AI(人工知能)特需を受けて「一人勝ち」を続ける米半導体大手のエヌビディア(NVIDIA)。その強さはGPU(画像処理半導体)というハードウエアだけではない。10年以上前からAIにおける「事実上の標準」を目指して進めていた、したたかな戦略があった。生成AIの5つの覇権争いを徹底取材した書籍『 生成AI 真の勝者 』から、ハードウエアだけでは解けないエヌビディアの強みを徹底解剖する。

エヌビディアのジェンスン・ファンCEO(最高経営責任者)。ハードウエアだけでないしたたかな戦略でGPUをAI半導体の標準として定着させた(写真:エヌビディア)
エヌビディアのジェンスン・ファンCEO(最高経営責任者)。ハードウエアだけでないしたたかな戦略でGPUをAI半導体の標準として定着させた(写真:エヌビディア)
画像のクリックで拡大表示

 AIにはこれまで3度のブームがあった。

 1回目は1950年代後半~60年代。1956年に開かれた研究発表会である「ダートマス会議」で、初めて「人工知能(Artificial Intelligence)」という言葉が使われた。

 当時のAIの手法は、「推論と探索」という言葉で説明される。大まかに言えば、ゴールが決まっている複雑な迷路をより早く解けるような手法だ。パズルやチェスなどで効果を発揮したが、「ゴールがない」課題には対応が難しく、現実世界で爆発的にAIが広がることはなかった。

 2回目は1980年代。「エキスパートシステム」と呼ばれる手法が注目を集めた。文字通り、専門家(エキスパート)の知識をAIに学ばせ、AならばB、BならばCという論理をたたき込む。感染症の診断で経験の浅い医師よりも診断精度が高くなったとの結果が出たこともあり、2次ブームは企業を巻き込んで一気に加速した。

 日本でも、通商産業省(現在の経済産業省)が1982年に「第五世代コンピュータプロジェクト」を開始。500億円以上をつぎ込んで次世代コンピューターの開発を進めた。第一世代は真空管、第二世代はトランジスタ、第三世代はIC(集積回路)、第四世代はLSI(大規模集積回路)で、第五世代がAIを指す。

 しかし、この手法も限界が露呈する。AIが正しい判断をするためには、専門家の知識全てをAIに移植する必要があったからだ。知識を教え込もうとすると、その知識そのものに矛盾があったり、「正しさ」をどう担保するかが問題になったりした。その全てをAIに教えることが難しいことが徐々に明らかになり、結局2回目のブームも終焉を迎えることになった。

 1次、2次のブームに共通していたのは、AIが決められたルールの限られた枠組み(フレーム)の中でしか機能しなかったこと。これを「フレーム問題」と呼ぶ。

 3次ブームが始まったのは2000年代、このフレーム問題を解決する方法が現れたことで勃興した。その糸口がディープラーニングだった。

 2次ブームまでと全く違うのは、答えを導くプログラムを人間が書かないこと。ただし、答えの糸口がなければAIがゴールにたどり着くことはない。そこで、「A」という情報が入った時の答えは「X」、「B」という情報では「Y」というデータを大量に与える。すると、AIが勝手に学習して「モデル」をつくり上げていく。これを、機械が自ら学習するので「機械学習」と呼ぶ。

 ディープラーニングは、この機械学習の一つ。「ディープ=深層」と呼ばれるのは、入力した情報から答えを見つけるまでに、何層もの段階を踏むからだ。

 例えば、ネコの画像を与えた時に、1層目で画像中の物体の外形線を認識し、2層目で耳や鼻といったモノを、3層目で顔全体を……といった具合に、層が深くなるごとに「正解」にたどり着いていく。人間の神経回路を模して層同士を有機的に結びつけているため、この技術を「ニューラルネットワーク」と呼ぶ。何層ものニューラルネットワークを持つのが、ディープラーニングの特徴だ。

 しかし、この仕組みを実用化する際に、2つの大きな課題があった。それが、「高性能なコンピューター」と、正確にたどり着くまでモデルを学習させるための「大量のデータ」だった。ディープラーニングでは階層が増えれば増えるほど精度は高まる。一方で、演算回数が飛躍的に増えるため、それだけコンピューターの計算能力が必要になる。この処理にGPUが向くことが分かったのだ。ファンCEOはこう語った。

 我々はそこで深く考えました。このディープラーニングという手法は、単に新しいアルゴリズムではない。ソフトウエアの開発を革命的に変え得るものであると。全く新しいコンピューターへのアプローチなのだと。過去50年間で全く解決できなかった多くの問題を解決できるものだと。

 興奮しましたよ。この事実に気付いた時は。そこから、全社でディープラーニングを追求する方向に動いたわけです。エンジニアたちに「全員がディープラーニングを学んでくれ」と伝えました。すぐに大勢のエンジニアが私の声掛けに賛同してくれました。最初は数十人でチームをつくりましたが、半年後には数百人になりました。そして1年後には、数千人のチームになりました。そして発見から5年ほどたった今(2017年当時)、エヌビディアは全員がAI関連の仕事をしています。

