人工知能(AI)の発展と普及で激変する労働市場。じわり増えつつある高収入ブルーカラー層の実像から、ホワイトカラーが揺らぐ時代の針路を探る。新刊『
ブルーカラー年収1000万円時代(日経プレミアシリーズ)
』から「大企業の正社員大工」という新しい働き方を紹介する。積水ハウス建設ホールディングス(HD)が2024年に本格始動した「クラフター制度」の下では、高卒33歳の「チーフクラフター」が年収800万円以上を稼ぎ、引く手あまたの工業高校生の間でも魅力的な就職先として注目を集めている。
※ 本稿では「年収800万円超」のケースを抜粋したが、書籍『ブルーカラー年収1000万円時代』は「年収1000万円」を一つの目安に、「年収3000万円超」の建設技能者や「緩く働いて年収500万円」の電気工事士、「年収1500万円」のすし職人など、幅広い事例を紹介する。

かつて「きつい・汚い・危険」として3K職場の代表格と見られていた建設業。その年収が急上昇している。国税庁の調査によると、建設業の平均給与は2024年までの10年間で95万円増加している。平均給与は600万円弱だが、トップクラスでは1000万円を超える人たちが続出している。
背景には、圧倒的な人手不足がある。名古屋鉄道の名古屋駅や名鉄百貨店の建て替え工事が建設費用の高騰で暗礁に乗り上げるなど、人手不足による工事の中止・見直しが相次いでいる。リクルートワークス研究所によると、40年には建設業で66万人が不足する見通しだ。
各社は技術者や技能者といった現場職の囲い込みに躍起になっており、正社員化や待遇改善を進めている。
住宅建設の現場にも大きな変化が起きている。
リスクを取って直接雇用に踏み切る
住宅建設各社は、景気の波に合わせてコストを調整しやすい外注に依存してきた。協力会社(下請け)の先に個人の事業主の一人親方が連なり、雇用関係や社会保険の負担が曖昧なまま現場を回す商習慣も残る。
大工を正社員として抱えれば固定費が増えるため、「需要が見通せない中では、直接雇用には踏み切れない」(ある大手ハウスメーカー幹部)のが実情だった。
その慣例を破り、あえてリスクを取る道を選んだのが積水ハウスグループの積水ハウス建設ホールディングス(HD)だ。積水ハウス建設HDは2023年から職人の直接雇用を積極化し、24年に「クラフター制度」を本格始動した。
65歳定年までの雇用を前提に職人を抱え、33年に1000人体制を目指す。高卒を中心に、採用は年間30〜40人から年間130〜140人に増やす。入社後半年間は、全寮制訓練校で同期と寝食を共にしながら学ぶ。26年4月1日時点で683人が在籍し、同年4月には112人が入社した。

26年1月、寒風が吹く都内の住宅新築現場を訪れると、おそろいの作業着を着た若手が手際よく動いていた。高校卒業から数年の若手も目立つ。積水ハウス建設の正社員大工で、東東京事業所では取材時点で約40人が19〜33歳と、若年層が中心だ。50〜60代が主力の現場が多い中、その陣容は異彩を放つ。
この現場で働く高卒入社1年目のクラフター、阿部玲司氏は、幼い頃から自営業の内装職人として働く父の姿を見て育った。工業高校の建築科を卒業し、25年に積水ハウス建設に入社した。

