じわり増えつつある高収入ブルーカラー層の実像を、新刊『 ブルーカラー年収1000万円時代(日経プレミアシリーズ) 』から紹介するシリーズ。国税庁の調査によると、建設業の平均給与は2024年までの10年間で95万円増加している。さらに日本経済新聞がまとめた26年夏のボーナス調査では、2位から5位を建設会社が占めた(2位から順に、大成建設、鹿島、大林組、高砂熱学工業。1位は精密加工装置のディスコ)。今回は4位にランクインした大林組で働く37歳女性現場監督のケース。木造建築に強いという専門性に加え、現場の職人たちとのコミュニケーションに心を砕き、信頼を高めてきた(登場人物の肩書や所属、年齢などは、原則として2026年7月末を基準とする)。

(写真=竹井 俊晴)
(写真=竹井 俊晴)

 大林組で施工管理を担う石坂ゆい工事係長(37歳)は、2026年の年収が1000万円を超える見通しだ。

 かつては一人前の監督として甘く見られていないかと葛藤したこともあるが、今は技能者(職人)とのコミュニケーションを通じて、現場を動かすことにやりがいを感じる。「次は所長を目指す」と強い決意を示す。

「作業員」ではなく「職人さん」

 26年6月末、梅雨空の下の夏日。じわりと汗がにじむ東京都内のビル建設現場で、石坂氏は屈強な職人たちに物おじすることなく、きびきびと声をかけていた。施工管理は現場監督とも呼ばれ、工程や品質、安全を管理しながら工事を前に進める仕事だ。

 入社以来こだわってきたことがある。現場で働く人を「作業員」ではなく「職人さん」と呼ぶ。「自分の仕事を『作業』と見られるか、『職人の仕事』と見られるか。その違いは、現場の空気や仕事の質にもつながる」と力を込める。

 職長や親方との打ち合わせが多い仕事だが、職人の一人ひとりに、朝は「おはようございます、よろしくお願いします」、帰りには「ありがとうございました、お疲れ様でした」とあいさつを欠かさない。

 安全面で不安な動きをしていたり、苦労していたりしそうな職人がいれば、自分の担当工事でなくても声をかける。「困ったらこの人に話しかけていい」と思ってもらうことが、現場を動かす力の土台だと考えているからだ。

大林組の石坂ゆい工事係長。大学と大学院で伝統木造建築の構造を学んだ(写真=竹井 俊晴)
大林組の石坂ゆい工事係長。大学と大学院で伝統木造建築の構造を学んだ(写真=竹井 俊晴)

 原点にあるのは、職人への憧れだ。大学と大学院で伝統木造建築の構造を学び、大工の仕事に強く引かれた。授業でビルの工事現場を見学し、巨大な建物も最後は人が一つ一つ手で組み上げていることを知った。「これも職人さんの仕事なんだ。格好いいなと思った」(石坂氏)

 学んだ知識を生かし、職人に一番近い場所で役に立てる仕事を探して就職活動し、ゼネコンの施工管理にたどり着いた。大林組を選んだ決め手は、職人との向き合い方だった。「『いいからやれ』と一方的に押し切るのではなく、職人さんの話をよく聞き、対話しながら仕事を進める姿勢に引かれた」と振り返る。

万博・大屋根リングを支えた「木造」の知識と経験

 14年に入社してから、高層ビルや物流倉庫などの建設現場で施工管理の経験を積んだ。

 学生時代に学んだ木造建築の工事を初めて担当したのは、日本初の11階建て高層純木造耐火ビルだった。社内に経験者は少なく、確定的な基準もなかったため、手探りでのスタートだった。

 既存の情報だけでは解けない問題が次々に出てくる。それでも「なぜ」「どうやって」をメンバー全員で考え、すり合わせることで解決の糸口が見え、現場が動き、建物が姿を現していく。石坂氏にとっては、モノづくりの楽しさを再確認する経験になった。

