ChatGPTが巻き起こした空前の生成AI(人工知能)ブーム。その特需を受けて「一人勝ち」を続けるのが、米半導体大手のエヌビディア(NVIDIA)だ。なぜ同社のGPU(画像処理半導体)に圧倒的な需要があるのか。実はその快進撃は2010年の1本のメールから始まっていた。生成AIの5つの覇権争いを徹底取材した書籍『 生成AI 真の勝者 』から、ハードウエアだけでは解けないエヌビディアの強みを徹底解剖する。
謎のAI半導体メーカー
「今までいろんなジャーナリストを見てきたけど、密着取材を受けるのは君が初めてだよ」。2017年4月、米シリコンバレーの本社でエヌビディアのジェンスン・ファンCEO(最高経営責任者)は筆者と向かい合うなり、こう切り出した。
「さあ、何の話から始めようか」
少なくとも2010年代前半まで、エヌビディアはゲーム用半導体メーカーの1社に過ぎなかった。当時の売上高は半導体メーカーの中で世界ランキング10位以下。それがものの数年で自動車の自動運転ブームを背景に「AI半導体の雄」として台風の目になり、そして2023年には生成AIによる半導体特需を背景に、時価総額は約2.6兆ドル(410兆円)で世界3位へと躍進した。
2017年の密着取材当時、筆者はエヌビディアを「謎のAI半導体メーカー」と呼んだが、今や誰もが知る存在になった。当時と比べて売上高は10倍以上、株価は実に20倍以上に成長した。まさに生成AI時代における勝者の筆頭である。
AI半導体とは、機械学習や深層学習の計算を効率的に処理するためのチップを指す。様々な種類のAI半導体がある中で、現状ではエヌビディア製のGPU(画像処理半導体)が最も適しているとされる。生成AIの基盤技術である大規模言語モデル(LLM)などの学習には膨大な計算処理が必要で、2023年にはGPU争奪戦が勃発した。まずはエヌビディアの実力とその源泉を解剖しよう。
2010年の「1本のメール」
それは、2010年の1本のメールから始まった。
「大学の最先端の研究では、ディープラーニング用のコンピューターにGPUが使われ始めている」
差出人はキンバリー・パウエル氏。現在はエヌビディアのヘルスケア部門で副社長を務める。2010年当時、エヌビディアで各大学とのパートナーシップ構築を担当していたパウエル氏は、同社のファンCEOに1本のリポートをメールで送付した。
「ある“兆し”が見えたんです。大学とのパートナーシップが重要なのは、5年後、10年後に何が台頭するかが見えてくるからでしょう」。パウエル氏はこう振り返る。
エヌビディアでは、一社員がCEOに直接メールを送ることは珍しいことではない。2010年当時の社員は1万人程度。社員が意見を直接CEOに届け、原則としてその全てにファンCEOは目を通していた。
大量のメールにざっと目を通した時、パウエル氏のメールが目に留まった。パウエル氏が「兆し」と表現した変化に、ファンCEOも注目したのだ。
ちょうどその頃、AIの研究論文を執筆するための実験にGPUが採用され始めていた。パウエル氏のメールは、AIの学習とGPUの相性の良さを論理的に示していたわけではない。ただ研究者がGPUを使い始めているという現象に、ファンCEOは直感的に反応した。インタビューでファンCEOはこう振り返っていた。
後から考えると、これは必然だと分かりました。
私たち人間の頭脳は世界一の並列コンピューターなんです。見て、聞いて、匂いを嗅いで、考えて……ということを同時にできる。しかも、異なる考えを頭の中で同時進行させることができる。
一方で、GPUはコンピューターグラフィックスのために生まれました。世界で最も並列演算が得意な半導体です。
ここで、人間の思考というものを考えてみましょう。思考すると、人間は心の中にイメージを作ります。「メンタルイメージ」という言葉がそれを表しているでしょう。「赤のフェラーリ」を想像する時、頭の中でそのイメージを作っているわけですから。つまり、思考している時、我々は脳の中でグラフィックを描いているとも言える。そう考えると、思考というのはコンピューターグラフィックスと似ていると考えることができます。
CPU1000台 vs. GPU3台
GPUはエヌビディアが世界シェア8〜9割を持つ半導体であり、圧倒的な強みを持つ。それは同時に複数の計算をこなす「並列演算」がずば抜けて得意なことだ。
パソコンに必ず搭載されているCPU(中央演算処理装置)は「A」という計算の後に「B」という計算をする「逐次演算」に向く。演算装置という点では同じだが、例えるならば、GPUは数千人が同時に計算をする研究所であり、CPUは1人の天才の頭脳のようなものだ。
キンバリー氏のメールから2年後の2012年、米グーグル(Google)は「ネコを認識するAIを開発した」と発表。1000万枚もの画像を学習させたことで、AIは初めて「ネコという概念」を獲得したのだ。ただし、この時グーグルは、CPUをベースにしたサーバーを1000台使っていた。
ところが2013年6月、米スタンフォード大学人工知能研究所がエヌビディアと共同で、GPUを使ったたった3台のサーバーで、グーグルの6.5倍の規模を持つAIのネットワークを構築。それが一気に注目を集めた。その後、グーグルもGPUを採用するようになる。
このプロジェクトの後、AIにおいてGPUは必須の存在になっていった。
島津翔(著)、日経BP、1980円(税込み)

