会社プロクレアHDをつくり、2025年1月には合併する予定です。これにより、県内の貸出金シェアが7割を超える状態になります。これは地元経済と運命共同体的な位置付けとなったことを意味しており、青森県経済の浮き沈みは、我々の業績の浮き沈みに直結するぐらいのインパクトがあります。
だからこそ、我々は地域にもっとコミットしていくことを目指さなければなりません。その流れの中で、もっとリスクを取って、起業や新規事業支援を一歩も二歩も踏み込んでやっていきたいと考えています。
及部:スタジオモデルは、0 → 1で創出するベンチャー企業のインキュベーションのステージゲートに応じて、同時並行的に新規プロジェクトをKPI(重要業績評価指標)でしっかり管理し、多くの損切りを含めてリスクをマネジメントします。つまり「失敗を型化して同じスタジオのメンバーでノウハウ化できること」が強みです。「新規事業や起業は、こうすれば成功する!」という方法は存在しませんが、スタジオモデルは失敗をしない確率を高めることができる方法だと思います。
スタジオでの取り組み方針を具体的に教えてください。
石川:大きく分けると、ポイントは二つあります。一つ目は、地域の様々な課題を拾ってきて、その解決に向けた「絵」を描くことです。我々はそれを「地域デザイン事業」と呼んでおり、すでにグループ会社で先行して取り組んでいます。もう一つが、地域での起業や新規事業を生み出す事業創造スタジオで、我々にとっては新しい事業領域のチャレンジ項目です。
前者の地域デザイン事業で集めた地域課題の中から、新しい事業展開につなげていけるシーズがたくさんあります。今までは課題に対する「絵」を描く、またはソリューションを提供して終わりでしたが、それを事業化するところまで発展させていきます。
また、地元の大学との連携も考えています。大学には本当に面白い話がいっぱいあります。特に、地元の弘前大学には医学部があり、医学関係の起業アイデアは地方だから不利ということはまったくありません。まだ、情報交換のレベルですが、大学発ベンチャーの事業化に向けて、伴走することができたらと考えています。
及部:地方銀行さんは地元の名士であり、自治体とコラボレーションしやすいことが大きな強みと言えます。自治体の課題などをべースにした新規事業は、地の利を生かして取り組めるところにもアドバンテージがあります。
「食」と「観光」の活性化で、地銀合併の成果を示す
今、青森の地域課題は何ですか?
石川:小さいものまで含めると非常にたくさんありますが、例えば、青森の強みは「食」であり、リンゴや大間のマグロなどを思い浮かべる人も多いと思います。実際、農作物の生産高は全国でもトップクラスに位置しています。ところが、食料品製造の生産高で見ると他の地域に比べ見劣りしてしまう面があります。つまり、原材料に付加価値がつかない形で県外に出ていっているということであり、「食」にどんな付加価値をつけられるかが大きな課題だと受け止めています。
もう一つの強みは「観光」であり、十和田湖や八甲田山といった豊かな自然やねぶた祭を含めて素晴らしい素材はそろっています。しかし、観光スポットがどれも点で存在していて、トータルにコーディネートされていない印象があります。点をつないで周遊するとか、その辺りの仕掛けづくりや戦略に課題があると感じています。
スタジオの始動は来年以降だが、それに先駆けて今年2月に「プロクレアHD地域共創ファンド」が立ち上げられ、投資第1号として「appcycle」(青森市)が選ばれました。
石川:appcycleは、リンゴの残渣(ざんさ=搾りかす)を再利用してビーガンレザー(植物を原料にした革の代替素材)をつくるエシカルな企業で、開発したビーガンレザー「RINGO-TEX」は全日本空輸の一部航空機のヘッドレストに採用されました。
収穫時に傷などがついたリンゴはジュース用になりますが、加工工場ではリンゴの搾りかすが大量に発生します。これを何かに生かせないかと考えた同社創業者の藤巻圭氏が、東北大学と共同でビーガンレザーを開発しました。
リンゴを活用している点で地域的な意義があり、廃棄物のアップサイクルということで現代のSDGs(持続可能な開発目標)の流れにも合っています。この事例のように、いい案件というのは、製品の中に地域発のストーリーが見えてきます。青森にはリンゴのほかにもローカルで競争力のある題材、素材があり、我々が伴走しながらストーリー性をもって事業化できればと思っています。
スタジオでは年に何社くらい企業を創出しようと考えていますか?
石川:目標社数が明確にあるわけではないが、今年5月に地元で記者会見をした時には、1年で3社を目指すと申し上げました。その後、及部さんが監訳された『みんなのスタートアップスタジオ』を読んだら、米国でもそれぐらいだと書いてあったので安心しました(笑)。
及部:この本の著者の調査では、スタジオの約7割が1年で4社未満となっています。数は少ないですが、パートナー企業との共同創業を含めると1年で7社程度を生み出すところもあります。
2020年11月、同一地域内の地銀の統合を認める独占禁止法の特例法が施行され、青森銀行とみちのく銀行の合併は特例法適用の第1号となりました。みちのく銀行との経営統合はこの事業にもプラスになりますか?
石川:「今回の銀行統合のメリットは何ですか?」という質問をよく受けます。それに対しては、「地域の課題に関してスピード感を持って、本当に心からコミットして取り組めるようになったことだ」と答えています。
今までは、青森という狭い地域の中で2行が激しく競争してきました。ところが、宿命のライバルだった2行が一緒になったことで、お互いの存在に神経と時間を費やす必要が一切なくなったのです。だから、行動や意思決定のスピード感がもう全然違います。
さらに、スタジオの立ち上げと並行して、ベンチャー企業や後継者難の企業などへの人材紹介や経営相談を手がけるコンサルティング会社を立ち上げる準備もしているのですが、合併で人的リソースが倍になるため、そうした体制面の充実にも大きなプラスになると考えています。
以前は独禁法により、地域の貸出残高でシェア7割となるような合併は絶対に認可されませんでしたが、法改正により独禁法特例法適用の最初のケースとして今回の合併が認められました。だからこそ我々は、同一地域内での地銀合併が地域に大きなメリットをもたらすことを示さなければいけないと自覚しています。スタジオによる起業支援も、地域にもたらすメリットの柱の一つであり、ぜひ結果を出していきたいと考えています。
シルパ・カナン、ミッチェル・ピーターマン(著)、露久保由美子(訳)、及部智仁(監訳)/日経BP/1980円(税込み)