 その後、本社勤務となり、第一線の現場からはいったん離れた。本社では一つの現場に専属的に所属することはないが、複数の現場に同時に関わることができる。石坂氏はここで全国の木造案件の技術支援に多く携わった。大阪・関西万博の大屋根リングの建設でも、木造ビルの知識と経験を生かして現場を支えた。本社勤務を通じて、石坂氏は「木造に強い」という自分の専門性を育てられた。

上司に直訴、第一線の現場に戻る

 それでも、思いが向かった先は現場だった。「職人さんと日々コミュニケーションを取る現場が、やっぱり一番面白い」。上司に何度も直訴し、26年3月末に今の都内の現場へ赴任した。

上司に何度も直訴して、現場に戻った(写真=竹井 俊晴)
上司に何度も直訴して、現場に戻った(写真=竹井 俊晴)

 現在手掛けるのは、最盛期には200人近くの職人が働く大規模な現場だ。石坂氏が担当する内装工事は工種が多く、40〜50人規模の職人を見ていく場面も出てくる。職長に段取りを伝え、工種の違う職人同士の動きを調整する。自分の頭にあるイメージを相手が納得して動ける言葉に置き換えられるかが施工管理の鍵だ。

 工事係長となった今、仕事の中心は作業の詳細計画を立てることだ。若手の頃は工事の記録を取り、想定外の出来事に対応する業務が多かった。今はその一歩手前で、作業工程を考える時間が増えている。

 現地を見て、これから行う作業を具体的にイメージする。その上で、作業内容や工事の進め方を計画に落とし、職長や職人と確認する。いざ取りかかって計画と違う事態が起きれば、その都度相談する。現場と事務所を行き来しながら、工事を前に進めるのが工事係長の役割だ。

 石坂氏はこう語る。「人工知能(AI)に代わられる仕事もあるかもしれない。でも、施工管理の仕事の価値はむしろ高まるのではないか。現場の仕事を選ぶ人がもっと増えてほしい」。建設現場でもAIやロボットの活用は進むが、まだ限定的だ。現場を動かす職人の事情をくみ取り、納得を引き出す役割は人しかできないと考える。

本社勤務より現場勤務の方が給与は高い

 石坂氏の年収は、現場に再び出るようになって上がった。各種手当が厚くなるからだ。26年度の年収は1000万円を超える見通しで、福利厚生にも満足している。「夫と比べても私の方が恵まれているかもしれない」と笑う。

 職人と一緒に働ける日々は、学生時代から望んできたものだった。だが、憧れていた職人の近くに立てたからこそ、胸に引っかかるものもあった。

 今でこそ現場に女性監督がいるのは当たり前になりつつあり、石坂氏も性別を数ある特徴の一つと捉え、現場でストレスを感じていない。だが、入社当時はまだ珍しかった。顔と名前を覚えてもらいやすい一方、目立つ存在だからこその葛藤もあった。

 「男性の若手社員には厳しい職人さんが、自分には少し甘い。一人前の現場監督として扱われていないように感じることがあった」と明かす。職人に憧れてこの世界に入ったからこそ、その甘さが悔しかった。

一人前と見られない悔しさを乗り越える

 もう一つ悔しかったのが、自分と直接話そうとしない職人がいたこと。頼んだことに対して、何か物申したそうなときでも、自分には言わない。自分を飛ばして上司のところに後から相談に行くのだ。

 なぜかと悩んで気づいた。上司の言葉をそのまま職人に伝えるだけになっていなかったか。それでは相談する気になれなくて当然だ。自分の考えがないまま頼んでいるから、「上と話せばいい」と受け流される。

 職人から一人前の監督として見られるには、自分の言葉で説明する必要があった。そこで意識したのは、上司の指示を伝えるときであっても、その理由を自分の中でかみ砕くことだった。拙くても自分の言葉で説明すれば、反論も自分に返ってくる。それで職人が難色を示したなら、なぜ難しいのかを聞き、どうすればできるのかを考え、やはり自分の言葉で説明するようにした。

今は屈強な職人たちに物おじすることなく、きびきびと声をかける(写真=竹井 俊晴)
今は屈強な職人たちに物おじすることなく、きびきびと声をかける(写真=竹井 俊晴)