引く手あまたの工業高校生が選ぶ「好条件」とは
工業高校の生徒にとって、就職先は選び放題に近い。阿部氏によると、在学していた高校では、機械科、建築科、電気科の3科合計で求人が3000件を超えていた。1学年は約250人。人手不足を背景に、高卒人材は引く手あまただ。その中で阿部氏は、福利厚生や年間休日、技能を段階的に高められる制度を見て、積水ハウス建設を選んだ。
「父が内装職人で、小さい頃から自分で何かをつくるのが好きだった。高校も建築科に進み、自分も作り手になりたいと思った」。阿部氏は入社動機をこう振り返る。尊敬する人物を聞くと、「父」と即答する。父の現場を見に行ったこともあり、仕事ぶりを「格好いい」と感じてきた。
父は、阿部氏がクラフターに応募することに賛成した。「自営業は自分で仕事を取らなければ収入にならない。父から正社員で安定して仕事があるのはいいことだと言われた」。個人事業主の厳しさをよく知る人が身近にいたからこそ、正社員として技能を磨ける道に引かれた。
実際、父と自分の働き方に違いを感じている。「父と比べると、休みはかなり多い」(阿部氏)。年間休日は最大129日で、有給休暇も取得しやすい。それでいて現場に出て、ものづくりの醍醐味も感じられる。「自分が手を動かした分だけ、家が形になっていく。その手応えがやりがいだ」。今はまだ父の足元にも及ばないとしながらも、「腕を磨いて、いつか父の背中を超えたい」と目標を口にする。
「見て覚えろ」から「丁寧な指導」へ
高校を卒業したばかりの若手を育てるのが、同じ東東京事業所でチーフクラフターを務める児玉幸太氏(33歳=取材時)だ。秋田県出身で、高校卒業後に上京し、積水ハウス建設に入社した。若手中心の班を率いる。
児玉氏が意識するのは、昔ながらの「見て覚えろ」からの転換だ。「自分も見て覚えろと言われた経験はある。しかし、実際には最初から丁寧に教えた方が、教える側も教わる側も頭に入りやすい」。こう語る児玉氏をはじめ、チーフクラフターたちの指導姿勢に阿部氏も信頼を寄せる。
「一度で理解できなくても、聞き返せば何回でも教えてくれる。現場に入る前は怒鳴られる不安もあったが、実際は先輩がみんな優しい」
もちろん、教える側には打ち明けにくい本音もある。児玉氏は「同じことを4回、5回と聞かれると、正直もどかしい。それでも繰り返し教えている」と笑う。根気よく教える背景には「長く頑張ってほしい。若手を現場に残したい」という思いがある。

33歳、現場リーダーは年収800万円超
積水ハウス建設HDではクラフター制度の導入に伴い、社員の処遇の軸足を年功序列から職務給へ移した。クラフターの等級は若手の「ホープ」、現場リーダー格の「チーフ」、熟練の「マスター」の3段階とし、成果給を厚く組み込んだ。
児玉氏は「今の年収は800万円を超えている」と明かす。制度導入前と比べ、1.5倍から2倍近い年収だという。「入社当時は、建設現場でここまで稼げるとは思わなかった」と驚きを口にする。
働き方が過酷なわけではない。児玉氏の残業は月30〜40時間ほど。土曜日に出勤することはあるが、日曜と祝日は休む。休日にはよく趣味のスポーツ観戦に出かける。残業や土曜出勤もある児玉氏のような現場のリーダー格に対し、前述の阿部氏のような若手は、土日祝が休みの週5日勤務が基本だ。土日しか動かない現場に入る場合は、代休で調整する。
職人としてのキャリア形成を考えたとき、積水ハウス建設HDのクラフター制度で得られる相対的に高い年収は副次的な魅力かもしれない。
管理職の道もあれば、現場に残る道もある
職人として働く技能者は30〜40代で「次のキャリア」を模索することになる。比較的多いのが施工管理を担う現場監督へ転じるケースで、いわば管理する側への転身だ。しかし、管理職の仕事はしたくないという人も職人には多い。そのような中で、熟練した技能を武器にプレーヤーとして長く働ける「マスター」職のキャリアを用意したことの意味は大きい。従来と比べてホワイトな働き方も、長く働くことに資するはずだ。児玉氏も「このまま現場仕事でトップを目指したい」と意気込む。
もちろん、現場監督へ転じる道もある。「体力面で現場仕事が難しくなったときには、現場監督に進む選択肢がある。そうした面も含めて、働き続けやすくなった」(児玉氏)と評価する。
若手が多い現場は、積水ハウス建設HDが抱く危機感の裏返しでもある。
これまで頼りにしてきた協力会社は若手の採用に苦戦し、職人の高齢化が進むばかりだ。職人の採用支援事業を手掛ける助太刀(東京・新宿)の我妻陽一社長は「職種によっては1年間募集しても採用が0人という会社も結構ある」と話す。
住宅建設業界ではすでに繁忙期に職人を確保できず、着工できない事態も起きている。積水ハウス建設HDの三宅寛・総務人事企画部長は「(このような事業環境を放置していては)中期経営計画で定めた成長戦略すら危うくなる」と危機意識も語る。
積水ハウス建設HDは現状を放置せず、アクションを起こした。三宅氏は、「大工をこれだけ直接抱える住宅メーカーは珍しいはずだ」と自信を見せる。直接雇用の施工部隊をさらに大きくできたなら自立させ、他社の工事を受けるなど新たな事業機会の開拓も狙っているという。
[日経ビジネス電子版 2026年9月4日付の記事を転載]
佐藤斗夢、大西孝弘(著)/日経BP/1210円(税込み)
