知っておきたい今井むつみさんの認知科学の広くて深い世界を、体系的に学べるように、えりすぐってお届けしていきます。今回は、今井むつみさんが「教育にイノべーションを引き起こすために、志ある人々をつなぐ国境を越えたコミュニティ」として主宰している ABLE(Agents for Bridging Learning research and Educational practice) ファイナルマイナス1回から、学校の現場だけでなく職場や家庭などあらゆる学びに携わる人が知っておきたい「学びと生産的失敗」について紹介します。
「分かりやすく伝える工夫」はどれだけ必要か?
教育の現場と認知科学の知見には、いまだ大きな隔たりがあります。「教える」ということについて、教育の現場で「常識」とされていることと、認知科学の現場で「常識」とされていることが、違っていることがあるからです。近年、そのギャップを埋める取り組みが進んでいます。私もそのギャップを埋めようと活動している一人です。
教育に携わる人々がもっている、強い信念があります。それは、「分かりやすく教えることが大切」というものです。実際多くの先生が工夫をこらし、いかに分かりやすく伝えられるかを研究しています。
また、「いい先生」は、難しい部分をあらかじめ予測し、子どもが間違えたり、誤解したりすることがないように授業を組み立てます。
多くの授業は、先生が説明をしてから演習という「直接授業」の流れで行われ、その先生の説明が分かりやすいほど、演習における生徒の正答率も上がることになります。
このような、説明先行型の「直接指導」では、確かに「分かりやすい説明」が、正答率を跳ね上げることになるでしょう。
でも子どもたち、つまり「学び手の理解」に目を向けてみると、実は話が大きく変わってきます。「分かりやすく教えることが大切」という教え手の「信念」こそが、認知科学的には間違いであることが、いくつもの研究によって明らかにされているのです。
「質の高い、いい授業」の限界
「分かりやすい説明+演習」というスタイルの直接授業の限界を明らかにしたのが、スイス連邦工科大学チューリヒ校(ETH)で学習科学を研究しているマヌ・カプール博士です。カプール博士は、「先に間違えればうまくいく」として、深い学びを引き出す「生産的失敗(Productive Failure)」の学習メカニズムを解説しています(解説は、ABLE Archivesで全編公開中)。
このカプール博士の解説を端的にまとめると、次のようにいえるでしょう。
「よく準備された質の高い“いい授業”であっても、直接授業では、“よく学ぶ”ことはできない」
この言葉に衝撃を受ける現場の先生方は多いはずです。なぜなら、日本のほとんどの学校では、当たり前のように「説明→演習」の順で授業が展開されているばかりでなく、いかに「説明」を中心とした質の高い授業を実施するかが求められているからです。
なぜ、先生がどんなに準備しても、生徒たちの深い学びにはつながらないのでしょう。「説明→演習」型の学びには、どんな問題点があるのでしょうか。
これに対するカプール博士の提案が、学びにおける「生産的失敗(productive failure)」です。
この「生産的失敗」は、子どもが失敗するのを待ってそれに対処する、というやり方ではありません。いうなれば、「失敗する機会を意図的につくり出し、深い学びを引き出す方法」です。
例えば、中学生に「標準偏差(データのばらつき具合)」を教えるとしましょう。通常であれば、先生が「標準偏差とは何か、どう計算すれば求めることができるのか」を説明して、演習に入ります。
一方、「生産的失敗」を促す授業では、演習が先です。カプール博士が行った実験では、生徒を数人ずつのグループに分け、3人のサッカー選手の十数年分の「年度別ゴール数データ」の表を見せて「3人の中で、誰が最優秀選手か?」という問いを与えました。
このゴール数のデータには工夫がなされていて、「合計」や「平均」は3人が等しくなるように設計されています。このようなデータをもとに、「誰が最優秀かを数学的に判断する方法」をグループごとに、できるだけたくさん考えてもらう形です。
この課題に対して生徒たちは、自分が持っている知識を活用しようと、まずは合計してみたり、平均を計算してみたりしますが、当然、それではうまくいかない。それで生徒たちは、あれこれと考えを出し合いながら、グラフに書いてみて変化を見たり、前年の成績と比較したりと、「別の方法」を試し始めます。
