総合商社・丸紅のシンクタンク部門である丸紅経済研究所は、グローバルにさまざまな分野に取り組み、社内外にレポートを精力的に発信しています。丸紅経済研究所の研究員、阿部賢介さんと宮森映理子さんに、仕事に役立ち、後輩や部下に薦めたい本を教えてもらいました。前編では、阿部さんがSF小説を2冊紹介します。

1人1分野の専門では足りない

日経BOOKプラス編集部(以下、──) 現在、お2人はどういった業務を担当していますか。

丸紅経済研究所 上席主任研究員 阿部賢介さん(以下、阿部) 私は丸紅経済研究所の上席主任研究員として、世界経済全般、特にマクロ経済を担当しています。もちろん、マクロ経済だけではなく、それに影響を与えるような中東情勢や為替といった事象も見ています。

阿部賢介
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阿部賢介(あべ・けんすけ)
丸紅経済研究所 上席主任研究員
神戸大学国際文化学部卒業。2005年から08年、三菱商事勤務。その後、台湾・国立政治大学台湾史研究所を修了。2010年に丸紅に入社し、金属部門を経て、2016年に丸紅経済研究所。2021年から26年まで丸紅米国会社ワシントン事務所勤務。2026年から現職。丸紅が運営するPodcast「THE INSIGHT~分析 世界の力学~」では、AI(人工知能)や米国政治の動向などについて解説している。

丸紅経済研究所 上席主任研究員 宮森映理子さん(以下、宮森) 私はイノベーションに関わる産業や技術関連の動向を見ています。また、世の中に存在する社会課題に対し、そこにどんなビジネスチャンスがあるかという視点で分析し、社内外に発信しています。

お2人は丸紅に入社して、こちらに配属されているのですか。それとも最初から丸紅経済研究所に入ったのですか。

阿部 丸紅経済研究所はもともと丸紅の一部門だったのですが、2024年に分社化されています。私は丸紅に入社して、最初は営業部門に行き、丸紅経済研究所に異動しました。今は出向という形です。

宮森 私は新卒で金融機関のグループ会社のシンクタンクに入社しました。それから1社を経て、中途採用で分社化前の丸紅経済研究所に入っています。丸紅の中ではこの部署と外部出向(海外)を経験しています。

宮森映理子
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宮森映理子(みやもり・えりこ)
丸紅経済研究所 上席主任研究員
東京大学大学院農学生命科学研究科修了。金融機関系シンクタンクに入社後、環境・エネルギー関連の調査・コンサルティング業務に従事。大手小売SPAを経て、2019年から丸紅経済研究所にて、サステナビリティ、1次産業、電力エネルギーなどに関する調査分析と社内支援を担当。丸紅が運営するPodcast「THE INSIGHT~分析 世界の力学~」では、米欧関係の最新動向などについて解説している。

阿部 私も丸紅は中途入社です。前職は商社で、営業をしていました。その後、台湾の大学院に行き、丸紅に入社しました。リサーチや研究に興味があったため、社内のジョブマッチング制度を使って丸紅経済研究所に異動しました。

お2人の経歴にも関係すると思いますが、丸紅経済研究所ではどんな人材を求めていますか。また、「こんな人材に育ってほしい」という方針はありますか。

阿部 商社としての丸紅は幅広い領域を扱います。丸紅経済研究所としてもそこをカバーしなくてはいけないので、1分野だけ、自分の専門分野だけと専門性を高めるよりも、広い分野をカバーできるような人材育成を目指しています。

 私たちは研究員20人程度で全世界を見なくてはいけないので、1人1分野では足りません。1人がいくつもの分野を担当することが、研究員のスキル向上の面でもアドバンテージになると考えています。

 私は今年3月までワシントンにいて、米国の政治や経済を調査してきたのですが、それだけでは他のリサーチャーとの差別化ができません。米国の政治・経済だけではなく、いろんな産業や科学技術などについて深く知る必要がありますし、他の人にもそうあってほしいと思っています。

壮大なスケールのSF小説

まさに少数精鋭ですね。では、お薦めの本について教えてください。

阿部 私からは小説2冊を紹介します。1冊目は『 三体 』(劉慈欣著/大森望、光吉さくら、ワン・チャイ訳/立原透耶監修/ハヤカワ文庫SF)です。3部作からなる壮大な物語です。(写真は第1作)

『三体』(ハヤカワ文庫SF)。画像クリックでAmazonページへ
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大ヒットしたSF小説ですね。なぜ、こちらを選ばれたのですか。

阿部 もともと私は小説よりもノンフィクションが好きだったのですが、ワシントンで同僚から薦められて読むようになりました。今回紹介する2冊は彼に教えてもらった本です。

