世界的に関心が高まる原子力発電を学びたいという読者に向けて、日本原子力産業協会の増井秀企理事長が書籍を推薦する2回目です。前回、原子力を支える本質は「安全」だと解説されました。中級者に向けた今回は、さらにその「安全」について掘り下げます。原子力の歴史に大きな影響を与えた3つの大事故から、学ぶべきことが分かる書籍を挙げていただきました。

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スリーマイル島の事故から「人はなぜ間違えるのか」を知る

 中級者向けとして私がお薦めしたいのは、原子力分野における3つの重大事故を扱った書籍です。私は37年以上、原子力に携わってきましたが、若い世代を中心に、過去の事故について十分に知らない、あるいは記憶が薄れつつあると感じることが少なくありません。原子力の安全は、過去の事故から得られた教訓の積み重ねによって築かれてきました。その意味で、事故の歴史を学ぶことは、未来の安全を考える第一歩でもあります。

『恐怖の2時間18分(文春文庫)』柳田邦男著、文藝春秋
『恐怖の2時間18分(文春文庫)』柳田邦男著、文藝春秋

 最初に紹介するのは、1979年に米国ペンシルベニア州で発生したスリーマイル島原子力発電所事故を取り上げた『恐怖の2時間18分(文春文庫)』(柳田邦男著/文藝春秋/1986年5月刊)です。少し古い本ですが、現在でも電子書籍で読むことができます。「人間は極限状態でどのような判断をしてしまうのか」を学ぶための名著だと思っています。

 タイトルにある「2時間18分」とは、事故によって冷却水の漏えいが始まってから、運転員たちが「重大な異常が起きている」と認識するまでに要した時間を指しています。このわずか2時間余りの対応の遅れが事態を深刻化させ、結果として炉心に重大な損傷を与えることになりました。

 本書において特筆すべきなのは、事故を単なる「運転員の判断ミス」で片付けていないことです。関係者への綿密な取材を基に、事故当時の状況を分刻みで再現しながら、人間の認知能力の限界と設備設計の問題がどのように重なって事故に至ったのかを丁寧に描いています。

 特に印象的なのが、中央制御室で約130個もの警報が一斉に鳴り響く場面です。これだけの情報が同時に押し寄せれば、人間がすべてを正確に処理することは極めて困難です。特に事故の原因となった弁(バルブ)のトラブルは象徴的です。弁は「電気が通じていると開き、切れると自動的に閉まる」という構造でした。事故当時、パネルには「電気が通じていない(=弁は閉まっているはず)」という信号が出ていたものの、物理的には弁が開いたまま固着しており、そこから冷却水が2時間以上も漏れ続けていたのです。自分の思いや仮説に合致する情報ばかりを集め、反する情報を無視する「確証バイアス」が、事故を拡大させる一因となったのです。

 こうした教訓は、原子力に限った話ではありません。人は強い思い込みを持つと、自分の考えと矛盾する情報を見落としてしまいます。だからこそ、安全性の高いシステムをつくるには、人間が間違えることを前提に設備や表示方法を設計しなければなりません。

 本書は40年前に出版された作品ですが、人間の本質は今も変わっていません。また専門知識がなくても臨場感あふれるドキュメンタリーとして一気に読み進めることができ、安全を支える「人間」という存在について深く考えさせられる一冊です。

「安全文化」とは何かを考えさせられるチェルノブイリ事故

『チェルノブイリ 「平和の原子力」の闇』アダム・ヒギンボタム著、松島芳彦訳、白水社
『チェルノブイリ 「平和の原子力」の闇』アダム・ヒギンボタム著、松島芳彦訳、白水社

 次に紹介するのは、1986年に起きたチェルノブイリ原子力発電所事故に関するものです。同事故を題材とした書籍は数多く出版されていますが、中でも決定版として紹介するのが、『チェルノブイリ 「平和の原子力」の闇』(アダム・ヒギンボタム著、松島芳彦訳/白水社/2022年2月刊)です。膨大な未公開資料や関係者へのインタビューを基にまとめられた本書は、ニューヨーク・タイムズ紙の年間最優秀書籍にも選ばれています。

 チェルノブイリ事故というと、「ソ連特有の原子炉設計や政治体制が原因だった」と考えられがちです。確かに、現在日本で主流である軽水炉とは異なる黒鉛減速軽水沸騰冷却型(RBMK)という特殊な原子炉の設計にも問題はありました。しかし、この本が伝えているのは、それ以上に深刻だった「安全文化(セーフティーカルチャー)の欠如」です。

 安全文化とは、組織や個人が何よりも安全を最優先に考え、行動する姿勢を指します。本書では、実験スケジュールを優先するあまり安全手順が次々と省略されていく様子や、設計上の問題や過去のトラブルが組織の中で共有されず、隠蔽されていく過程が克明に描かれています。その結果、現場は重要な教訓を学ぶ機会を失い、事故へとつながっていきました。

