春夏秋冬、季節ごとにお届けしております「手前みそ」企画。2026年夏も、ぜひお読みいただきたい「日経の本」を全力でご紹介してまいります。推し担当は、「日経の本」の作り手が30人以上も所属する日経BOOKSユニットの平井修一、宮崎志乃の両編集部長。聞き手は日経BOOKプラスの長野洋子編集長が務めます。
長野洋子(以下、長野):2026年春から日経BOOKプラス、そして日経BOOKSユニットも新体制となりました。4月から日経BOOKプラスの編集長になりました長野洋子です。どうぞよろしくお願いいたします。慣れない仕事に追われ、周囲の盛大サポートを感謝しきれないほど受けながら走り始めたところ……と思っていたら、あっという間に夏が来ました。驚きです。さて、この「手前みそ」シリーズも新体制でお届けします。数多(あまた)ある良質な新刊の中から、特に注目の作品を推してもらうのは、平井修一編集部長と宮崎志乃編集部長です。
平井修一(以下、平井):一昨年は日経文庫創刊70周年、昨年は日経ビジネス人文庫創刊25周年の「手前みそ」特別編でロングセラーを紹介させていただきました。今年からは編集部長(経済・経営系担当)として、四季折々(?)の新刊書を紹介させていただきます。
春から初夏にかけて刊行した「日経の本」を改めて眺めてみると、実に多彩な顔ぶれがそろいました。AIと国家の関係を問う本があり、因果関係を見抜く思考法を扱う本があり、組織づくりや採用の実践知をまとめた本があり、金融業界の未来を展望する本もあります。そして、会計の本質を体系的に学べる大著も加わりました。まず紹介するのは、この本から。
AI時代に「テクノロジーの使命」を問い直す
平井:『 テクノロジカル・リパブリック 国家、軍事力、テクノロジーの未来 』は、今年のラインアップで最も刺激的な作品かもしれません。米パランティア・テクノロジーズ共同創業者兼CEOのアレックス・カープ氏らが、テクノロジーと国家の関係を真正面から論じた話題作です。
シリコンバレーのど真ん中にいる経営者が、「いまのテック業界は本来果たすべき役割から逃げている」と問題提起します。著者の主張は明快です。国家を強くし、人類の進歩に貢献するはずだったテクノロジー人材が、消費者向けサービスばかりに向かってしまった。その結果、西側諸国は科学技術や安全保障の競争で後れを取りつつあるというのです。
もちろん賛否は分かれるでしょう。しかし、だからこそ読む価値があります。ChatGPTの登場以降、生成AIは社会のあらゆる分野に浸透しつつあります。そんな時代に、テクノロジーと国家の関係をどう考えるのか。この問いから逃げることはできません。
ちなみにパランティアという社名は、『指輪物語』に登場する「遠くを見通す石」に由来します。情報解析企業として実に象徴的な名前です。AIや地政学に関心のある方には、ぜひ手に取っていただきたい一冊です。
長野:『テクノロジカル・リパブリック』はSNSでも様々な方が触れてくださって、話題の本となりましたね。日経BOOKプラスでも、思想史家で社会構想大学院大学教授の先崎彰容氏や、哲学者・宗教学者で関西学院大学神学部准教授の柳澤田実氏などに書評を書いていただきました。連載【『テクノロジカル・リパブリック』私はこう読む】、ぜひお読みください。
そしてAIをテーマにした本、今年も次々と刊行されています。宮崎部長も、AIに関する本を推されていますね。
宮崎志乃(以下、宮崎):今年の春から、読み物グループの編集部長になりました宮崎です。微力ながら精いっぱい務めますので、どうぞよろしくお願いいたします。最新テクノロジーを追うという文脈で、私が紹介したいのは、落合陽一氏やオードリー・タン氏も推した『 AIの時代に 頭がよくなる人 悪くなる人 』です。
AI時代に価値が上がる人と下がる人、どこが違う?
