じわり増えつつある高収入ブルーカラー層の実像を、新刊『 ブルーカラー年収1000万円時代(日経プレミアシリーズ) 』から紹介するシリーズ。前回「東レ子会社・IT企業を経て『すし職人』 間借りから年収1500万円へ」に続き「すし職人」を取り上げる。世界的なすし人気もあって、すし職人の賃金は上昇している。国内でも数年の経験を積めば年収1000万円が視野に入り、海外に出れば、年収2000万〜3000万円も夢ではない。すしの基礎技術を教える東京すしアカデミー(東京・新宿)には、第2のキャリアとしてすし職人を考えるホワイトカラーが多数集まる。AIの普及を背景に、弁護士、会計士のほか、若手のプログラマー、エンジニアも通うという。代表取締役兼校長の福江誠氏に、すし職人を取り巻く最近の環境変化について聞いた。

卒業して2~3年で年収1000万円に達する人も
すし職人の年収は上がっていますか。
本校では、最短2カ月で包丁の持ち方や魚のおろし方から、握りの基礎まで教えています。そこからすし店に就職した場合、早い人なら半年ほどで客単価1万5000円程度の店のカウンターを任されます。その段階で年収500万〜600万円ほどです。さらに、自分のお客さんを呼ぶなどして店の売り上げに貢献できれば、2〜3年目で年収1000万円に達する卒業生もいます。
しかも、働き方は以前と比べてかなり改善しています。新型コロナウイルス禍以降は週休2日の店が増え、営業時間も短くなりました。午前中に仕込みをした後、昼間に数時間の休憩を挟み、夕方から営業して午後10〜11時ごろに仕事を終える形が一般的です。さらに稼ぎたい職人は、休日に掛け持ちで働いたり、自分のお客さん向けにすしを握ったりする副業もできます。
待遇が上向いた契機は、2018年ごろに始まった「すしバブル」です。
米国で働くなら年収1000万円は「入り口」
海外ですし人気が過熱し、国内でもインバウンド需要が拡大する一方、すしを握れる職人が圧倒的に足りず、客単価が高まると同時に、職人の年収が上昇しました。
修業を始めて数年ほどの職人の年収も、すしバブルが始まる前と比べて100万〜200万円ほど上がっています。ただ、今はもうバブルとは呼びません。今やすしは一時的なブームを超え、世界の食文化として定着したからです。
農林水産省の集計では、海外の日本食レストランは13年から25年までに3倍超の約18万1000店へ増えました。この統計にはラーメン店や居酒屋なども含まれますが、実態としては、すし専門店か、すしも提供する和食店が中心です。この数字は世界のすし需要の拡大をほぼそのまま映しています。
日本のすし職人が海外で働いた場合、どの程度の収入を得られるのでしょうか。
日本で2〜3年の経験を積んで海外へ行けば、米国では年収1000万円が入り口になるでしょう。1500万〜2000万円程度を得る人も珍しくありません。
以前は海外のすし店というとロールずしが中心でしたが、現在は日本式の握りをカウンターでコースとして楽しむ「おまかせ」が広がっています。
ニューヨークでは1人20万円を超えるコースもあり、そうした高価格帯の店を任せられる職人は、年収も高くなります。円安も円換算の収入を押し上げる要因の一つですが、現地でのすし職人の評価そのものが高まっているのです。
海外で年収1000万円は、もう特別な話ではありません。東京すしアカデミーのある卒業生は、すしバブル前に銀座の店で2年間働いていた間は握りを任されず、年収も約300万円でしたが、ニューヨークへ渡ると年収が約600万円となり、店長になって年収1000万円を超えました。それから独立して2年目で年収約8000万円。26年6月時点では、自ら運営する2店舗と、プロデュースする2店舗の計4店舗から得られる収入で年収1億2000万円に達したと聞いています。

弁護士・会計士も「すし職人」の道を探る
どんな人が受講していますか。
以前は、第二の人生としてすし職人を目指したり、海外移住の手段として考えたりする中高年が中心でした。
しかし、新型コロナ禍以降は20代の大卒者が増えています。
土曜か日曜に週1回、1年間通う週末のコースには、IT企業の社員や弁護士、会計士など、年収1000万円前後のホワイトカラーの受講生が多くいます。受講料はコースによって多少の差があり、100万〜150万円ほどです。本業を続けながら、すし職人の道も探りたいという人もいれば、本業での顧客とのコミュニケーションに生かしたいという人もいます。
特に25年夏ごろから、AI普及への不安を口にする受講生が増えました。仕事でAIやロボットを扱う20代のプログラマーやシステムエンジニア(SE)が、「AIのせいで失業するかもしれない」という危機感を抱いて入学するケースが目立ちます。
現在の仕事をすぐに辞めるのではなく、週末に学んで、上達したら友人の集まりやホームパーティーですしを握って振る舞う。そんな感じで趣味や副業から小さく始めて適性を確かめています。
自分の手を動かす、すし職人の仕事はAIとは対極にあります。今の20代なら同世代の競争相手はまだ少ない。海外のすし業界では、日本人であること自体が強みになるため、日本の若者にとってはブルーオーシャンです。20代には特にお勧めしたいキャリアです。25歳からでも全く遅くありません。
[日経ビジネス電子版 2026年9月17日付の記事を転載]
佐藤斗夢、大西孝弘(著)/日経BP/1210円(税込み)
