「感情的に自身の主張を繰り返すだけのパートナーに、いつもイライラしていました。けれど、自分も合理性を押しつけていたかもしれない」。こんな感想が寄せられているのが、書籍『「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか?』(日経BP)。本パートでは同書から抜粋して、多くの人が持っていて、コミュニケーションの妨げになりがちな「認知のゆがみ」や「認知バイアス」を紹介していきます。2回目は、信念バイアスとの距離の取り方です。

「根拠のない自信」はバイアスの表れ

  前回 、ある町への移住者向け案内でご紹介したような「神聖な価値観」は、私たちの日常生活のあらゆるところに潜んでいます。「この町」という主体が「都会」になるときもあれば、「我が社」や「日本人」になるときもあります。
 昨今の国際紛争も、こうした「神聖な価値観」がひとつの原因といえるのではないでしょうか。例えばロシアは、ウクライナの併合を正当な主張だと捉えています。あるいは「一つの中国」という中国の「神聖な価値観」が、台湾問題につながっているとはいえないでしょうか。
 この問題の難しいところは、どちらも「自分が正しい」と思ってしまうことです。話し手側にも聞き手側にもこうした神聖な価値観があれば、「話せばわかる」は夢のまた夢。話すほどに相手を「わからず屋」だと思うだけでしょう。

 ここで紹介したものは思考バイアスの中の、「信念バイアス」と呼ばれるものです。本書を手に取ってくださっているあなたにも、同様のバイアスでものを見ていることがあるのではないでしょうか。
 何かの重要な判断について、根拠を説明できないことはありませんか? そこには、認知のフィルターが過度にかけられてしまっている可能性があります。
 あるいは、何か社内で言い合いのようなもめごとが起こった際に、当事者から簡単な聞き取りを行っただけで、普段から真面目に取り組んでいる社員の主張を重視してしまったことはありませんか?

 自分たちにかかったフィルターに気づくのは、易しいことではありません。
 価値観ではなく、結論に焦点を当てること。そして、結論からさかのぼって考えていくこと。自身で自分の思考を振り返って、その結論に至る根拠を考える必要があるのです。
 このように思考すれば、信念バイアスにとらわれた一方的で強すぎる主張をせずに済むはずです。

信念がバイアスに変わってしまうのはなぜか

 ところで、今ご紹介した「信念バイアス」ですが、「信念」と「信念バイアス」とは何が違うのでしょうか? 一見似ている2つを分けるものはなんでしょう。

 考え方はいくつもあると思いますが、私はその違いのひとつに、「他人(周囲の人)の価値観との関係性」があると考えています。
 言い換えれば、信念は「自分が『こうしよう』というもの」、信念バイアスは「自分が『こうしよう』というものを、『他人にもそうさせよう』というもの」なのではないでしょうか。「自分にとっての正しさ」が信念で、「自分にとっての正しさは相手にとって、あるいは誰にとっても正しいはず」と思うことが、信念バイアスと言ってもいいかもしれません。

 前回紹介した町の例で言えば、古くから住んでいる人たちが信じていることは信念です。ただそれを、新しく来る人に、「この町はこういう町なので、来るならばこう考えてください。それ以外は認めません」と強いるならば信念バイアスです。新しく来る人も、来てからはその町の一員であるはずなのに、その人たちのことは鑑みず、意見は一切認めない。その姿勢が、神聖な価値観につながってしまっているのです。

 これをビジネスの文脈で考えてみましょう。ある会社が、「我が社はこういう理念・ビジョンでやろう」というのは信念です。ここ数年、「パーパス」が注目されてきたように、全社で1つの目的・目標に向かっていくために、こうしようと呼びかけるのは、経営陣の大事な役目です。
 しかし、相手の事情を鑑みずその理念やビジョンと少しでも違う社員を否定したり、その価値観を押しつけたり、それ以外の価値観を否定するとなれば、話は変わってくるでしょう。

 ただし、「信念を他者に押しつけてはいけない」という「信念」が極端になると、他者、他国の考え方や行動に口を出すことが一切できないということになりかねないので、注意が必要です。これを「相対主義の罠(わな)」といいます。すべての問題において「それぞれ違っていて、それぞれいい」という立場が行きすぎると、重要な判断ができなくなってしまう可能性が生じます。

 相対主義の考え方を突き詰めると、独裁者の存在や戦争も、「それなりに理由がある」として受け入れることになってしまうことになりかねません。自分にとっても、社会にとっても非常に重要な課題に対してこのようなアプローチを取ると、「多様性の中でどれが合理的か」と考えることを放棄してしまうことにもなります。
 一見理にかなっているように見える相対主義的な言説を披露する人はけっこういます。このような相対主義の罠には気をつけなければなりません。

 その上で、「自分の信念を、他者、あるいは社会が一様に守ることが当然だ」と思う前に、どこまでが個人で守るべき範疇(はんちゅう)なのか、あるいは社会や世界が平和であるための規範なのかを振り返って考えてみることが大事です。
 そのために、人間は皆「信念バイアス」を持つこと、自分もその例外ではないこと、専門家もまた「信念バイアス」にのっとって提言している可能性が高いことなどを理解し、特に意識することが必要なのです。

「うまく伝わらない」という悩みの多くは、「言い方を工夫しましょう」「言い換えてみましょう」「分かってもらえるまで何度も繰り返し説明しましょう」では解決しません。人は、自分の都合がいいように、いかようにも誤解する生き物です。では、都合よく誤解されないためにどうするか? 自分の考えを“正しく伝える”方法は? 「伝えること」「分かり合うこと」を真面目に考え、実践したい人のための1冊です。

今井むつみ著/日経BP/1870円(税込み)

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