ロシアによるウクライナ侵攻で、国際的な緊張感が高まる中、「権威主義的」な色合いを強める中国に注目が集まっている。そんな母国に対し、中国に住む中国人や日本など国外に住む中国人は、本音ではどう思っているのか。今回は、日経プレミアシリーズ『いま中国人は中国をこう見る』より、中国人の国外を見る目の変化について抜粋してお届けする。

日本に縁の深い観光スポットに批判殺到

 東北部に位置する遼寧省大連市。2021年8月末、日本との縁も深いこの地に『盛唐・小京都』が開業した。

 総面積は約63万平方キロメートル。京都と唐の時代の街並みを再現した広大なエリアで、中国企業と日本企業が共同で開発。約60億元(約1068億円)もの資金が投じられたビッグプロジェクトで、観光客らに人気の観光スポットになると期待されていた。

 だが、開業から1週間で営業休止に追い込まれた。原因は、開業直後からネット上に広がった猛批判だった。「これは日本の文化侵略だろう」「かつて侵略された歴史を忘れたのか!」「大連に日本風の街並みを作るなど、中国に対する侮辱だ」……。

 中国のSNS、微博に過激な批判が大量に書き込まれた。大連在住の知人が語る。

 「あの場所で日本の商品しか販売できないというデマがきっかけでした。当局はすぐに否定したものの、批判は拡大してしまいました。中国人が敏感になる9月18日が近づいていたことも関係していたとみられます。SNS上に書き込みをした多くが若者だったようです」

 9月18日は満州事変の発端となった柳条湖事件が起きた日で、中国では「国辱の日」。中国人は誰もがその日を脳裏に刻んでいる。2021年は柳条湖事件から90年という節目の年で、中国メディアでは早い段階から大々的に報道されていた。

 中国共産党100周年も重なり、政府は国威発揚につながる言葉で国民を煽(あお)ってきた。そうした社会の「空気」が営業休止に関係していたのではないか、と見られている。しばらくして、同プロジェクトは名称から「京都」を外し、日本の色合いを薄めた形でひっそりと再開されたが、この一件からもわかる通り、2021年以降、とくに若者を中心にナショナリズムが高まりを見せている。顕著に現れたのは東京五輪だった。

国外の「いい話」はもう聞きたくない

 開会式から「ダサい」「貧弱」などとSNS上でケチをつける投稿が目立った。卓球の水谷隼選手と伊藤美誠選手のペアが中国ペアを破って金メダルを取ったとき、男子体操の橋本大輝選手が金メダルを獲得して中国選手が敗れたときにも、「日本選手が八百長をしている」「日本はずるいやり方をしたから勝てた」などという批判が殺到した。

 同じく8月、中国の有名俳優、張哲瀚氏が、以前、東京の乃木神社で行われた友人の結婚式に参列したことや、靖国神社内で撮影した写真があることなどが批判されて炎上。張氏は厳しく糾弾され、芸能界からの事実上の追放に追い込まれた。

 例年8月から9月にかけて、日中の「敏感な日」が続くが、2021年は、ここ数年にはない反日的な雰囲気が漂っていた。ある在日中国人インフルエンサーは声を潜めていう。

 「少し前まで、日本の景色や食事、日本人の優しさ、繊細さなどを紹介するコンテンツは、中国人にとても人気がありました。でも、今年(2021年)はちょっと違います。日本など国外を褒めること=中国をけなすことだと曲解され、ときには猛烈な批判を浴びてしまうのです。よほど注意をしないと、足をすくわれてしまいます」

 このインフルエンサーによると、ただ日本の美しい観光地を紹介しただけなのに、「中国には日本よりもっとずっと美しい観光地がある」と指摘されたことがあるそうだ。

 日本の商品の品質やデザインを褒めると、「あなたは日本のものを売りたいから、過剰に評価しているだけだろう?」とか「なぜ、日本のいいことしかいわないのか?」などと批判されることも増えたという。それは、「彼らが心から『中国は偉大な国だ』と信じていて、排他的になっているから」だとこのインフルエンサーはいう。

 2012年の反日デモのように、自分の境遇などに不満を抱えているから、不満の矛先を「日本」に向けるのではなく、自分たちの国はすばらしいのに、それがなかなか世界から認められないことに不満を募らせ、海外のいい話は聞きたくないと感じているようだ。

