宝塚歌劇団 雪組の元トップスターで、現在は舞台を中心に多方面で活躍する望海風斗さん。9月13日に宝塚卒業後の1年半をまとめた初の書籍『 望海風斗 第二幕 』(日経BP)を刊行した。読書家でもある望海さんに「人生を変えた一冊」や、本との関わり方を聞いた。
役作りへの意識が変わった、平野啓一郎さんの『空白を満たしなさい』
書店に行くのが好きなんです。忙しいときはAmazonで買うこともありますが、書店で流行りの本を手に取ったり、裏表紙にある粗筋を見てピンと来た本を手に取ったりするのが楽しくて。役作りのため、また気分転換するために本を読むことが多いですね。選ぶのは大抵が小説です。
「私の1冊」を挙げるとしたら、平野啓一郎さんの『 空白を満たしなさい 』(講談社)です。宝塚時代から役作りにあたってはドラマや映画を見たり、本を読んだりしていましたが、このときは雪組に組み替えになった頃で、お稽古中に役作りに悩んで、ヒントを探しに書店に立ち寄って、たまたま手にしたのがこの本でした。
「3年前に死んだはずの主人公が生きている」というところから話が始まりますが、この作品の大きなテーマは「分人」です。「個人」は一人の人間を指しますが、「分人」は対人関係や環境によって分化した異なる人格のことをいうそうです。つまり、家族や職場や友人関係など、対する人によって人は変わるということを作品では伝えています。
読み進めると、本当にその通りだな、と。普段、私たちが生活しているとき、対する人によって私たちも変わりますよね。私は同じ人でも、Aさんの前とBさんの前で接し方が違えば、当然、AさんとBさんが受け取る私の印象は異なってくる。私自身、家族の前の自分、劇団での自分、ファンの方たちの前での自分…どれも同じ私なのに違うわけです。でも、意識して変えているわけではなく、人って一緒にいる相手によって自然と変わるものなんですよね。そのことに気が付いてからお芝居がすごくやりやすくなりました。
それまでは、極端な話、殺人を犯す役ならば人を殺す映画をとことん見て、自分が体験した気持ちになって浸ったり、その人物になって日記を書いてみたりしたこともあります。でも、「この人はこんなキャラクターで…」と作りこんでも、どこか上っ面になってしまう。この本に出合った頃は入団して10年以上たっていて、それまでも色々な形で役作りに挑戦してきたのですが、ずっと何か違うな、と思っていて。それが、この本に出合ってから、ストンとふに落ちました。相手がどう思い、接しているかでこちらの出方も変わる。そこからは自分1人で役を作り込まず、お稽古場で相手とお芝居をしながら人格を生み出していくようになりました。その意味では、まさに私を変えた一冊です。それから平野さんの本を手に取るようになり、『 マチネの終わり 』や『 ある男 』も好きな作品のひとつです。
原田マハさんの本をきっかけに絵画への興味も増した
ほかに作家さんで選ぶのは、原田マハさんですね。コロナ禍で宝塚の公演がストップしていたとき、宝塚の専門誌で皆がどんな本を読んでいるかという特集があり、そこで原田マハさんを挙げる方が多かったんです。マハさんはタカラジェンヌに人気で、皆が「面白いよ」と。それでマハさんの本を探しに書店に行ったら、たくさんの本があって選ぶのに困りました(笑)。
その中で最初に手に取ったのは、『 本日は、お日柄もよく 』(徳間文庫)です。色々なスピーチを題材にしている本ですが、言葉のチョイスが面白くて、すっかりマハさんの魅力に取りつかれました。マハさんはゴッホなど絵画に関する話も多く、そこから絵を見ることも楽しくなって。
以前から海外旅行に行ったときは美術館に行くことが好きでしたが、マハさんの本で画家が自分の人生の中で絵を生み出していることを知り、ますます絵画に興味が湧きました。「この人はどんな気持ちでこれを描いたのかな」「どんな思いがこの絵にはにじみ出ているんだろう」と想像しながら絵を見るようになりましたね。マハさんの本でも印象に残っている画家はゴッホです。ゴッホは平野さんの『空白を満たしなさい』の中でも出てきますが、晩年の精神状態が危うい頃の作品は胸に迫るものがあります。作品を見ながら、ゴッホの思いもしっかりと受け取らないと、という気持ちで見ています。
役を引きずりがちだからこそ、小説で脳内をリセット
ビジネス書や啓蒙書はあまり手に取りませんが、私が以前からファンと公言しているフィギュアスケーターの羽生結弦選手がソチ五輪で金メダルを獲得した後の自叙伝『 蒼い炎 』(扶桑社)を読んで、どうやって羽生さんが成功したのかをたどりながら、自分もトップへの道をどうやって手繰り寄せるか、参考にした部分もあります。
最近読んだ本は、冷戦時代の東ドイツを舞台にした須賀しのぶさんの『 革命前夜 』(文春文庫)です。史実ではないけれど、ベルリンの壁の崩壊と音楽と、色々な国の問題を絡めていて興味深く、すいすいと読み進められました。このときも何の前情報もなく、書店でたまたま手に取って粗筋を見て、「これ、面白そう」とピンときました。
一方、前々から興味があって手にした本は逢坂冬馬さんの『 同志少女よ、敵を撃て 』(早川書房)。長編ですし、しかもロシア人の名前は覚えにくいし(笑)、買っても読み切れないだろうなと思いつつ、とりあえず買っておきました。すると、その後、ちょうどコロナ禍で家にいないといけない時期があり、そこで読んでみたら面白くて。後半は面白くて本当に寝るのも忘れて一気に読んでしまいました。
役を演じていると、家にいても、その役から離れられない。マハさんの作品に出合ったのも宝塚のトップ時代でした。当時は毎日舞台のことで頭がいっぱいで脳が休まらないこともありましたが、マハさんの本を読むと、すっと違う世界に連れていってくれて。特に、絵画の話になると、気になってスマホで調べたり見たりするので、そこからまた違う世界へといざなってくれました。今も役を演じていると家でも引きずりがち。だからこそ、本は私を違う世界へと旅させてくれる大切な息抜きになっています。
取材・文/若尾礼子 写真/鈴木愛子