 専門知識も、現場で一つずつ身に付けていった。若手の監督は、一つの現場全体を見るのではなく、鉄骨、内装、外装といった工事の種類ごとに担当を持つことが多い。石坂氏は、その時々に担当した現場で、上司から指示された業務をこなすだけでなく、背景を理解するように努めた。品質上のルールや基準、なぜその手順が必要なのか、どう進めれば安全で確実なのかを常に意識した。

 職人に頼り切るのではなく、事前に社内外の情報を調べて準備する。実際の施工が始まれば、現場で職人に話を聞き、事前の準備では気付けなかった点を学ぶ。地道な積み重ねが、別の工事にも生きていった。

 その姿勢は、職人との関係を少しずつ変えていく。上司への確認を求められる場面は減り、対等な立場で相談を受けるようになった。今では、職人との関係がむしろ手応えに変わっている。「どう伝えれば職人さんが動いてくれるのかを考えて、うまくはまった時が楽しい」

 もちろん、楽に稼げる仕事ではない。

柔軟化が進む建設現場の働き方

 石坂氏は朝6時過ぎに起き、7時半ごろに現場に着く。8時の朝礼から一日が始まり、退社は午後6〜7時の日が多い。

 従来は「8時の朝礼には全員参加」が一般的だったが、現在の現場では、朝礼に参加する具体的な目的がなければ、事務所でデスクワークをしたり、出勤時間をずらしたりできる。以前より柔軟に働けるようになっている。

 一方で、追い込みたい日は午後10時まで働くこともある。台風など安全に関わる局面では、突発的な対応が必要になる。

 ただし、長時間労働が常態化しているわけではない。繁忙期と落ち着いている時期の差が大きく、早く終わる日は、以前の現場で世話になった職人と飲みに行くこともある。「メリハリのある働き方の方が性に合っている」(石坂氏)と言う。

 精神的な負荷も小さくない。専門工事会社には、打ち合わせを担う番頭、現場を束ねる職長、その下で働く職人という指示系統がある。どこかで伝言ゲームがつまずくと、施工は滞り、品質や安全面にも影響が出る。良くも悪くも結果がすぐに見える。仕事が前に進んだり、つっかかったりする手応えを直に感じられるのが現場の面白さだ。

所長を目指すと腹をくくった理由

 数カ月後には、石坂氏の下に若手が付く。これまで部下を持つ経験は少なく、戸惑いもある。それでも、上からの指示をそのまま下に渡すのではなく、自分の言葉に置き換えて伝えることの大切さは、身をもって知っている。職人との関係で学んできたことを、後輩にも伝えたいと考えている。

 その先に見据えるのが、40代での所長就任だ。以前は現場の仕事に面白さを感じ、「ずっと主任でいい」と思っていた。考えが変わったきっかけは、30代半ばで経験した本社勤務だ。多くの現場所長や職人、社内外の関係者と接する本社勤務を通じて、「木造に強い」という専門性を磨き、成長できた。自分を育ててくれた職人や協力会社に恩返しをしたい。そうするには、所長となって自分が現場全体を率い、互いに納得できる健全な現場をつくるしかない。そう腹をくくった。

 憧れた職人に近づき、悩み、支えられてきた経験は、今度は現場を率いる覚悟に変わっている。

かつては「ずっと主任でいい」と思っていたが、自分を育ててくれた人たちのためにも所長を目指そうと考えを変えた(写真=竹井 俊晴)
かつては「ずっと主任でいい」と思っていたが、自分を育ててくれた人たちのためにも所長を目指そうと考えを変えた(写真=竹井 俊晴)

日経ビジネス電子版 2026年9月9日付の記事を転載]

人工知能(AI)で激変する労働市場。じわり増える高収入ブルーカラー層の実像から、ホワイトカラーが揺らぐ時代の針路を探る。大工に電気工事士、すし職人、アパレル販売員、マグロ漁船の船員、米農家……そして米国事情まで。19人の実例を綿密に取材。学歴やスキル以前に需給で決まる報酬の現実を捉える。

佐藤斗夢、大西孝弘(著)/日経BP/1210円(税込み)