「昭和」が終わって30数年。あなた自身が「昭和人間」の場合も、身近な「昭和人間」についても、取り扱い方にはちょっとしたコツが必要です。「昭和人間」ならではの持ち味や真価を存分に発揮したりさせたり、インストールされているOSの弱点をカバーしたりするために、有効で安全なトリセツを考えてみましょう。今回は昭和人間にとって楽しくも危険なオモチャである「SNS」について。

 一部の昭和人間は、SNSなしでは生きられません。ひと口にSNSといっても、オシャレで楽しげなキラキラ投稿を見せ合う「Instagram」から、常にギスギスネチネチと誰かを責めてばかりいる「X(旧・Twitter)」、おじさんとおばさんが昔話や自慢話を肴(さかな)にキャッキャ言い合う「Facebook」など、いろんな世界があります。いつの間にか入れられて抜けたくても抜けづらいLINEグループも、いちおうSNSの一種ですね。

 20世紀からマニアが集うSNSはありましたが、多くの昭和人間が最初に出合ったメジャーなSNSは「mixi」でした。かれこれ20年ぐらい前です。最初は誰もがほのぼのとした交流を楽しんでいました。しかし、そのうちに「足あとを付けたのにコメントしないなんて」「日記を投稿しても全然読んでくれない」といったどうでもいい衝突が起きるなどして、交流を面倒に感じる「mixi疲れ」という言葉も生まれます。

 そんなこともあって「mixi」は、急激に衰退しました。ただ、入れ替わるように勢力を拡大したTwitter(当時)でも、そのちょっと後にメジャーになった「Facebook」や「Instagram」でも、似たような衝突や論争が繰り返し起きています。人はどんな場所でも、スキあらば諍(いさか)いを起こさずにはいられないのかもしれません。

 「厄介なもの」という共通認識はありつつも、それぞれのSNSはそれぞれのニーズを受け止めて、たくさんの人に利用されています。今は、適度にすみわけが進んだ状態と言えるでしょう。当たり前ですが、どのSNSにも、楽しかったりタメになったり便利だったりする部分はあります。一方で、面倒臭さや危険性も枚挙にいとまがありません。

 昭和人間と相性がいいSNSといえば、なんといっても「Facebook」です。すでに世間的には「過去のツール」であり、若者の利用者はほとんどいません。しかし、SNSとの腐れ縁は断ち切れないけど、「X」の殺伐とした雰囲気にも「Instagram」のキラキラ感にもなじめないタイプの昭和人間にとって、「Facebook」は一種の楽園です。同年代しかいないので若者に気をつかう必要がないし、基本的に実名というところも大きなポイント。昭和人間には「匿名は卑怯(ひきょう)」というイメージが刷り込まれています(個人差も諸説もあり)。

Facebookではまりがちな5つの落とし穴

 ある程度は分別をわきまえた年代が集っているはずの「Facebook」ですが、傍から見て「うわっ」と感じる書き込みを見ることも少なくありません。自分自身も、書いた後で「やっちゃった……」と反省するケースもあります。

 平和に穏やかに「Facebook」を使うに当たって、どこに気を付ければいいのか。「昭和人間がはまりがちなFacebookの5つの落とし穴」をピックアップしてみましょう。自分自身の取り扱い方に関して、危険なポイントを再確認していただけたら幸いです。