宮崎:AI全盛の昨今、しかしAIを使えば、本当に頭がよくなるのでしょうか? 『AIの時代に 頭がよくなる人 悪くなる人』は、その問いに明確に「否」と答えます。AIを使っていると、自分の知性が退化するように感じたことのある方もいらっしゃるのではないでしょうか。
この本は、AI時代に価値が上がる人・下がる人の違いを鮮明に描き出します。大切なのは「インプットはAI、アウトプットは自分で」という姿勢と、AIには代替できない「人間の筋肉」を鍛えること。では、人間の筋肉とは何か? 自分の頭で考え続けるための大切な指針が得られます。
長野:帯にある「あなたの価値はPCの前以外でどんな経験をしたか」という問いにドキッとします。テクノロジーが進化して便利になり、自分が簡単にラクをして選べるようになったと感じる一方で、実は「自分で選ぶ自由」を手放しているんだという話や、AIによって人間は打たれ弱くなるという話は、ひんやりと恐ろしい実感が湧きました。
「それは本当に原因なのか」を考える
平井:次に紹介する本は、個人的に、今年の隠れた注目作だと思っています。この『 原因と結果を武器にする思考 』が扱うのは、「因果推論」というテーマです。
「売り上げが上がった」「広告が当たった」「施策が成功した」――私たちは日常的にそう言います。でも、本当にそうでしょうか。
著者たちはサイバーエージェントで活躍するデータサイエンティスト。経済学やデータサイエンスの世界で発展してきた因果推論を、驚くほど分かりやすく解説しています。
「グルメサイトの星が増えたから予約が増えたのか」「物流品質は売り上げに効くのか」といった身近な事例を通じて、「見せかけの効果」と「本当の因果関係」の違いを丁寧に解き明かしていきます。生成AIの普及によって、誰もが簡単に分析結果らしきものを作れる時代になりました。だからこそ、本当に問われるのは「それは因果関係なのか」という視点です。数字を扱うすべての人に読んでいただきたい一冊です。
長野:思い込みや直感、前例などによって、正しくデータを見ることができない、というのはビジネスの現場でもよくあることだと思います。「なるほど!」と思ういくつかの事例は、連載【原因と結果を武器にする思考】でも読むことができます。
宮崎:個人的な話をすると、この春からの新たに降りかかる様々な業務で、最初の数週間は「脳がオフ」どころか「脳が行方不明」状態でした。頼れるメンバーのみなさんからの手厚いフィードバック(という名の的確なダメ出し)に日々救われながら、なんとか生き延びております。そんな私が実体験を込めてお薦めしたいのが、ちょうどこの時期にぴったりな「働き方・休み方」をテーマにした本たちです。
「働きがい7年連続日本一」の裏に、地道すぎる組織づくり
宮崎:最初に紹介するのは『 フィードバック経営 「沈黙の組織」から「高め合う組織」へ 』。著者の三村真宗さんは、2024年1月までコンカーの代表取締役社長を務め、「働きがいのある会社」ランキングで日本最長7年連続1位を獲得したすごい方です。一方、本書で描かれるのは、一人の経営者として悩みながら、社員同士が率直に課題を伝え合う「フィードバック」を起点とした組織づくりを行ってきた軌跡。
たくさんの図解やご自身の失敗談も交えて、とにかく分かりやすく、500ページ超なのに一気読みできてしまう不思議な経営書です。「5人のチームリーダーから数万人組織のトップまで、人を率いるすべての方に向けて書いた」という三村さんの言葉どおり、多くの方に手に取っていただきたいと思います。
採用する人も、採用される人も知っておきたい「原則」
平井:「働きがい」を感じる組織やチームには、優秀な人が集まりますよね。今や、人手不足がすっかり常態化しました。募集しても人が来ない。採用しても定着しない。そんな悩みを抱える企業は少なくありません。
『 採用に強くなる(日経文庫) 』の著者、曽和利光さんは、リクルートやライフネット生命で採用責任者を務めた後、人材研究所を設立し、長年採用支援に携わってきた採用のプロフェッショナル。本書の特徴は、流行の採用テクニックではなく原理原則を語っていることです。
スカウト型採用、面接、適性検査、候補者体験、定着施策、さらにはAI活用まで幅広く扱っています。印象的なのは、「採用は入社で終わりではない」という考え方です。採用した人が活躍して初めて採用は成功したと言える。その当たり前のようで忘れられがちな視点を改めて教えてくれます。
そして本書は、採用する側だけの本ではありません。採用されることを目指す学生や社会人にとっても、企業が何を見ているのかを知ることは、自分自身の強みやキャリアを考える大きなヒントになります。採用の裏側を知ることで、自分自身の見せ方や働き方を考え直すきっかけにもなるはずです。
宮崎:次に紹介したいのが『 70%で働く 「もっと頑張る」から脱出する働き方の思考法 』。頑張りすぎていると、正直疲れますよね。「タイパ重視」「頑張って当たり前」という空気の中で、「この働き方、この先もずっと続けられるかな」と感じたことのある方も多いはずです。
「100%で走り続けなければ」の思い込み、手放しませんか?
