活字メディアがインターネットに代替され、あらゆる領域にAI(人工知能)が浸透していく中で、紙の本が生き残る道の1つは、「モノとしての本の価値」を高めていくことだろう。そこで、日本でもっとも「モノとしての本の魅力」を知っていると思われる編集者で、『デザインのひきだし』編集長の津田淳子さんにインタビューを行った。1回目は、津田さんが装丁や紙・印刷の世界に興味を抱くようになったきっかけ、新たな環境で編集を担当した近刊などについて聞いた。

『デザインのひきだし』57冊を一人で企画

 私は編集者として、デザイン・印刷・紙加工の実践情報の本『デザインのひきだし』を企画し、ずっと作ってきました。紙や印刷製本をテーマにした企画を立て、リサーチ・取材をし、実際に印刷加工の実験なども数多く行って本を作っています。特集の3分の1くらいの原稿を自分でも書いています。写真はカメラマンに依頼するのが基本ですが、遠方の工場や海外取材などでは自分で撮影することも。もちろん本づくりすべてを一人で行うのは無理なので、フリーランスの方にリサーチや原稿執筆をお願いしたり、DTPやデザインはデザイン事務所に依頼したりしています。

 企画は、創刊からずっと一人で行っています。印刷や紙、各種加工に興味を持っている方、効果的に使いたい! と思っている方、つまり同じ志を持っている方々に、そういった情報を届けたいと思って作っているので、自分では同人誌のようだと思っています。実際のところ、読者の方々は私にとっての「同人」です。

 日本には紙や印刷に興味のある人がたくさんいます。『デザインのひきだし』の発行部数は1万3000部。毎号実物サンプルをつけているので重版はできず、初版で「売り切れご免」となります。ありがたいことに売れ行きは好調です。毎号出版するたびに「日本には印刷や紙、加工に興味を持っている方がこんなにもたくさんいるんだな」ということを実感できて、大変心強いです。今後も本書を支えてくれる仲間のみなさんに向けて、「こんな紙があるよ」「この印刷技術はすごいよ」と、紹介し続けていきたいと思います。

「『デザインのひきだし』の読者は、私にとって同人だと思っています」と話す津田淳子さん
「『デザインのひきだし』の読者は、私にとって同人だと思っています」と話す津田淳子さん

 『デザインのひきだし』は2005年に企画し、2007年にグラフィック社で創刊、56冊を刊行してきました。2024年からグラフィック社の代表取締役も務めていましたが、2025年末に会社の都合で退任することになり、それに伴って『デザインのひきだし』も同社からの刊行が終了となりました。

 そこで同社と協議をし、私の裁量で、他版元で出版を継続できることになり、2026年6月からは水鈴社に版元を変えました。SNS(交流サイト)で『デザインのひきだし』のグラフィック社での刊行が終わったことと、私がどこか別版元を探して継続すると報告したところ、ありがたいことに30社以上の出版社からオファーが届きました。

 その中でも真っ先に連絡をくれたのが、水鈴社社長の篠原一朗でした。知己の仲でしたが、篠原は「紙や印刷、製本の技術を紹介する『デザインのひきだし』という本が日本で出版されていることが重要なんだ。ずっと作り続けてほしい」と言ってくれました。「迷惑をかけないように頑張りますので、よろしくお願いします」ということで、私は26年2月から水鈴社に所属しています。

 先に述べたように、グラフィック社では社長も務めていたので、編集以外の業務にかなりの時間を割いていました。でも今は編集の仕事に集中できているので、とても幸せです。

 『デザインのひきだし57』の特集は「紙の選び方がもっともっとうまくなる!」。本を作るときに絶対に必要なのが「紙」です。紙選びのための基礎知識や、おすすめの紙157種類を綴(と)じ込んだ付録「超特大・紙見本帳」も楽しめます。印刷や紙の世界は写真だけだと質感が伝わりにくいので、可能な限り現物付録を付けるようにしています。

『デザインのひきだし57』のテーマは「紙の選び方がもっともっとうまくなる!」。実物サンプル特典として「超特大・紙見本帳」が付く
『デザインのひきだし57』のテーマは「紙の選び方がもっともっとうまくなる!」。実物サンプル特典として「超特大・紙見本帳」が付く

「詫び状を書くのに最強」のレターヘッド

 もともと私は本が大好きでした。『本の雑誌』で働くのが夢で、同誌のアルバイト募集にも応募しましたが、落ちてしまいました(苦笑)。その後、編集プロダクションに入って、DTP制作に携わるようになり、次第にDTPにはまっていきました。

