うまい文章が書けることは、人生を変える可能性を手にすることだと、新刊『みんなが読みたがる文章』(ナムグン・ヨンフン著、松原佳澄訳)では言います。どのようにすればいい文章は書けるのでしょうか? 「まず書き上げることができる人が少ない。仕上げられる人には才能がある」とこの本の著者はいいます。抜粋してご紹介します。

文章を書くことは、基本的に苦痛

 アーネスト・ヘミングウェイ、ヴァージニア・ウルフ、芥川龍之介、川端康成、金素月(キム・ソウォル)。彼らの共通点は何でしょうか? 創作の苦痛に身もだえ、みずから命を絶ってしまった作家たちです。

 『ウスリオオカミキリ』の李外秀(イ・ウェス)、「鎮魂歌」の金南柱(キム・ナムジュ)、「猫を蒸す」の金文珠(キム・ムンス)。

 彼らの共通点は何でしょうか? 創作のためにみずから監獄に入ったり、監獄に囚(とら)われた生活を送ったりした作家たちです。李外秀は自身の部屋に刑務所のような檻(おり)を設置して、みずから5年間の監禁生活をしながら書いたことで有名です。その次の作品までの4年間を合わせると丸9年、自分で自分を監禁して文章を書いていました。

 なぜ私はこのような話をするのでしょうか? それは、大物作家であっても文章を書くのは大変で、苦労しているという事実をお教えしようと思ったからです。人はなぜ、書くことを難しがるのでしょうか。この問いに進化論的な解釈をしてみましょう。

脳はできる限り文章を書きたくない(写真:Koto Amatsukami/stock.adobe.com)
脳はできる限り文章を書きたくない(写真:Koto Amatsukami/stock.adobe.com)
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脳は文章を書くのが面倒くさい

 結論は「脳は書くことを嫌がるように進化した」です。2つの説明をしましょう。

① 脳は怠けるように設計されている

 人類は、生まれたときから「聞く」能力が発達していました。周囲の小さな虫の音、天敵の猛獣の吠(ほ)える声や足音、風の音や水の音を聞くことは生存のための必須条件でした。脳に伝達される音を意味として解析するようになったのは、180万年前に「ことば」がつくられてからのことです。

 一方、文字は紀元前3500年、メソポタミア地域のシュメール人が、初めて楔形(くさびがた)文字をつくりました。英語の起源であるラテン文字やギリシャ文字は、それぞれ紀元前7世紀と8世紀につくられました。「話すこと」は180万年かけて進化し、「書くこと」は5000年かけて進化したのです。いえ、5000年のあいだ進化しなかったというのが、より正確かもしれません。

 食べ物を得るのが難しかった原始時代は、エネルギーを消耗しない怠慢な個体ほど生存する確率が高まりました。それを記憶している体内のDNAは、多くのエネルギーを消耗する行為を拒否します。180万年の過程で進化した「話す」行為はエネルギーの消耗が少ないので拒否しません。むしろ生きるために必要な行為ですから推奨されます。

 一方、正しい単語を選んで文章を構成し、骨組みに沿って配列する、高度な精神活動を要する「書くこと」は、多くのエネルギーを消耗します。当然、脳は書くことを拒否します。

② 予測不可能で曖昧な行為をする個体の生存確率は低い

 原始時代はつねに危険が伴っていました。いつでも明確な行動が求められました。曖昧な行動は死につながるからです。安全であるとわかっている方法、行動であれば生存確率は高まります。先に挑戦し行動する個体が死ぬことが多かったのです。不確実な挑戦は死ぬ確率が高いので、自然と挑戦を避けるDNAが残るようになりました。

 説明の通り、「書くこと」は脳が嫌がる2つのこと、挑戦と不確実性を併せ持っています。書くことは、どのように始めてどのように終わらせればいいのかもわかりません。最後まで書けるだろうかという不安もあります。

 書いても、下手だと言われるのではないかと不安になります。白い紙や白いモニターは心をさらに締めつけます。「書くこと」は、もっともつらい挑戦なのです。DNAはささやきます。「やめておきなよ、書かないで」と。

 「書くこと」を難しがる根本的な理由は、脳が拒否するからだということがわかりましたね。原始時代の生存に合わせて進化した脳は、現代には合いません。『脳はあり合わせの材料から生まれた──それでもヒトの「アタマ」がうまく機能するわけ』という本には、このようにうまくいかなかった進化を逆手にとってこそ現代で生存できる、と書かれています。