 私は、この事故を「ソ連だから起きた」と考えるべきではないと思っています。実際、1999年に茨城県東海村のJCO東海事業所で起きた原子力事故では、効率を優先して正規手順を逸脱した方法で作業が行われていました。安全よりも効率や前例を優先してしまう組織の弱さは、国や業種を問わず、どこでも起こり得るものです。

 本書は事故の経過だけでなく、当時の社会情勢や関係者の人物像まで丁寧に描いており、まるで長編小説を読むような読み応えがあります。登場人物が多く、ロシア名に慣れるまでは少し苦労しますが、巻頭の人物一覧や地図も充実しており、細部まで著者の徹底した姿勢が感じられます。原子力に携わる人だけでなく、組織のマネジメントや品質、安全管理に関わるすべての人にとって、「安全文化」とは何かを改めて考えさせてくれます。

福島原発事故から有事の「ガバナンス」を学ぶ

『フクシマ戦記 上 10年後の「カウントダウン・メルトダウン」』船橋洋一著、文藝春秋
『フクシマ戦記 上 10年後の「カウントダウン・メルトダウン」』船橋洋一著、文藝春秋
『フクシマ戦記 下 10年後の「カウントダウン・メルトダウン」』船橋洋一著、文藝春秋
『フクシマ戦記 下 10年後の「カウントダウン・メルトダウン」』船橋洋一著、文藝春秋

 3大事故の最後として取り上げるのは、記憶に新しい方も多くいるかもしれませんが、福島第一原子力発電所事故に関するものです。この事故を扱った書籍も数多くありますが、私が最も薦めたいのは、『フクシマ戦記 上・下 10年後の「カウントダウン・メルトダウン」』(船橋洋一著/文藝春秋/2021年2月刊)です。本書では、有事における組織の意思決定を多角的に描いていることが特徴です。官邸、規制当局、東京電力本店、そして福島第一原子力発電所の現場という4つの意思決定拠点が、それぞれどのような情報を持ち、何に苦悩し、どのような判断を下していったのかが、膨大な取材を基に克明に描かれています。

 当時、東京電力に所属していた私は、事故発生直後、外部機関や他部署との調整を行うリエゾンとして規制当局の緊急時対策室へ派遣されていました。現場の情報がほとんど入ってこない中で、次々と寄せられる質問に対応し続けた日々の苦しさや無力感は、今でも忘れることができません。有事において、情報共有や指揮命令系統の整備がどれほど難しいか、そして事前に準備した危機管理体制が実際の危機の中でどのように機能し、どこに限界があったのかという、組織ガバナンスの本質が理解できました。

 一方で、本書は決して組織批判だけの作品ではありません。極限状態の中で命をかけて対応した現場の運転員や技術者たち、そして難しい判断を迫られた関係者一人ひとりの葛藤も丁寧に描かれています。事故に対して、それぞれの立場で最善を尽くそうとした人々の姿を知ることができます。

 本書は、2013年に発行された『カウントダウン・メルトダウン』を、新たな取材や事実を加味して大幅に内容をアップデートしたものです。上下巻合わせると800ページを超える大作ですが、人物描写が巧みで、最後まで読み進めさせる力があります。事故を知るための本というよりも、危機管理とは何か、組織のリーダーシップとは何かを考えるための一冊として、多くの方に読んでいただきたい作品です。

 私は、原子力事故を忘れないことが、安全を守り続ける第一歩だと考えています。その意味で、今回紹介した3大事故に関連する書籍は、未来の安全文化を築くためにも読み継がれるべきものだと思います。次回は、原子力発電の最終回として、ぜひ読んでいただきたい関連書籍を3冊紹介します。

増井 秀企(ますい・ひでき)
一般社団法人 日本原子力産業協会 理事長
原子力事業において37年以上の実務経験を有し、そのうち20年以上にわたり経営層・管理職として指導的役割を担ってきた。2024年6月より、一般社団法人日本原子力産業協会の理事長を務めている。それ以前は、東京電力ホールディングス株式会社において執行役員 原子力立地本部副本部長として、事業計画の策定、組織開発、財務管理を統括した。在籍中は、本社および原子力発電所において、原子力安全管理、海外調査、地震対策、規格基準、放射性廃棄物処分、化学管理など幅広い分野の業務に従事した。さらに、柏崎刈羽原子力発電所勤務時には原子炉主任技術者として、保安監督に従事した。京都大学工学部衛生工学科を卒業後、原子力の実務経験を経て、マサチューセッツ工科大学にて原子力工学の修士号を取得している。

取材・構成/木村 知史(CocoSmile 編集者)