数多くの人気アニメや吹替えで活躍する、実力派声優・梶裕貴さん。そんな、老若男女から人気を集める梶さんに、ビジネス書を朗読してもらうという贅沢な企画を実施。梶さんの朗読は、心の奥に響く。その本の世界に一気に引き込まれる。目で読む読書とはまったく違う、新しく刺激的な読書体験だ。梶さんが読んだ3冊のビジネス書はどんな本なのか。その収録エピソードを届けます。

文章を音のみで伝える朗読で試されるもの

 今回読ませていただいた3冊は、ビジネス書や実用書に分類されるもの。となると、物語を朗読するのとは、勝手が違います。

 もともとは、目で読んだときに分かりやすいように書かれているはずの文章。それを音声のみで聴いた時にも分かりやすく伝えるには、“安定した音程とスピードへの配慮”や“強調すべき言葉を粒立てて読むこと”といった、読み手の調整力と判断力が必要とされるのです。

 それは、お芝居とはまた違った技術。せっかく聴いてくださった方が、読み手のちょっとした言い回しに気を取られてしまったせいで、何よりも大事な文章の内容が入ってこないのでは、元も子もありません。最後まで集中して聴いていただけるように、全体の流れを意識しながら、細かいところまでこだわって収録しています。

 一文一文がきれいに整っているかどうかだけではなく、全体のリズムから外れていないことが大事。そのさじ加減は、おそらく読み手本人以外には分からないことなのかもしれません。収録中は、文章を読みつつも、同時に、自分の声を聴きながら、そのバランスを探っています。

声のプロフェッショナルだからこそ

 普段、ナレーションを収録する際は、スタジオにヘッドホンなどの用意があれば、基本的には、自分の声を耳に返しながら収録しています。でも、ブースの環境や広さ、壁の素材にもよるので、その都度、臨機応変な対応が必要になってきますね。

 今回は、ラジオ収録にも使われるような形のブースだったのですが、機材との相性的に、僕はヘッドホンをつけての収録が難しくて。でも、空間の広さや壁の材質的に生声だとクリアに聞こえにくいということもあり、右手を耳元に添えて、声を掌に反響させることで、自分の声を確認しながら収録していました。

 現場によって、ささやくような小さな声のみを使うシチュエーションもあれば、極端に低い声でしゃべるキャラクター、逆に大声で叫びまくるキャラクターを演じることもあります。なので、そのブース内の環境を、なるべく早い段階で把握することが大切かなと思っています。

「自分の声質とブースの環境を常に把握しておかないと、ちょっとしたブレや淀みに気付けません」
「自分の声質とブースの環境を常に把握しておかないと、ちょっとしたブレや淀みに気付けません」
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 僕も執筆の仕事をしたことがあるのですが、何か文章を書くときは、どこか“声に出して読むこと”も考えて書いているところはありましたね。無意識に“声に出して読んだ時の音とリズムを脳内で再生して書く”というか。

 “目で読む文章”と“音で聴く文章”、そのどちらも意識していた感じでしょうか。具体的には、句読点の付け方や、仮名と漢字の使い分け方など。しゃべること、読むことを仕事にしている人間ならではの文章が書けたら、面白いですよね。

今回、朗読したのはこの3冊

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 『天才を殺す凡人 職場の人間関係に悩む、すべての人へ』(北野唯我著、日本経済新聞出版社)は、誰もが感じたことのあるであろう葛藤や嫉妬、人間関係について書かれた本です。「自分の才能を自分自身が活かしきれていないことへの怒りや哀しみ」だったり、「才能って何だろう?」といったことを、感情面からアプローチしている本だったので、僕も共感できる部分がたくさんありました。

■朗読を聞くには↓
声優・梶裕貴が朗読する『天才を殺す凡人』 【音声】

 2冊目の『WORK 価値ある人材こそ生き残る』(moto/戸塚俊介著、日経BP)は、「給料はもらうものではなく、稼ぐものである」、「仕事に探される人にならなければいけない」など、会社員としての働き方、自分の価値の高め方について書かれた本です。

 声優という仕事は、基本的に個人プレイ。組織で働く会社員の方とは少し形が違うのですが、それでもどこか通じる部分はあったように思います。

 僕ら声優も、渡された台本をただ読んでいるだけでは、次につなげていくことはできません。必要とされる役者・人材であり続けるための努力は、絶対に欠かせないのです。

■朗読を聞くには↓
声優・梶裕貴が朗読する『WORK』 【音声】

「価値を感じてもらう役者・人材を目指し、常に成長していきたいです」
「価値を感じてもらう役者・人材を目指し、常に成長していきたいです」
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 3冊目の『SDGs入門』(村上芽・渡辺珠子著)は、「SDGsをビジネスにどう活かすことができるのか」が書かれている本です。

 僕自身、これまで「SDGs」に関する番組のナレーションを担当させていただいたり、ラジオなどでお話する機会もあったりしたので、とても興味深く読むことができましたね。これからを生きる僕たちが、真正面から考えていかなくてはいけないテーマだなと感じました。

■朗読を聞くには↓
声優・梶裕貴が朗読する『SDGs入門』 【音声】

“声”から興味を持ってもらえたら

 日ごろから、何か新しい刺激を得ようと思うたびに本を手に取っていました。初めてミュージカルに挑戦した際は、俳優・井上芳雄さんの著書を拝読したことも。また、旬になる本には必ず理由があると思うので、話題になっている本や書店で平積みされている本は、積極的にチェックするようにしています。

 本を読んで“素敵だな”と思ったことが、必ずしも自分にフィットするとは限りませんが、選択肢を増やしたり、視野を広げたりしておくだけでも、きっと意味があるはず。そう思っています。本を読むなかで、新しいアイデアを見つけると同時に、いつの間にか凝り固まってしまっていた自分の心や価値観を見つめ直すこともありますね。

 今回朗読させていただいたのは、書籍の冒頭、ほんの一部分だけではありましたが、普段ビジネス書や実用書を手に取る機会のない方に、まず「どういった雰囲気の本なのか」だけでも知っていただくきっかけになっていたら、とてもうれしいです。

 そして、もしも僕の声を通して文章に触れることで、多少なりともなじみやすさが増していたとしたら、それほど幸せなことはありません。筆者の方の思いをしっかりと伝えつつ…聴いてくださった皆さんに、より強く興味を持っていただけるような朗読になっていることを祈っています。

「最近よく読むのは、エッセイに近いもの。その分野で活躍されていたり、結果を残されたりする方の言葉や考え方に触れることは、海外旅行に行くのと同じくらいの刺激と発見があるんです」
「最近よく読むのは、エッセイに近いもの。その分野で活躍されていたり、結果を残されたりする方の言葉や考え方に触れることは、海外旅行に行くのと同じくらいの刺激と発見があるんです」
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取材・文/実川瑞穂 写真/江藤はんな ヘアメイク/中山芽美(エミュー) スタイリング/SUGI 構成/平島綾子(日経エンタテインメント!編集部)