「昭和」が終わって三十数年。あなた自身が「昭和人間」の場合も、身近な「昭和人間」についても、取り扱い方にはちょっとしたコツが必要です。「昭和人間」ならではの持ち味や真価を存分に発揮したりさせたり、インストールされているOSの弱点をカバーしたりするために、有効で安全なトリセツを考えてみましょう。今回は昭和と令和で大きく変わった「ビジネスマナー」について。
ビジネスマナーは世につれ、世はビジネスマナーにつれ。
いつの時代も、ビジネスパーソンはその時々の「マナーの常識」をマスターして、それに従って生きています。もちろん、会社勤めのビジネスパーソンに限りません。自営業者にも商店主にも主婦にも学生にもアウトローな方々にも、行動の規範となる「マナーの常識」があります。
「マナー」はけっして自分を縛る窮屈な足かせではありません。「こうしておけば大丈夫」と教えてくれるナビゲーターであり、自分が一人前であることをお手軽に示せる便利な「型」でもあります。
「名刺交換」ひとつとっても、どんなふうに渡そうが受け取ろうが自由ですと言われたら、たちまち固まってしまうでしょう。しかも、相手がどういう人間なのかが捉えられなくて、無限に不安がふくらみそうです。あえて「型」を崩すことで個性を表現する場合もありますが、それも元の「型」がないと成り立ちません。
ビジネスパーソンの行動や、時には思考とも深く関係している「ビジネスマナー」ですが、その「正解」は、時代によって大きく変わります。
現在60代ぐらいの昭和人間が若手だった頃は、上司にお中元やお歳暮を贈る習慣が、まだ残っている業界や会社もありました。その時期の新聞などには、どんなタイミングで何を贈るかという指南の記事が必ず載っていたものです。令和の今、上司にお中元やお歳暮を贈ったら、たぶん激しく戸惑われるでしょう。年賀状すらすっかり出さなくなったし、バレンタインデーの「義理チョコ」も急激に姿を消しているようです。
昭和の頃は、上司や同僚が病気やケガで入院すると、もちろん容体や状況にもよりますが、何人かでお見舞いに行くのが「マナー」であり、ある意味「義務」でした。今はむしろ迷惑がられるでしょう。休日をつぶして行う「上司の引っ越しの手伝い」も、部下として当然の務めであり、忠誠心をアピールする絶好のチャンスでした。今、部下を休日に呼び出して引っ越しを手伝わせたら、たぶんハラスメント案件になります。
昭和30~40年代の「サラリーマン映画」には、上司や同僚が海外に出張に行くときに、課のメンバー全員で空港に見送りに行く場面がしばしば出てきます。さすがに、よっぽどベテランの昭和人間じゃないと、そういう経験はありません。新幹線のホームで栄転する上司や同僚を見送るときに、みんなで「バンザイ三唱」をするという“儀式”も、かなり前になくなりました。今思うと、あんなハタ迷惑なことよくやってましたね。
「自分で電話をかけられないおじさん」
時代によって消滅した「ビジネスマナー」もありますが、変わらない部分もあります。昭和でも令和でも、後ろ指をさされる「NGな振る舞い」は少なくありません。
昭和57(1982)年に発売されてベストセラーになった『ドタンバのマナー』(サトウサンペイ著、新潮文庫)は、当時のビジネスパーソンにとってバイブル的な一冊でした。「会社人間、最低限のマナー」の章で紹介されているダメな言動から、今もNGだけど、うっかりやりかねない事例をいくつかあげてみましょう。
〈「こちら、ぼくの課の課長の吉田さんでーす。前から紹介してほしいって、おっしゃってました」なんて敬語を使ってはいけない。「こちら私どもの課長の吉田です。お見知りおきを」。手のひらを上に向けてさす。誰に対してでも指をさしてはいけない。〉
※『ドタンバのマナー』(サトウサンペイ著、新潮文庫)
「よその人に上司を紹介するとき敬語を使わない」の項より
内輪の人間に対して敬語を使わないというルールは十分に浸透していますが、人に向かって指をさす癖がある人はたまに見かけます。それはともかく、令和の今、さらっと「お見知りおきを」と言えたら、「おっ、仕事できそう」と思われるかも。
〈(電話の)いちばん悪いかけ方は、「Sさんですよね。ちょっとお待ちください「課長! 課長! Sさん出ましたよ~」。人の時間に割り込んでおいて、人を待たせるとは何ごとか! たかが課長のブンザイで! いや、部長であろうと、重役であろうと、立派な人はそんなかけかたを絶対していない。」〉
