少子高齢化に伴う深刻な人手不足と、デジタル化の進展による急激な人余りが同時に起きつつある日本社会。なぜ、「人手不足」と「人余り」という一見矛盾した現象が両立するのか。そうした社会のなかで、価値ある人材としてあり続けるにはどうしたらいいのか。企業再生支援の第一人者で、近刊『ホワイトカラー消滅 私たちは働き方をどう変えるべきか』(NHK出版新書)が話題の冨山和彦氏と、多摩大学サステナビリティ経営研究所所長の堀内勉氏(『読書大全 世界のビジネスリーダーが読んでいる経済・哲学・歴史・科学200冊』著者)が、日本社会でビジネスパーソンがとるべき戦略と「新しい教養」について語る。2回目は、社会変化に伴う人生のサンクコスト(埋没費用)の清算と、企業で働く人が生み出すべき付加価値について。
どうすれば「人生のサンクコスト」を清算できるか
堀内勉氏(以下、堀内): 前回 、企業内でのポジション獲得ゲームからの撤退はサンクコスト(埋没費用)が高すぎるという話をしました。
実は僕自身、日本興業銀行(興銀)を辞めるかどうかは、1997年当時、相当悩みました。東京大学から興銀に入って留学までさせてもらいましたし、大本営的な経営企画の部署に配属されたこともあって、真面目に銀行の中でポジションを上げて偉くなろうという思いも持っていたんです。ただ、期せずして銀行内がぐちゃぐちゃになってしまって、30代後半で銀行を去る決断をしました。
冨山和彦氏(以下、冨山):そのルートから自ら外れるのは勇気がいりますよね。
堀内:そのような人生の組み立て自体、冷静に考えたら健全ではないんですよね。でも、やはりそう思いたくないという気持ちはすごくありました。それで当時、銀行の経営企画部門に突如入ってきた東京地検の取り調べを受けながら、倒れゆく銀行を支えなければというなかで、もしかしたらこれは単なる悪い夢を見ているにすぎなくて、目覚めたら本当は「あれは夢だったんだ」となってくれないかと願っていたのですが、でも、明らかに時代は変わっていましたし、構造自体がおかしくなっていました。
おかしくなった構造の上に乗っかってのポジション争いというのは、沈みゆくタイタニック号の中で、一番いい席を奪い合うようなものです。そんなことをしていても意味がない。船は沈みつつあるわけですから、次のステップを考えなければいけない。
多摩大学大学院経営情報学研究科教授、多摩大学サステナビリティ経営研究所所長、一般社団法人100年企業戦略研究所所長
冨山:それでも辞めなければ、頭取の椅子が見えてきたかもしれないのに。だって留学して、経営企画でしょう?
堀内:いやいや、頭取なんていうのは運がめぐってくるかどうかが大きいので、そういうことはないですよ。実際問題としては、現実を冷静に見つめてみれば、「沈みゆく船が沈まないように努力する」か、「船から下りる」かの二択しかなかったわけです。
もちろん、なんとかこの沈みゆく船を支えたいと思いましたよ。14年間もいた会社ですし、留学もさせてもらっているし、そこそこのポジションにはいるという自覚もあったし。でも、当然ですが1人で大組織を支えるなんてできませんし、役員レベルの人を含めてずいぶんと話をしたものの、さすがにこれは無理だなというのを思い知らされただけでした。今になって振り返ってみれば、たぶん、『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』(戸部良一、寺本義也、鎌田伸一、杉之尾孝生、村井友秀、野中郁次郎共著/中公文庫)にあるような状況に陥っていたんだと思います。それで、自分の人生を組み立て直す方向へ、つまり銀行を離れて別の人生を歩むことにしたのです。
冨山:そのとき、何歳でしたか。
堀内:37歳くらいかな。
冨山:その年齢で別の人生を選ぶとなると、当時は今の37歳以上に思い切りが必要でしたね。今では転職年齢はだいぶ緩くなりましたが。
堀内:今はそんな話はあまり聞かないですが、あの頃は「35歳までに転職しなければ転職は無理」だと言われていましたからね。「年齢」というのが、それくらい重みを持っていた時代でした。
自分の生き方を自分で選ぶ
堀内:あの頃は本当に、人生で一番悩んでいましたね。冨山さんのように、はじめから日本の産業界の構造問題に気がついて、それを立て直すために再生側に行った人とは違って、僕は「あー、どうしよう」とあれこれ悩んでいる時間がかなりあったんです。
冨山:堀内さんの著書の『読書大全』には、金融危機で切羽詰まった状況のときに、「ある意味で自分の存在をかけて、必死に読書をしたように思います」とありますね。
堀内:そうなんです。人生が足元から揺らいだわけですから、本当に必死でした。それで、時間をかけてようやく、それまでの生き方に引導を渡すしかないと気づいたんです。「ルビコン川を渡る」というか、「ここがロドスだ、ここで跳べ」というか、そういう感じでしたね。
それで興銀を辞めたあと、本にも助けられてどうにか組織に依存せずに自分で生きることができるようになって、ゴールドマン・サックスに勤めたり、森ビルのCFO(最高財務責任者)をやったり、大学の先生になったり、これまでいろいろしてきました。そのなかでは、組織ではなく、個人の生き方に光を当てるようなことを、知らず知らずのうちにやってきたように思います。それは自分の人生のリフレクション(内省)でもあります。
冨山:今、携わられているエグゼクティブ教育も、その流れにあるのですか?
