原子力発電を学びたいという読者に向けて、日本原子力産業協会の増井秀企理事長が書籍を推薦する最終回です。原子力の安全は、技術や設備だけで守れるものではありません。過去の失敗から学び、組織として適切に行動し、現場の声に耳を傾け、異論を含めて議論し続けることが求められます。今回は、原子力安全の考え方に加え、組織論や意思決定をテーマにした3冊を紹介します。

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40年たっても色あせない安全観の原点となった一冊

 これまで、原子力を理解するための入門書や、重大事故から安全文化を学ぶ書籍を紹介してきました。最後に紹介するのは、私自身が実務を通じて何度も立ち返ってきた本です。技術だけでは安全は守れません。これら3冊は、私にそのことを繰り返し教えてくれた、かけがえのない書籍です。

 まず紹介するのは『原子力安全の論理 改訂』(佐藤一男著/日刊工業新聞社/2006年2月刊)です。現在は絶版となっており、古書で探すしかありませんが、それでもなお、多くの人に読んでほしいと思う一冊です。

『原子力安全の論理 改訂』佐藤一男著、日刊工業新聞社(本書は品切れ・重版未定です。古書店、インターネット書店などで入手することができます)
『原子力安全の論理 改訂』佐藤一男著、日刊工業新聞社(本書は品切れ・重版未定です。古書店、インターネット書店などで入手することができます)

 私がこの本と出合ったのは20代後半でした。東京電力に在籍し、原子炉主任技術者という国家資格の取得を目指していた頃で、試験勉強のために読み始めました。しかし読み進めるうちに、「安全とは何か」を考えるための本であることに気付き、何度も繰り返し読みました。この本は、私の安全観の土台を築いてくれた、まさに「原点の書」です。

 初版は1984年に出版されており、もちろん現在から見ると、時代的な限界もあります。津波や巨大地震に対する記述は十分とはいえず、規制基準についても当時の考え方に基づいています。そのまま現在の制度を学ぶ教科書として読むことはできません。

 しかし、本書に流れる安全思想は、全く色あせていません。事故を未然に防ぎ、万一異常が起きても早期に検知し、さらに影響の拡大を防ぐという「深層防護(Defense in Depth)」の考え方や、決定論的評価と確率論的評価を組み合わせて安全性を高めていく発想は、現在の規制基準にも脈々と受け継がれています。

 そして、私が今でもこの本を本棚に置き続けている理由は、もう一つあります。若い頃の私は、この本を読み、「日本の原子力安全はこれほど論理的に構築されているのだから、十分安全なのだ」と、どこかで思い込んでしまっていました。しかし、福島第一原子力発電所事故といった大きな事故が発生しました。本書には「絶対安全」などとは一言も書かれていません。むしろ、「絶対安全は決して手に入らない。それでも合理的な範囲で絶対を目指し、努力を続けなければならない」と戒めています。

 私は今でも本書を読み返します。自分自身の慢心や思い込みを忘れないためです。この本は、安全技術を学ぶ本であると同時に、原子力に向き合うための姿勢を問い続けてくれる一冊です。

技術より先に組織を学ぶべき理由が分かる

 次に紹介する『失敗の本質 日本軍の組織論的研究(中公文庫)』(戸部良一著、寺本義也著、鎌田伸一著、杉之尾孝生著、村井友秀著、野中郁次郎著/中央公論新社/2024年12月刊)は、原子力の本ではありません。第2次世界大戦における旧日本軍の敗因を、組織論の視点から分析した名著です。しかし私は、原子力に携わる人にこそ読んでほしいと思っています。

『失敗の本質 日本軍の組織論的研究(中公文庫)』戸部良一著、寺本義也著、鎌田伸一著、杉之尾孝生著、村井友秀著、野中郁次郎著、中央公論新社
『失敗の本質 日本軍の組織論的研究(中公文庫)』戸部良一著、寺本義也著、鎌田伸一著、杉之尾孝生著、村井友秀著、野中郁次郎著、中央公論新社

 この本で描かれているのは、過去の成功体験に縛られ、新しい環境に適応できなくなった組織の姿です。日露戦争で成功した戦い方に固執し、状況が変わっても戦略を変えられなかったこと、客観的なデータよりも組織内の「空気」や人間関係を優先したこと、責任の所在が曖昧なまま意思決定が行われたことなど、敗戦へ至る過程が冷静に分析されています。