※『ドタンバのマナー』(サトウサンペイ著、新潮文庫)
「人を呼んでおいて待たせるやつ」の項より抜粋
最近もネット上で「自分で電話をかけられないおじさん」が批判を集めていました。この頃から眉をひそめられていたんですね。待たせること以上に、ちょっと偉くなると部下をアゴで使いたがるセコイ了見のほうが、その人の印象を悪くしそうです。
〈「キミいくつになった?」×。「入社して何年になる?」×。「ボカァ女性をもっと登用すべきだと思っているんだ」○。「結婚する気はあるわけ? いちおう」×。(中略)「結婚は23がピークだっていうけどね。ボカァ30でも40でもいいという新しい考えの持ち主なんだ」△。〉
※『ドタンバのマナー』(サトウサンペイ著、新潮文庫)
「女性に使って悪い言葉× よい言葉○」の項より抜粋
昭和の頃から、×が付いているようなセリフはNGだと認識されていました。ただ、実際には言う人が多かったようです。令和の今、△の「新しい考えの持ち主なんだ」というセリフは、「うわ、気持ち悪っ!」と激しく顰蹙(ひんしゅく)を買うでしょう。○の「女性をもっと登用すべき」というセリフも、当時は「進んだ考え方」だったかもしれませんが、今なら「お前が上から目線で言うな!」と袋だたきにあいそうです。
「それはマナー違反だよ」の正しい扱い方
昭和人間のビジネスパーソンが念入りに肝に銘じておきたいのは、「かつては当たり前だったビジネスマナーの中には、今は時代遅れになっているものが多々ある」ということ。とくに男性は、男性ということで自動的に得ていた「既得権益」が減って、残念に感じることがあるかもしれません。
残念と感じるのは自由ですが、たとえば女性社員にお茶くみやコピーを頼めなくなったことを嘆いて、「昔はよかった」と言ってしまうのは絶対にタブー。「やってくれとも、やらなきゃダメとも言ってないんだから、いいじゃないか!」と言い張りたい人もいるかもしれません。しかし、そのセリフは「女性社員がやってくれた時代をよかったと思っている=やってくれない今の女性社員に不満を覚えている」という意味になります。
女性は女性で、昭和の頃は愛嬌(あいきょう)やかわいげを武器にできた部分が大きかったし、決断や責任を男性に押し付けるのが「マナー」だった節もありました。本人は気を付けているつもりでも、何かの拍子に若い頃に刷り込まれた癖がチラッと見えてしまう人もいます。
昭和のビジネスマナーをすべて否定する必要はありません。「報連相を欠かさない」「お礼やおわびは早く」といった仕事をスムーズに進めるための暗黙のルールや、「人前で耳打ちをしない」「目上の人の前で足を組まない」(どちらも『ドタンバのマナー』より)といった相手に不快感を与えないための気づかいなど、昭和も令和も変わらないマナーもあります。むしろ、変わらないマナーが大半でしょう。
若者の皆さんにおかれましては、昭和人間に「それはマナー違反だよ」と注意された場面で、自分を正当化したくて反射的に「今は時代が違いますから!」とか「誰が決めたんですか!」と反論するのは、くれぐれも慎みましょう。ほとんどの昭和人間は、時代の変化を踏まえた上で、やっぱり大事だと思うからこそ面倒だけど注意しています。
年代を問わず「それはマナー違反だよ」という指摘は、プライドを激しく傷つけるのでしょうか。若者にも昭和人間にも、その言葉を聞くと凶暴になる人がいます。「こういう便利な道具があるよ」「こう使うといいよ」と言われているだけなので、役に立つと思えば聞き入れればいいし、自分には必要ないと思えばスルーしたってかまいません。
ま、たしかに昭和人間の中には、鬼の首を取ったみたいな勢いで(しばしば自分の思い込みで)マナー違反を指摘して、人格まで見下してくる困った人もいます。せんえつではありますが、代わっておわび申し上げます。
時代ごとの「ビジネスマナー」は、便利に活用しつつも適度に距離を取りたいところ。自分にも他人にも無理強いしないというのが、もっとも大切なマナーと言えるでしょう。
- 誰しも自分にとっての「マナーの常識」を指標にしている
- 「昔はよかった」と既得権益を懐かしむのは、マナー違反
- ビジネスマナーは「便利な道具」と思って付き合えばいい
文/石原壮一郎