 ワシントンには政策立案者などからなるインテリジェンス・コミュニティがあり、そうした人たちは結構SFを読んでいます。『三体』はオバマ元大統領が公開したブックリストにも入っていました。政治や科学技術などの分野で、現実では想像がつかないところまで考えるのがワシントンのインテリジェンス・コミュニティや私たちの仕事でもあり、こうしたSFが役に立つことがあるのです。

 私は米国に2回赴任しており、1回目は2016~17年、2回目は2021~26年と、ちょうどトランプ大統領の時期でした。やっぱり、ああいう人が大統領になるとは、ワシントンのコミュニティも予想していなかったと思います。少し前までは想像もしなかったことが起きる世界になってしまいました。

 先日、イーロン・マスク氏のスペースXがIPO(新規株式公開)をして話題になりましたが、そのときに彼はカルダシェフ・スケール(宇宙文明の発展レベルを示す指標)のスケール2(自分の恒星や惑星系で利用可能なエネルギーを使用できる)に入り、太陽エネルギーの利用を目指すと言っていました。まさにこうした科学技術の発展は『三体』にも書かれています。

『三体』シリーズは異星文明「三体世界」による地球侵略に対し、人類が科学と知略を駆使して立ち向かう、というストーリーですね。

阿部 はい。脳を揺さぶられるようなエピソードがこの本にはいっぱい詰まっています。異星人が地球に到達するまでに400年かかるのですが、私たちの仕事でも10年先、20年先の未来を考えなくてはいけないときに、「どれだけ自分の思考を広げられるか」という練習になるなと。そういう意味ではSFはすごくいい材料ですね。

特に印象的だったエピソードはありますか。

阿部 小説はネタバレせずに紹介するのが難しいのですが…今、我々が生きている世界は3次元ですが、本の中では11次元という考えられない世界が出てきます。全人類の情報は4光年も離れた先にいる異星人に筒抜けになってしまい、人間の研究はすべて邪魔されてしまう。ほかにも冬眠技術や核融合といったさまざまな技術が登場し、壮大なスケールで物語が展開していきます。

 ただ、どれだけ技術が発展したとしても「意思決定するのは人」というのも面白いところです。

忙しいなか、どうやって読書の時間を捻出していますか。

阿部 隙間時間ですね。電車の中では電子書籍で読みますし、ワシントンにいたときは車の運転をしながらオーディオブックを聞いていました。

米中両軍が衝突して戦争に

次の本は何でしょうか。

阿部 『 2034 米中戦争 』(エリオット・アッカーマン、ジェイムズ・スタヴリディス著/熊谷千寿訳/二見文庫)です。米国に2回目に赴任したときに話題になっていて、「何か仕事のヒントになるかも」と読み始めました。

『2034 米中戦争』(二見文庫)。画像クリックでAmazonページへ
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 米軍の駆逐艦が中国軍に南シナ海で攻撃されて撃沈、それを受けて米軍が繰り出した空母打撃群も壊滅させられます。一方で、ホルムズ海峡を飛行中だった米軍の戦闘機がイランに不時着し、パイロットがイラン軍の捕虜に。さらに、台湾侵攻の動きを見せる中国軍に対し、米軍も新たに空母打撃群を繰り出して、事態はエスカレーションしていき──というストーリーです。

 私が米国にいたときは中国、ロシア、イラン、北朝鮮が協力して米国に対抗するのでは──と言われていたのですが、この本を読むとそれを思わせるような描写があります。ただ、イランによる今回のホルムズ海峡封鎖に関しては、中国やロシアはそこまで動いていない。「どうして小説通りにならないのか」と、いろいろ考える面白さがあります。

この本は元海兵隊特殊部隊にいたエリオット・アッカーマン、元NATO(北大西洋条約機構)欧州連合軍最高司令官だったジェイムズ・スタヴリディスの共著ですね。

阿部 元軍人2人によって書かれた物語ですし、ワシントンでは「これは単なる空想のストーリーだ」と言う人は少数派でした。『三体』もそうですが、「まさか異星人が攻撃してこないだろう」「まさか中国が攻撃してこないだろう」と思考を止めるのではなく、米国の政府関係者はあらゆる事態を想定しています。実際に私が元米軍の方と話したところ、「中国が台湾に侵攻するシナリオは昔から考えている」と言っていました。

 『三体』『2034 米中戦争』はフィクションでありながらリアリティが感じられ、「敵が攻めてきたときに戦うのか、逃げるのか」といった人間ならではの苦悩が描かれていて、気づきの多い作品です。ビジネス書とはまた違ったヒントを与えてくれる2冊です。

(後編に続く)

取材は東京都千代田区の丸紅東京本社で行われた
取材は東京都千代田区の丸紅東京本社で行われた
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取材・文/三浦香代子 写真/品田裕美