 私は、この内容を初めて読んだとき、「これは原子力の世界にも当てはまる」と感じました。どれほど優れた安全技術や設備を備えていても、それを運用する組織が過去の成功体験にとらわれ、自らを変化させられなくなったとき、安全は維持できなくなります。失敗を客観的かつ冷徹に直視し、自らの組織風土や心の隙間に潜む盲点を点検するなど、組織のあり方を改めて考えるきっかけとして、ぜひ多くの方に読んでいただきたい一冊です。

リーダーに読んでほしい意思決定の教科書

 最後に紹介する『決断の本質 プロセス志向の意思決定マネジメント』(マイケル・A・ロベルト著、スカイライト コンサルティング訳/英治出版/2006年7月刊)は、組織における意思決定の難しさを描いた一冊です。原題は『Why Great Leaders Don't Take Yes for an Answer(なぜ優れたリーダーは「イエス」をうのみにしないのか)』であり、この原題こそ、この本の本質をよく表しています。

『決断の本質 プロセス志向の意思決定マネジメント』マイケル・A・ロベルト 著、スカイライトコンサルティング 訳、オーム社
『決断の本質 プロセス志向の意思決定マネジメント』マイケル・A・ロベルト 著、スカイライトコンサルティング 訳、オーム社

 エベレスト登山隊の遭難事故やケネディ政権のピッグス湾事件、スペースシャトル・コロンビア号事故などを題材に、「現場では危険を示すシグナルが出ていたにもかかわらず、意思決定層まで届かなかった」という共通の構造を分析しています。私はこの本を、先の『失敗の本質』と対になる一冊だと考えています。『失敗の本質』が組織そのものの病理を描いているとすれば、本書は意思決定の現場で何ができるのかを教えてくれます。福島第一原子力発電所事故を振り返っても、不確実なリスクを組織としてどう受け止め、異なる意見や懸念を意思決定にどうつなげていくかという課題について、多くの教訓があると考えています。

 本書は、異論を歓迎する組織をどうつくるのか、現場の小さな違和感をどう意思決定につなげるのか、そして「全員が賛成しているから大丈夫」という危険な思考からどう抜け出すのかを、具体的に教えてくれます。安全とは、一度完成すれば終わるものではありません。異論に耳を傾け、小さな兆候を見逃さず、対話を続けることでしか守ることはできません。その姿勢をリーダーだけでなく、組織で働くすべての人に教えてくれます。

 これまで3回にわたって、原子力発電に関する書籍を紹介してきました。改めてお伝えしたいことは、原子力とは単に発電技術を学ぶ分野ではないということです。その根底には、安全を最優先に考える姿勢、事実に基づいて判断する科学的思考、組織として学び続ける文化、そして異なる意見にも耳を傾ける謙虚さがあります。

 私自身、長年この分野に携わる中で、多くのことを学び、時には自らの考え方を見直す経験もしてきました。繰り返しになりますが安全に「これで十分」という終着点はありません。だからこそ、過去の教訓に学び、新しい知見を取り入れ、より安全を目指して問い続ける姿勢が何より大切なのだと思います。本連載が、原子力を一つの社会インフラとして冷静に考えたうえで、学ぼうとするきっかけになれば幸いです。

増井 秀企(ますい・ひでき)
一般社団法人 日本原子力産業協会 理事長
原子力事業において37年以上の実務経験を有し、そのうち20年以上にわたり経営層・管理職として指導的役割を担ってきた。2024年6月より、一般社団法人日本原子力産業協会の理事長を務めている。それ以前は、東京電力ホールディングス株式会社において執行役員 原子力立地本部副本部長として、事業計画の策定、組織開発、財務管理を統括した。在籍中は、本社および原子力発電所において、原子力安全管理、海外調査、地震対策、規格基準、放射性廃棄物処分、化学管理など幅広い分野の業務に従事した。さらに、柏崎刈羽原子力発電所勤務時には原子炉主任技術者として、保安監督に従事した。京都大学工学部衛生工学科を卒業後、原子力の実務経験を経て、マサチューセッツ工科大学にて原子力工学の修士号を取得している。

取材・構成/木村 知史(CocoSmile 編集者)