 このような傾向は、中国の経済成長が勢いを増した数年前から始まっていたそうだが、「コロナ禍をきっかけに、一層強まったように感じます」(同)という。

若者のナショナリズムに危うさを感じる人も

 コロナ禍をきっかけに、中国人の海外を見る目は大きく変化している。コロナ禍初期の2020年前半は、武漢から感染が拡大したと海外から猛烈な批判を浴びたが、中国でコロナが収束していく一方で、世界各国で猛威をふるう。封じ込めが当局の功績であるという政府の宣伝も繰り広げられ、ゼロコロナ政策を継続している。

 多くの中国人が「コロナを抑え込むことで、自信がついた」と語る。欧米や日本ができなかったことを、人口が14億人もいる中国は成し遂げられたと考え、「これまで母国(中国)に自信が持てなかった人たちが、初めて自信を持つきっかけになった」(ある中国人)という。

 同時に「今までずっと高みにあると思っていた欧米や日本などが、実はそれほどではないと感じ、『アメリカはたいした国ではなかった』、『民主主義の国は、あの程度か』と思った人もいた」ようだ。「アメリカ程度の民主主義ならいらない」とまで口にした人もいた。

 政府もメディアを使って「中国政府がいかにコロナ対策に成功したか。(その引き合いとして)欧米のコロナ対策はいかに失敗したか」を宣伝し、彼らがそのように信じるように仕向けている。自国礼賛と欧米批判の反復が、中国人の考え方に大きな影響を与えている。

 何人かの中国人にアメリカのコロナ対策について聞いてみると、こんな答えが返ってきた。

 「ここまでアメリカが無能だとは思わなかった。コロナによって、アメリカの化けの皮がはがれた」「もう強いアメリカというイメージは完全に崩壊しました」

 コロナ前は「強大なアメリカ」に一目を置き、心のどこかで憧れの気持ちを抱いていた中国人もいたが、コロナ後は「そういう気持ちはなくなった」という人が少なくない。

 ある中国人男性だけは「(さまざまな面で先進的だった)アメリカなど外国からいろいろなことを学ぼう、といった謙虚な気持ちすらも薄れて、中国人は傲慢になっている」と危機感を口にした。

 おそらく、口に出さないまでも、冷静で鋭い感性を持った中国人には、この人と同じように、今の風潮を好ましくない、危ない方向に向かっている、と思っている人もいるだろう。

 ただし、過激なコメントが目立つSNSに、こうした冷静なコメントを書く勇気はない。それに、「自分たちは深夜のPCR検査にも文句をいわず、よくがんばっているではないか、と自分たちを労いたい気持ちもあって、そういうことはなかなか口にできない」(同)。

 中国経済が台頭し、世界に与える影響力が大きくなり、アメリカを急追する国になったことも大きく影響している。

 「中国はGDPで世界第2位の強国になり、1位も視野に入っています。アメリカに妨害されていますが、いずれは超える。昔は逆立ちしても、経済力では欧米や日本にはかなわなかった。だから、常に腰を低くして黙っていた。何をいわれても、中国人はただ我慢するしかなかった。でも、今、我々にはアメリカと対等になったという自負がある。中国がなければ経済的に困る国は多いでしょう。ここまでの国になったのは現政府のおかげ。以前はバカにされたままだったけれど、今はきっちりというべきことはいう、という気持ちです」(40代の女性)

 実際、そこまで自信を持っている人がどれくらいいるかはわからない。私の知る限り、前述したように、現状に危機感を抱いている人もいる。

(写真:goffkein.pro/Shutterstock.com)
(写真:goffkein.pro/Shutterstock.com)

日経ビジネス電子版 2022年3月29日付の記事を転載]

日経プレミアシリーズ『いま中国人は中国をこう見る

本音から本質を浮き彫りに

 経済・通商問題、人権弾圧、覇権主義……。米国との対立だけでなく世界中から厳しい視線を注がれている中国。中国リスクが高まるとされる今の状況を、中国人は本音ではどう思っているのか。コロナ禍だからこそ見える中国社会の変化と中国人の本音を、数多くのインタビューを基に構成、解説する。

中島恵(著) 日本経済新聞出版 990円(税込み)