カプール博士によると、生徒たちはだいたい4〜6の解法のアイデアを考え出しますが、「標準偏差」という正答には至らないといいます。しかし、生徒たちのアイデアの中には「標準偏差」を考えるのに役立つ要素がふんだんに含まれ、生徒たちもなんとなく「データのばらつき」に注目するようになるといいます。
こうした生徒たちの失敗、そして気づきを足掛かりにして、教師は「標準偏差とは何か」を説明する。これが、生産的失敗を用いた授業の例です。
生徒たちの学びを「生産的失敗」と「直接授業」とで比較したところ、「計算問題」では成績に差はありませんでしたが、「概念的理解」では約1.5倍、「応用問題」では約1.7倍、「生産的失敗」のほうが高い成績を示しました。
このことは、授業に「生産的失敗」を組み込んだことで、子ども自らが正解に至る道筋をいくつも考えるようになったことを示しているといえるでしょう。表面的な理解ではなく、概念的な深い理解につながった。言い換えれば、授業で学んだことが、より生きた知識として子どもたちの身についたといってもいいと思います。
生産的失敗を活用する授業は、「分かりやすく教える」よりもずっと複雑な授業デザインが求められますが、効果は絶大なのです。
ただし、念のため注意しておきたいのは、通常の授業が「説明→演習」の形であるのに対して、生産的失敗を生かした授業は「演習→説明」の形となりますが、ただ順番を入れ替えたからといって、「生産的失敗」を組み込んだ授業となるわけではない、ということです。学び手が、いかに自分でアイデアを考え、試行錯誤できるか。こうした課題内容と環境を整えることが必要です(*)。
私たちがもつ「学び」の可能性
カプール博士は、このイベント用の動画の中で、学びについて他にもさまざまなお話をしてくださっていますが、ここで私たちが考えなければいけないのは、「学び手に失敗をさせないように」「間違った理解をさせないように」という一見親切な説明や解説が、実は学びの質を損なうことにつながりうるということです。
この、「学び手のためにやっていること」が本当は裏目に出ている、というものは、実は説明だけではありません。例えば、「教えるときは、やさしいものから徐々に難易度を上げていくことで習得しやすくなる」ということもまた正しいとは言い切れないことは、実感としてもたれている方も多いのではないでしょうか。
どんなに先生方が丁寧に説明しても、多くの小学生が「引き算と割り算」「掛け算と割り算」を混同しているというのは、拙著『学力喪失』(岩波新書)でも紹介した通りです。
ある試みとして、足し算と掛け算を一緒に教えてみたところ、子どもたちは最初こそ混乱し理解に時間がかかったものの、いったん両方を正しく理解できれば、別々に学んだ子どもよりも間違えずに使いこなせるようになったという結果も得られています。
『 「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか? 』(日経BP)でも書きましたが、どんなに練られた先生の説明でも、私たち人間は、他人の知識をそっくりそのまま頭の中に入れることはできません。ですから当然、やさしいから、分かりやすいから頭に入りやすいということも、難しいから頭に入りにくいということもない。本当の意味で自分の知識にするためには、学び手が自ら工夫し、似ているもの同士を比較し、失敗して、経験を通じて学ぶしかないのです。
そして私たちは、こうした学びの能力をすでに身につけています。
それは、私たちがすでに本記事を読めるくらい、言語を習得していることを見れば明らかです。これまで何度もお伝えしてきたように、赤ちゃんは、大人から教えてもらって言葉を覚えているのではなく、生産的失敗をしながら「生きた知識」として身につけているのですから。
認知科学で明らかになっているこうした知見を、学校の現場だけでなく職場や家庭などあらゆる学びに携わる方々に知っていただくことが、私たち人間が、生成AI時代に学び、成長し続けていくために不可欠だと考えています。興味をもたれた方は、ABLE Archivesで動画全編を見ていただければ幸いです。
(構成:黒坂真由子)
今井むつみ著/日経BP/1870円(税込み)