著者の佐野創太さんは20代で介護離職を経験し、自ら模索する中で1500人以上のキャリア相談をしてきたという経歴の方。そんな佐野さんがたどり着いた答えは、タイトルどおり「70%で働く」というシンプルなスタイルでした。手を抜くことでも、あきらめることでもなく、いざというときのために力の余白を残しておくことの大切さを教えてくれます。明日からまた頑張ろうと思える、前向きな働き方のヒントが詰まっています。
長野:著者の佐野創太さんご自身も、紆余曲折あるキャリアの持ち主ですよね。日経BOOKプラスでもインタビューをさせていただき、自身の挫折や失敗を通して「70%で働く」に至るまでのエピソードや、転機を支えてくれた本、働き続ける中でつまずいたときにお薦めの本などを聞いています>>連載【仕事に疲れたときに「70%で“賢く”働く」ために読んでほしい本】。読むと元気が出ますし、選書もバリエーションがあって、『70%で働く』と合わせて、佐野さんのお薦めの本が読みたくなりました。
仕事が終わらないのは、「働きすぎる脳」のせいです
宮崎:集中できないのは意志が弱いせいじゃない、仕事が終わらないのは要領が悪いせいでもない――そう言い切ってくれるのが『 脳をオフにせよ 仕事も人間関係もうまくいく集中術 』です。積み上がるタスク、途切れないチャットやメール。現代の職場環境では、脳は休む間もなく働き続けることを強いられます。
本書はオランダの神経心理学者と集中力向上の実務家の2人が、脳が疲弊するメカニズムを平易に解説。「自分会議を予定に組み込む」「15分間の不安の書き出しで心配事を減らす」など、脳をリフレッシュさせるための具体策も満載です。
ついSNSを見て余計に疲れてしまう、そんな負のループにハマりがちな方にもお薦めです。
長野:戦略的かつ能動的に脳を休めないと、知らないうちにどんどん疲弊を繰り返していきますね。この本にあった「自分会議を予定に組み込む」、早速やってみました! 連載【脳をオフにせよ 仕事も人間関係もうまくいく集中術】も、ぜひご参考に。
マッサージしても、寝ても取れない疲れを取り除く
宮崎:では、脳と身体の疲れはどうやって取ればよいのでしょう。どれだけ休んでも疲れが取れない――そんな方にお薦めしたいのが『 大人気フィジカルトレーナーが本気で考えた 疲労回復の習慣(日経ビジネス人文庫) 』です。
著者は青山学院大学駅伝チームなど、トップアスリートから絶大な信頼を得るフィジカルトレーナー、中野ジェームズ修一さん。一般の方向けに考案した疲労回復メソッドを、文庫にギュッと凝縮しました。中野さんいわく、疲労回復のカギは「脳の疲れ」を取ること。そのために運動・睡眠・食事をどう工夫すればよいかを説きます。疲れにくい体を手に入れる方法、「病みつき」の正体、肩こりや腰痛とストレスの関係など、自分の体を改めて知るきっかけにもなる、コンパクトでお得な一冊です。
長野:運動不足、睡眠不足、肩こり、腰痛、ストレス……すべてにチェックを入れてしまう私は必読です。「寝ても疲れが取れなくなって」いたら、思い切って習慣を変えるチャンス、かもしれないですね。
金融業界の未来から「戦略の本質」を学ぶ
平井:話題は変わりますが、この本も注目の一冊。金融業界向けに見えますが、実は戦略論として読むと非常に面白い本です。