 進化を受け入れて怠慢な人生を送るのか、拒否して革新的な人生を送るのか。それを決定することが、いま文章を書くか否かを決定するのです。

才能がある人は、まず書き始める人

 文章を書くべきか、体は拒否します。毎回これに打ち勝って、書くのには苦労します。簡単な方法はないのでしょうか。4つの方法を提示しましょう。

① 脳を奇襲する

 脳が認知する前に、先に書き始めてしまいましょう。脳が気づく前に行動すると、脳は当然の行動なのだと認識するようになります。とりあえずキーボードを叩(たた)き始めれば、書くことが頭に浮かんでくる作家もいます。最初の一文で立ちどまった瞬間、私たちは脳に敗北します。

 とにかく何か書きましょう。題名を書くことが難しければ、自分の名前でも構いません。この方法は「作業興奮理論(work excitement theory)」として証明されている方法です。

 ドイツの精神医学者エミール・クレペリンは言いました。「脳は、エンジンがかかると自動で動き始める機械だ。一度動き始めれば、脳の側坐核(そくざかく)の部位が興奮し、関心やおもしろみのなかったことでも没頭して持続できるようになる」。わかりましたか? ためらっていては失敗するのです。

② レベルの低い文章を書いたと悩まない

 初心者は文章を書きながら、つづり方が合っているのか、間違っていないかと悩みます。悩まず、文章の内容に集中しましょう。人の認知資源は限定されていて、エネルギーを他のところで使ってしまうと、文章の質が下がってしまいます。つづり方の間違いくらいであれば、パソコンで人工知能が誤りを見つけてくれるので、内容にだけ集中しましょう。

 また、「自作ダサい病」(駆け出しのウェブ小説家によく起こる、自分の文章を他人の文章と比較しては、自分の文章のレベルが低く、おもしろくなく見える現象)を発症し、「レベルの低い文章だ!」と自分を責めて、書くのが嫌になってしまう事例もあります。文章は書けば書くほどうまくなるもので、大物作家でも最初はこうして書き始めたことを肝に銘じなければなりません。今私が文章を書いている、そこに意味があるのです。

 推敲(すいこう)して整えると、意外といい文章になるものです。ヘミングウェイの言う通り、「初稿はごみくず」です。「まずは一文だけ書こう、これがうまくいかなくても死ぬわけじゃない」の精神で始めましょう。

③ 一度にひとつずつ、直列的思考をしよう

 前述のように、文章を書くことは複合的な労働です。マルチタスクを要します。マルチタスクは人間にはできないことです。「私はマルチタスク得意だけど」という人もいるかもしれません。それはマルチタスクをしているという錯覚に陥っているのです。

 マサチューセッツ工科大学の脳神経学者アール・ミラー教授は、私たちの脳はマルチタスクができないようにつくられていると言いました。ひとつの行動を毎回すばやく切り替えて行うことは不可能だというのです。

 切り替えるたびに高い「認識の費用」を、多くのエネルギーで支払っています。幼いころ、テレビを見ながら宿題をしていたら、時間はかかるし、ものすごく疲れたという経験をしませんでしたか? 脳の方式を利用して、文章を書く行為を直列的に並べ、区分しましょう。

 文の組み立てを練るときは組み立てを練るだけ、初稿を書くときは初稿を書くだけ、つづり方を確認するときはつづり方の確認だけ、文章を分けるときは文章を分けるだけ、段落を分けるときは段落を分けることだけします。同時に2つ以上はしません。

④ 読書と質問でThink Bank(思考の銀行)に書くことを貯蓄しよう

 文章を書こうとしても、本当に何も書くことがないときもあります。常日頃、読書と自問自答で多様なネタを保存しておきましょう。保存しておいたものは、たちまち複利になって膨れ上がります。預金が増えれば、結局書きたくなるものです。
 1920年生まれのアメリカの作家レイ・ブラッドベリの言葉で締めます。

 「文章を毎日書くこと。それから何が起こるのか見てみよう」

まずなんでもいいから文章を仕上げよう(写真:Mongta Studio/stock.adobe.com)
まずなんでもいいから文章を仕上げよう(写真:Mongta Studio/stock.adobe.com)
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文章が書けると、どんないいことがあるのでしょうか? 文章を書く能力は、学校のテスト、就職活動、会社での資料づくりなど、小さな、しかし多くの場面で私たちの人生をよくします。文章を書く前に「読解力」や「思考力」があるからいい文章が書けるようになりますし、書ける人はうまく話すこともできます。大げさだと思いますか? でも、文章力を鍛えるに越したことはないのです。この本では、「チャットGPTと一緒に就職の書類から小説まで書く」などさまざまな方法を紹介しています。この一冊で、文章という武器を手に入れましょう!

ナムグン・ヨンフン著、松原佳澄訳、日経BP、1760円(税込み)