 米国のグーグルやフェイスブック(現在のメタ)、マイクロソフト、アマゾン・ドット・コムなどのIT大手は、2013年以降、一気にAIの導入を加速させた。彼らはGPUを用いたディープラーニングと相性の良いコンピューターを入手し、かつそれぞれが持つビッグデータによってAIを実用化していった。ただし、GPUが各社に浸透していった理由はハードウエアとしての性能の高さだけではない。

エヌビディアが「灯台」と呼ぶ顧客

 1つは、エヌビディアがGPUの計算処理能力を最大化する開発環境を丸ごと用意したこと。「CUDA(クーダ)」と呼ぶGPU向けのプログラム開発環境がその最たる例だ。

 2006年に開発されたCUDAは、開発者がすぐにGPUを使ったアプリケーションを開発できるようにする部品集だと考えると分かりやすい。

 このCUDAによって、GPUはグラフィック分野だけでなく、汎用計算でもさかんに使用されるようになった。ハードウエアからソフトウエアまでを手掛けるのが、エヌビディア最大の強みと言える。AIビジネスに本格的に取り組むずっと前から、同社のGPUは汎用化されていたわけだ。18年前に、エヌビディアは標準化を見据えた「くさび」を打っていたことになる。その利用環境の広さが、AI用としても採用が拡大する原動力になった。

 もう1つは、エヌビディアの営業戦略の巧みさだ。2017年に国際営業を統括していたジェイ・プーリ取締役(2024年時点でも同職)はその戦略を「エコシステムの構築」と呼んでいた。市場を自らつくり出すという考え方だ。

 「我々には『灯台型』と呼んでいる顧客がいます」。プーリ氏は筆者の取材で、ゆっくりとこう語り始めた。

 「それは、先進的なパートナーです。彼らがまず我々の製品に興味を示してくれる。ただ、製品や技術を売るだけでは不足している。問題解決の手法まで含めて提案する。パートナーがそれを形にしてくれる。それが、2件、3件と増えてくると、(灯台に照らされるように)市場が立ち上がっていくのです」

 「我々は高性能なスーパーコンピューターの分野でエコシステムを構築していて、トップレベルの研究者たちがすでに我々の提供しているプラットフォームに親しみを持っていたし、協力してくれていた。そのエコシステムにAIを“倍掛け”した。重ねて投資したということです」

 プーリ氏の言う灯台型の企業とは、IT企業で言えばグーグルやメタなどいち早くディープラーニングに取り組んだ企業を指す。彼らの成功が、市場そのものをつくっていくという考え方だ。

 加えてエヌビディアは研究者支援も同時に進めた。「AIラボ」と呼ぶプログラムを設け、世界中のAI研究者を支援することを決定。米国のスタンフォード大学やカリフォルニア大学、ハーバード大学、英国のオックスフォード大学、東京大学など世界中の大学を支援していった。この支援プログラムの中で研究者たちはAI研究のためにCUDAを学び、GPUを利用した。卒業生は企業に入った後もCUDAでプログラムコードを作成する。このサイクルがCUDAとGPUを強固なものにしていったわけだ。

 GPUというハードウエアとCUDAをはじめとするソフトウエア、そしてそれを取り巻くエコシステムの構築。こうした戦略が「AI半導体の事実上の標準」をつくり上げていった。

AIのため犠牲にしたもの

 ディープラーニングを千載一遇のチャンスと捉えたファンCEOは経営資源の多くを一気にAI関連ビジネスに振り向けた。一方で、それによって同社は多大な「犠牲」を払ったと当時のファンCEOが明かしている。

 企業として投資できる総額には限界がありますから、AIへの投資を増やせば既存事業が手薄になる。また、別の新規事業としてフォーカスしていたものを緩める必要も出てきます。

 他のチャンスは諦めたということです。例えば、我々はスマートフォン向けのビジネスをもっと追求できた。あるいは、ゲーム機とタブレットを自社で開発するチャンスもあった。でも、それらからは一歩引きました。多くのビジネスチャンスを失いました。けれど、その犠牲によってAIにフォーカスできた。

 業績も犠牲にしました。短期的なチャンスを失いましたからね。ただ、業績で苦労するのはせいぜい数年だと予測していました。それに対し、AIがもたらす恩恵はすさまじい。一生に一度のチャンスですよ。絶対にフォーカスしなければならないと思いました。

 筆者がエヌビディアを密着取材した2017年、GPUは自動運転向けの半導体として注目を集めており、トヨタ自動車など大手が次々にエヌビディアと提携。さらに2010年代終わりには仮想通貨のマイニングでもGPUが利用されていることから、そのニーズはさらに強まった。

 しかし、2021年ごろに仮想通貨の大暴落が始まる。それと呼応するように、エヌビディアの株価も2021年秋にピークをつけた後、2022年は下落を続けることとなった。

生成AIでもうかるのは誰? 半導体はエヌビディアの一人勝ちが続く? AIが変える地政学って何? AIモデルやクラウドの勢力図はどうなる? 結局、日本企業の勝ち筋って何? 生成AIブームで勃発した「5つの覇権争い」の最前線をシリコンバレー駐在記者が徹底取材、その「知られざる勝者」に迫る。

島津翔(著)、日経BP、1980円(税込み)