『 マッキンゼー 金融業の競争戦略2030 』では、日本銀行出身でマッキンゼー日本法人の平野聡久さんが2030年の金融業を展望しています。本書では「RIFT」という新たな競争軸を提示し、顧客接点、決済、与信、アドバイザリー、IT基盤などを総合的に捉えながら、金融機関がどこで勝負すべきかを論じています。
私が印象に残ったのは、「戦略」という言葉があまりにも安易に使われているという問題意識です。本書では戦略を、ポジショニング、ケイパビリティ、ビジョン、計画という4つの要素から整理しています。金融業界に限らず、多くの企業の経営企画や事業開発担当者に参考になる内容です。
「会計」の名著と“大人読み”で付き合う
次に紹介するのは、重量級の本。760ページに及ぶ『 新・現代会計入門 第7版 』です。著者は一橋大学名誉教授で、「伊藤レポート」でも知られる伊藤邦雄先生です。制度、理論、歴史、実務を横断しながら、会計の本質に迫る定番テキストとして長年読み継がれてきました。
なぜその制度が生まれたのか。企業はどう対応するのか。投資家はどう評価するのか。今回の改訂では、新リース会計基準やサステナビリティ開示など最新動向も反映されています。
ただ、ぜひお伝えしたいのは、この本は最初から最後まで通読するための本ではないということです。私はこうした本との付き合い方を「大人読み」と呼びたいと思っています。新しく追加された章だけを読む。自分の仕事に関係するテーマだけを読む。目次を見て面白そうなところから読み始める。そんな読み方でいいのです。
学生のように順番に学ぶのではなく、自分の経験や関心に引き寄せながら必要な部分を読む。『新・現代会計入門』は、そんな大人読みに十分応えてくれる本だと思います。
長野:会計や財務の知識が必要とされるビジネスシーンが増えてきた背景や、「伊藤レポート」については、平井部長が解説した記事「「会計・財務の知識とスキル」が身に付く入門的6冊を編集者が解説」でも分かりやすくお話しされていましたね。まさに「大人読み」で、『新・現代会計入門』と合わせて読むといい本がたくさん紹介されています。
「界隈」を制する者が、次の市場を制する
宮崎:最後に紹介するのは、SNSでよく見る「#○○界隈(かいわい)」というタグの正体を教えてくれる本です。実はこれ、新しい市場を読み解くカギなんです。『 界隈経済圏 「平成女児」「風呂キャンセル」から「伊能忠敬」「皇居ラン」まで(日経プレミアシリーズ) 』は、ファンダムでもファンベースでもない「界隈」を一つの経済圏として捉え直す新しい切り口を示します。
「界隈」がどう形成され、小さな共通体験がやがて市場をどう変えていくのか。本書ではそのメカニズムを、長年ブランド戦略に携わってきた著者が、豊富な事例とともに紹介します。注目のマーケティング新理論、CEP(カテゴリー・エントリー・ポイント)を使った攻略法も収録。消費者の行動原理が大きく変わる今、特にマーケティングや商品開発に関わる方にぜひ手に取っていただきたい一冊です。
平井:今回紹介した本は、それぞれ異なるテーマを扱っています。ですが、どれも編集部として自信を持って送り出した本ばかりです。手前みそで恐縮ですが、この中のどれか一冊でも皆さんの知的好奇心を刺激し、新しい発見につながればうれしく思います。ぜひ書店で手に取ってみてくださいね。
写真=馬本寛子、大松佳代 構成=坂巻正伸(日経BOOKプラス 手前みそ班)