堀内:そうです。ただ、僕がエグゼクティブ教育やリベラルアーツ・プログラムに関わるなかで何を言っているかといえば、「個人の生き方を、自分でちゃんと見つめ直してください」ということだけなんです。あなたを取り巻く日本社会が悪いとか会社が悪いとか、いろいろ言いたいことはあるでしょうけど、結局はあなた自身がどう生きるかが問題なのであって、あなた以外にあなたの人生の責任を取ってくれる人はいないんですよ、あなたの代わりにあなたの人生を生きてくれる人はいないんですよという、冷静に考えてみれば当たり前みたいなことを繰り返し言っているだけなんですよ。
冨山:興銀時代に堀内さんが味わったようなことを、みんな今、一斉に味わっているのでしょうね、きっと。
IGPIグループ会長、日本共創プラットフォーム(JPiX)代表取締役社長
堀内:冨山さんの『ホワイトカラー消滅』も、当時の僕のようにあれこれ悩んでいる人に引導を渡してくれる本ですよね。日本の企業で働いているホワイトカラーの人たちに、生き方の指針のようなものを与えてくれると思います。
冨山:そういうふうに受け取ってもらえたらうれしいですね。
堀内:冨山さんも企業の立て直しという過程のなかで、企業再生というプロセスを通じてホワイトカラーの生き方を問うてきたわけじゃないですか。僕は直接的に、個人に訴えかけるかたちでビジネスパーソンの生き方を問うてきたんですね。
さっき、最初から再生側の道を進んだ冨山さんとは違ったと言いましたが、今、お互いにこの年になって我々の人生を振り返ってみれば、同じ山の頂を目指して、別の登山ルートから登っていたんだなと感じています。
「もらっている給料分の付加価値」という一つの基準
堀内:冨山さんはどの著書でも一貫して、ビジネスパーソンに生き方を問うていますよね。今回の本でも、危機感を持ったホワイトカラーは多いと思います。
冨山:ホワイトカラーが危機感を持つべきだと私が発信するのは、管理職になるほど、付加価値を生むことが難しくなるからです。銀行員だって若いときには、外回りの営業で、靴底をすり減らしている。ブルーカラーに近い仕事をしているわけです。でも、偉くなってくるとデスクワークが中心になって、会社から外に出なくなってしまう。
堀内:冗談ではなく、社外に出たり、社外の人と付き合うのは、夜の宴会と土日のゴルフだけなんてこともありそうです。
冨山:ある種の思考シミュレーションとして、自分が今日1日した仕事でいくら稼げるか、そして自分はそれにいくらもらっているのかを考えてみてほしいんです。まずもらっているほうから考えると、年収1000万円の人で、1日8時間、月20日働いているとしたら、年間1920時間の労働です。それで年収を割ってみると、時給は5208円。日給にしたら4万1664円です。
一方で、1日の業務内容を考えてください。「メールを書きました」「資料を提出しました」…。それでいくら取れるでしょうか? 大企業にいると1人の働きが、巨大なシステムの中の1プログラムでしかないので、自分の頑張りや成果が最終的にどのようなかたちで収益に結びついたのかが見えません。
1日4万円を超えるそのお金を、誰が払ってくれるんですか? その日給に見合った仕事を、今日しましたか? そういう問いを、大企業に勤めている方ほどしなくなってしまうんです。
堀内:冨山さんの言う「自分が今日1日した仕事でいくら稼げるか」というのは、自分が動かしているお金のこととは違いますよね。自分は数億円、数十億円、あるいは数百億円の案件を動かしている、という自負を持っている方も多いと思いますが。
冨山:はい、違います。巨大な資金を動かしていたとしても、AさんがやってもBさんがやっても同じだとしたら、その人自身に価値があるわけじゃない。ほとんどの大企業の仕事は、リプレーサブル(交代可能)です。そうではなく、自分が生み出した付加価値を考えること。
堀内:となると、確かに大企業で働く人ほど、そうした本質が見えにくくなってしまうかもしれませんね。
冨山:企業の再生に入ると、自分の生み出す付加価値について理解している人とそうでない人の差がすごくよく分かるんですよ。必ずと言っていいほど「この会社の〇〇事業は、私でもっているんです」と言いにくる人がいますが、僕は、そういう人からリストラ対象として考えます。
堀内:助命嘆願に来る人ほど、実際は付加価値を生んでいないと。
冨山:これはほぼ抽象化された真理です。実例をたくさん経験したので、N(母集団のサイズ)は大きい。理由は簡単で、自分が付加価値を生み出している自信のある人は、助命嘆願に来ないし、そもそも忙しいからそんなことをする暇がない。助命嘆願に来る人というのは、自信がないから一生懸命説明しようとするわけですし、これまでもそうやって生きてきた人なんですよ。
再生局面に求められるのは付加価値を生んでいる人・生んでいない人の選別ですから、これはすごく分かりやすいんですね。
堀内:それまでの会社からの人事評価ではないんですよね。
冨山:その人の人事評価はほとんど見ませんよ。だって、それまでまともに人事評価が機能していたら、その会社、潰れないですから。
結局、再生が必要な会社の中で「相手に気に入られるにはどうするか」ということをし続けていては駄目なんです。明治維新後に武士が「士族」という身分を失ったのと同じように、この先「ホワイトカラー」という身分がなくなってしまえば、しがみつく先はなくなります。ただ、歴史的に見ると、そこまでいくと日本人って意外と順応能力がある。最後はそういう日本人的なサンクコストの清算に、私は期待しています。
(構成/黒坂真由子、撮影/尾関祐治)