●落とし穴その1
「こんな不愉快(理不尽)な目に遭ったと愚痴をこぼす」
 「Facebook」は馴れ合いの世界です。愚痴を書けば、慰めや励ましのコメントをたくさん付けてもらえるのが常。そんな甘い蜜を求めて、油断すると不愉快な目に遭った話を書き込みたくなります。慰めるほどの間柄ではない場合、マイナスの感情を伝染させられるのは、迷惑以外の何ものでもありません。そして、本人は「自分は悪くない」という前提でも、客観的に見て「それは自業自得だろ」と感じさせられることも多々あります。
●落とし穴その2
「かつてこんなにすごいことをしたアピールがうるさい」
 昭和人間にとって、自分の過去の道のりは自慢話の宝庫です。自慢のネタが本当にすごいか、いまいちしょぼいかは関係ありません。さすがに年の功で、ストレートな自慢話をすることはないにせよ、よく読むと遠回しな自慢だったり、核心をチラッと匂わせて突っ込まれるのを待っていたりするような投稿は、ついやってしまいがち。見る側も年の功で、意図をくみ取って突っ込んであげたりするので、ますます癖になります。
●落とし穴その3
「自分の得意分野の話が出ると反射的に『教え魔』になる」
 とくに現役をリタイヤしていたり、リタイヤ同然だったりする昭和人間は、自分の「すごさ」を発揮する場面がありません。誰かが自分の得意分野に関する投稿をしていると、聞かれてもいないのにあれこれ教え始めたり、細かいダメ出しをしたりしてしまいます。本人は親切のつもりですが、書かれた側としてはうっとうしいだけ。しかも、第三者としては、感心するどころか「ああ、この人、寂しいんだな」という印象しか受けません。
●落とし穴その4
「いわゆる炎上案件があると、すぐに尻馬に乗って叩く」
 これも、自分の「すごさ」を示したいが故に、ストッパーが外れてしまうケース。叩かれている相手のことをよく知らなくても、気持ちよく叩いている本人は自分がやっていることのおこがましさには気づきません。正義の味方になった気持ちよさを存分に味わえるのが怖いところです。「今の政治」や「今の若者」に対する批判も、仕組みは似たり寄ったり。本人は「賢そうに見えている自分」をイメージしてしまうのが、またトホホです。
●落とし穴その5
「間違いを指摘されたり注意されたりすると逆上する」
 昭和人間は、若い頃に比べて確実に「自分の非を素直に認める」という行為が苦手になっています。趣味のグループへの投稿で「ルールなので、必ずこういう情報を入れてください」と注意された人が、カンに障ったのか、自分を強引に正当化しつつ嫌味な捨てせりふを吐く光景を目にしたことは、一度や二度ではありません。友達の投稿へのコメントでも、勘違いや間違いをやんわり指摘されたときに、素直に謝れる人は少数派です。

 他にもたくさんの落とし穴があります。ただ、あらためて自分に言い聞かせておきたいのは、どれも「お互いさま」だということ。こんなことを書いている私も、たくさん身に覚えがあります。お友達の皆さま、その節はすみませんでした。

 「Facebook」を使うときは、自分の取り扱い方に細心の注意を払う一方で、他人の行動には思いっ切りおおらかになることが大切です。ここに挙げた「5つの落とし穴」は、人のふり見てダメ出しをするためのリストではありません。こういう光景を見たときには、わがふり直すために参考にさせてもらいつつ、全力でスルー力を発揮しましょう。

痛々しい振る舞いを目撃したとしても、おおらかに受け止め、わがふりを直すヒントと捉えよう 写真(kimi/stock.adobe.com)
痛々しい振る舞いを目撃したとしても、おおらかに受け止め、わがふりを直すヒントと捉えよう 写真(kimi/stock.adobe.com)
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なぜ若者がFacebookから消えたのか

 「Facebook」が今ほど「昭和人間御用達SNS」になる前は、若者の皆さまにもずいぶんご迷惑をお掛けしたものです。「上司や先輩から友達申請が来たけど、できればつながりたくない。どうすればいいのか?」というテーマは、かつての悩み相談の定番でした。その昔、上司から「なんで『いいね!』を押してくれないの」と責められた人も多いでしょう。

 そりゃあ、若者がサーッといなくなるのも無理はありません。さすがに最近は、ちょっと仲良くなった若者に「Facebookやってる? 友達申請送っていい?」と言ってくる昭和人間は。ほぼいなくなりました(昭和人間同士では、そういった会話が交わされることはまだたまにあります)。若者の皆さんが、万が一そう聞かれたとしても、迷わずきっぱり「いや、やってません」と言ってもらえば大丈夫です。

 相手がしつこい性格だと「なんでやってないの?」と聞いてくるかもしれません。そんなときは「うーん、よく分からなくて」と軽く流しましょう。なまじ誠実に答えようとして「実名だと何となく怖くて」「お互いに『いいね!』を付け合う文化は性に合わない気がして」なんて言うと、ムッとされるか面倒臭い反論をされるかのどちらかです。

 何でも仲良く一緒にやるのがいいとは限りません。昭和人間は「Facebook」という名の居心地がいいスナックで、同年代の知り合いと昭和人間っぽい話に花を咲かせたり遠回しな自慢話に感心し合ったりして盛り上がります。それぞれの場所で楽しくやっていきましょう。

昭和人間(自分を含む)との付き合い上の注意――今回のポイント
  • SNSは面倒臭くて危険なツールという前提を忘れるべからず
  • 昭和人間だからこそはまりがちな「落とし穴」に注意しよう
  • それぞれに居心地がいい場所で楽しくやれたら、それでよし

文/石原壮一郎