「AI(人工知能)活用」とは、AIに何か質問をして答えを返してもらうことだけではありません。自律的にAIに働かせて業務を効率化することが企業にとってのAI活用の本丸です。筆者が経営するTANRENという小さなIT企業がいかにAIエージェントを使って業務を進めているかを、書籍『 小さな会社が「AI社員」で大逆転する方法 AIエージェントに10人分の仕事をさせる現場のリアル 』(日経BP)にまとめました。本特集では書籍から抜粋し、TANRENにおいて貴重な戦力であり、私の部下である「AI社員」が働く典型的な1日の流れを説明します。その第5回。

何をやらせていないか

 AIエージェントに「何をやらせていないか」をあらためて以下に列挙します。「顧客への直接投稿・送信」「法務判断」「金額確定の合意」「採用判断」「雇用契約の締結」「経営の意思決定」。これらはAIに渡しません。

 なぜ、この六つなのか。理由はシンプルです。「責任を取れるのは、人間だけだから」です。

AIに渡さない六つのこと 「何をやらせているか」より「何をやらせていないか」が大事
AIに渡さない六つのこと 「何をやらせているか」より「何をやらせていないか」が大事
(出所:書籍『小さな会社が「AI社員」で大逆転する方法』)
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 AIは契約主体にはなれません。責任主体にもなれません。AIが「契約します」と返答しても、その契約は法的には有効ではなく、成立しません。AIが「採用します」と返信しても、雇用契約は結べません。AIが「経営戦略を決定しました」と発表しても、経営者としての責任は依然として人間が負います。責任を伴うすべての判断は、人間の手元に残ります。

 AIエージェント時代の経営者の役割は、「AIに自動化させない領域」を自分で定義し、その境界を引き続けることです。境界を引かないとAIエージェントが暴走し、引きすぎるとAIエージェントが生きてこない。境界の引き方が、経営者の腕の見せどころです。

 ここに対話型AIとAIエージェントの活用の違いが見えてきます。対話型AIはあえて境界を引かなくても使えます。そのため誰でも入り口に立てます。一方AIエージェントは境界を引けないと利用を進められません。境界さえ引ければ誰でも進められます。

 長年経営判断をしてきた中小企業の社長のように「ここまでは任せる、ここからは自分」を経験してきた人ほど、うまく線が引けます。AIエージェントの活用のポイントはまさにここにあります。この「境界の引き方」こそが、ハーネスエンジニアリング(段取り工学)の中核です。

 AI秘書にやらせていないことは、まずは顧客との直接の対話です。顧客部屋に直接投稿することを許可していません。メールも下書きまで。送信するのは筆者です。顧客名・具体的な契約金額についてもAI秘書には開示していません。もちろん経営判断の最終決定もしません。AI秘書は提案はしますが、決断は筆者が下します。

 人間関係の「ラストワンマイル」もAI秘書は関わりません。顧客の表情を見て、場の空気を判断し、決断するのは筆者が直接担います。AI秘書の業務範囲を「下処理」に限定し、最後の2割が人間の出番――。この設計を、TANRENは一貫して維持しています。

 実際の営業の場面で、AI秘書は商談に入る前の準備を担っています。顧客企業の業界動向を調べたり、過去の議事録を整理したりします。提案資料の下書きを作り、商談後のフォローメールの下書きを作るのもAI秘書が担当します。

 ただし、商談そのものにはAI秘書は立ち合いません。商談は筆者と目野健一が担います。顧客の表情を読み、空気をつくり、最後の決断を引き出すことはAIに代替できません。人間のプロフェッショナリズムの領域です。AI秘書は、商談の前後で筆者を支えてはくれますが、商談の最中は筆者が100%顧客に集中できる環境を裏側でつくるだけです。

 AI秘書が「やっていない」ことは、要は人間が「やっている」ことです。AIに渡すべき業務と、人間がすべき業務。その線引きが明確であるからこそ、AI秘書に安心して業務を任せられるのです。

時間軸の非対称性による新しい働き方

 AIエージェントとの1日について実際のログを見て分かることは、労働時間の考え方が変わるということです。AIエージェントは24時間365日働けます。これは人間の業務リズムに合わせる必要のない働き手の存在を、経営者の手元に持ち込めることを意味します。

 一方で人間の判断者は、24時間365日働けません。ただし経営判断などはAIエージェントにはやらせられません。当たり前ですが経営者も寝ます。寝るからこそ起きている時間の判断の質が保てます。そしてこの両者の時間軸の非対称性が、新しい働き方を生み出します。経営者は朝起きて、その下処理を確認し、判断を下す。「5分の指示で5時間働く」というのは、この時間軸の非対称性を、端的に表しています。

 AI秘書は1日に何度も筆者とやりとりしています。提案し、確認を受け、修正し、再提案する。承認を待ち、配信をし、結果を報告する。これは、人間の同僚との業務上の往復とほぼ同じです。違いは、AIエージェントは24時間365日稼働できること、複数の業務を並列で進められること、記憶と検索で「過去すべて」を瞬時に引き出せること。これらが、AIエージェントを新しい労働者として迎え入れるべき理由です。

 そしてその新しい労働者をうまく働かせる手腕を持っているのは、技術にたけた人というよりも、AIエージェントに何をやらせて、何をやらせないかの線引きを誰よりもうまくできる人です。その腕を最もうまく振るえるのは、長年、人を育て、現場で泥をかぶり、地道に経験を積み上げてきた経営者です。

 小さな工場の経営者、長年看板を守ってきた中小企業の社長――。こうした人たちの蓄積がそっくりそのまま、AIエージェントに渡す最強のコンテキストに変わります。AIを前に「雇用が消える」「積み上げが無駄になる」という心配は、そうした人にとっては杞憂(きゆう)です。

本特集のまとめ
本特集のまとめ
(出所:書籍『小さな会社が「AI社員」で大逆転する方法』)
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(写真:PRIM/stock.adobe.com)
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(書籍『小さな会社が「AI社員」で大逆転する方法』を基に再構成)

[日経クロステック 2026年9月15日付の記事を転載]

少数の社員がAIエージェントを駆使して事業拡大――。小さな会社の社長が説くAI活用実践書。筆者が「1人ユニコーン」的な企業の姿を作り上げる場面に始まり、AIエージェントを人間の同僚、すなわち「AI社員」として遇するためにやっていること、さらに営業・プレゼンの達人である筆者がこれまでの経験をいかにAIに教え込ませるかなど、AIエージェントの使いこなし方を解説する。

佐藤勝彦(著)/日経BP/2200円(税込み)