生成AIなどの新しい技術によって仕事の効率化が進んだはずなのに、なぜラクにならない? そんな皮肉な現実に疲れた人に、ぜひ手に取ってほしい一冊があります。退職学研究家の佐野創太さんの『 70%で働く 「もっと頑張る」から脱出する働き方の思考法 』(日経BP)です。佐野さんは、20代のときに頑張り過ぎて2度の短期離職→無職→出戻り再入社→介護離職という紆余曲折を経験しました。思うようにキャリアを積むことができず、「どうして自分には悪いことばかり起きるのだろう」と悩んでいたときに手にした本が、救いになったそうです。

「なぜ自分ばかり」の沼から、考えが180度ひっくり返った本
「 20代で頑張り過ぎて短期離職→再入社→介護離職 「70%で働く」に至るまで 」でもお話ししましたが、20代前半で頑張り過ぎて短期離職を2回経験、そして出戻り再入社した後、2017年に29歳で介護離職をしました。もう自分は正社員として働くことができないんだな、とすごく落ち込みました。正社員に求められる働き方の最低限のラインとして、「決められた時間に業務に就く」ことが挙げられますが、介護でそれすらできない自分は組織で働く資格がないんだな、と。組織で働き続けたかったというのが本音です。出戻り再入社してから4年働いて、立ち上げた新規事業も成果も上げていましたし、もともと体育会系出身で、貢献意欲が強いほうでした。でも、今の自分にはもうできない…。
悔しさと落胆にさいなまれるなかで手にしたのが、この『 夜と霧 』(ヴィクトール・E・フランクル著、池田香代子訳、みすず書房)です。
本書は、多くの経営者や起業家の愛読書としても知られているので、ご存じの方も多いことでしょう。著者はオーストリアの精神科医で、第2次世界大戦中にナチスの強制収容所で生き延びた人物です。自身が提唱していたロゴセラピー(患者が生きる意味を見いだすのを助けることでケアをする心理療法)に基づいて、収容所での自分も観察対象にして考察を重ねています。人間の尊厳や生きる意味に深く言及していて、単なる体験記録にとどまっていません。
私の心に最も刺さったのは、「生きる意味についての問いを百八十度方向転換することだ」という記述です。私たちは起きたことに対して、この出来事にはどんな意味があるのだろう、と考えるものですよね。あたかも、人生が答えを与えてくれることを期待するわけですが、著者は逆だと指摘します。つまり、人生が私たちに「この出来事や体験とどう向き合うか」と問いかけていて、答えは私たち自身が出すものである、と。そして著者は、その問いに答える責任が私たちにはあると断言します。
それを読んだとき、私の中で、本当に考え方が180度ひっくり返りました。ずっと私は、2回の短期離職と介護離職という現実に落胆し、悪いことばかり続く意味を教えてくれ、と人生に答えを求めていたからです。「真逆だったのか!」と、生き方を根本から見直すきっかけになりました。

きれいごとではないから胸に迫る
強制収容所という、人権も希望も名前さえも奪われた状況下で、精神科医としての視点を失わず、生きる意味を考え続けられるとは、本当に、本当にすさまじい精神力の持ち主です。自分の悩みが一瞬にして吹き飛ぶほど、ちっぽけに感じられたことは言うまでもありません。たびたび読み返していて、そのつど思いを新たにしています。
私としては、「どんな状況でも意味がある」というきれいごとに終始しないところも秀逸な点だと思っています。著者は、人としての良心を捨てた者が生き延びた現実についても言及しています。「いい人は帰ってこなかった」とはっきり書いているのです。
「収容所暮らしが何年も続き、あちこちたらい回しにされたあげく一ダースもの収容所で過ごしてきた被収容者はおおむね、生存競争のなかで良心を失い、暴力も仲間から物を盗むことも平気になってしまっていた。そういう者だけが命をつなぐことができたのだ」
(『 夜と霧 』、ヴィクトール・E・フランクル著、池田香代子訳、みすず書房 p.5)
私たちが平時の道徳で教わる、良心を重んじる世界とは真逆です。そんな不条理を生き延びた人が「人生の意味に答える責任が私たちにはある」と言うからこそ、説得力があるのだと思います。少なくとも私の心には、しっかりと深く刻まれました。
仕事やキャリアとかけ離れた本が、突然助けてくれる
私は、本の虫のように読書好きというタイプではなく、何か悩んでいるときに、解決の糸口を求めて本を手に取ることがほとんどです。仕事柄、キャリアや転職の相談に乗ることが多いせいか、いつの間にか相談する方法を忘れてしまったのかもしれません。人に相談すると、たいがい「大丈夫?」と心配してくれますよね。こちらとしては、大丈夫ではないから相談しているわけですが、そう聞かれると反射的に「大丈夫」と答えずにはいられません。それで即、相談終了、みたいな…。その点、本は何も聞いてきませんから、安心して心を開けるわけです(笑)。
本を選ぶときに、1つ意識していることがあります。それは、「悩んでいる事柄と、できるだけ違う分野から選ぶ」ということです。働き方や生き方に悩んでいるときに本当に助けてくれるのは、自分の経験や状況に近い本よりもむしろ、違ったジャンルの本なのだと経験的に感じています。

だから悩みが生まれたときは、「今までと同じ考え方をしていたら詰む」と自分に言い聞かせて、信念やこだわりを70%くらいにまで緩めます。そして、空いた30%のスペースに新しい視点や思考を迎え入れるべく、本を開くわけです。ここでも、「70%」で考えることが役に立つんですね。
格好つけた言い方をすると、視座を上げる、ということになりますが、私の感覚としては、「著者のどなたか、お助けを!」という一心です。同じ悩みを同じ思考の枠組みで考えていても、視野狭窄に陥るだけ。どんどん自分を客観視しづらくなり、判断力も鈍っていきます。自分の認知の外に出て、価値観も発想も変えたいのなら、まるで違う惑星の住人が書いたような本を読むのもおすすめです。人間関係に疲れたら、植物や動物の生き方の本を読む。そんなイメージです。ちなみに私は、雑草の生存戦略について知るのが好きです。そこになぜか仕事のヒントがあったりするんですよね(次回に続く)。
取材・文/茅島奈緒深 構成/大松佳代(日経BOOKプラス編集) 写真/小野さやか