 日夜、どうすればうまく組版ができるか、修正の際はいかに手数を少なく作業できるデータを作るか、組版の自動化やフォトショップやイラストレーターを使いこなして効率的に作業するにはどうしたらいいかを考え続けていました。当時のめり込んでいたことが、何十年もたった今も自分を助けてくれています。つくづく人生で無駄になることはないなと感じます。

 小さな頃から本を買うのが好きで、社会人になってお金に余裕ができると、ジャケ買いならぬ本の「装丁買い」をするようになりました。好きな作家の本や書評で推薦されている本は「読むための本」、すてきな装丁の本は「眺めるための本」として、毎月たくさん買っていました。

 ところが社会人になって数年たつと、忙しさのあまり書店に行けなくなった時期があって。私は常に本を3~4冊を持ち歩き、併読するのですが、書店に行けなくなった時期に、読むための本が自分の本棚から枯渇してしまいました。

 そこで初めて「眺めるための本」が置いてある棚から1冊読んでみたら、「何だ、これは!」とあまりのおもしろさに衝撃が走りました。その本は悲しいストーリーで、読んだ後にカバーを見返したところ、ずんと胸に迫るものがありました。そうか、装丁というのは本に出合うきっかけになるだけではなくて、読後に読者の感動を増幅させる役割があるんだ、と気づいた瞬間でした。

 そこからは装丁買いした本を次々と読み、20代後半に「装丁」と「本の中身」を結び付けるブックデザインに興味を持つようになりました。

 『Casual Design』(Tom Garner著/Happy Books)は、その頃に出合った1冊です。本書はアメリカのカジュアルデザインのアイデア集で、ショッピングバッグのような取っ手が付いています。もう「この取っ手かわいい!」と、中身がどんな本かも知らずに買ったのですが、「こんな変わった形の本もありなんだ。いつか自分も作りたい」と思うようになりました。

『Casual Design』(Tom Garner著/Happy Books) 津田さん私物
『Casual Design』(Tom Garner著/Happy Books) 津田さん私物

 当時はDTPの専門誌を出している出版社に勤めていました。ブックデザインに関するムック企画を出して、“編集者の特権”で名だたる装丁家の方々を取材しました。祖父江慎さん、菊地信義さん、多田進さん……みなさんのお話を聞くうちにまた知りたいテーマが出てきて、その繰り返しでした。

 私は専門的なデザイン教育を受けたことはありませんが、現場で大先輩方にさまざまなことを教えていただきました。とりわけ祖父江慎さんは憧れの存在で、最初に取材依頼の手紙を書くときには本当に緊張したのを覚えています。

活版印刷のレターセットを注文

 嘉瑞工房という、世界でも有数の欧文活字を持っている活版印刷会社があります。取材にお邪魔したとき、「うちのレターヘッドでお詫び状を書くと、誰でも許してくれるんだよ(笑)」としゃれ交じりの話を聞かせていただきました。そんな威力があるのなら、取材の依頼をするお手紙に使いたいと、私個人のレターヘッドを欧文活版印刷で作っていただくことにしました。

 イギリスのコンケラーという高級紙メーカーの紙を使って、レターヘッドのファーストシート(名前と住所が書かれていて1枚目に使うもの)、セカンドシート(名前だけが書かれていて2枚目以降に使うもの)、コンプリメントスリップ(一筆箋)、封筒のレターセット一式を欧文活字で組んでもらいました。当時の私にとってはかなりのお値段で、清水の舞台から飛び降りるような気持ちでお願いしました。

 それ以降、「これで取材の依頼をすれば、みなさんに通じるかも」と、手紙を書き続けています。それぞれ1000枚ずつ印刷していただきましたが、十数年ほどで使い切り、今はコンプリメントスリップが少し残っているぐらいです。とても良いものにお小遣いを使ったなと思っています。

活字の「種」を作った人の物語

 嘉瑞工房は欧文書体の活字を取り扱っていますが、そもそも活字は金属型に鉛合金を流し込んで作られます。その活字を何本もパズルのように組み合わせて印刷したのが活版印刷です。

 では、その金属型のおおもととなる文字はどこから来たのかというと、「種字」です。日本ではその最初の文字型である種字を「種字彫刻師」と呼ばれる人々が、柘植の木や金属の棒などに手で彫っていました。言わば型づくりと書体デザインを同時に行う重要な仕事ですが、昔は誰が種字を彫っているのかはあまり注目されませんでした。

 でも、活字は誰かが生み出さないと存在しません。職人として黙々と種字を彫り続けた種字彫刻師たちに迫ったのが『 活字の種をつくった人々 』(雪朱里著/水鈴社)です。著者の雪朱里さんが少ない資料を丹念に集め、十数年前まではご存命だった種字彫刻師やその弟子、親族などにも話を聞いています。

『活字の種をつくった人々』(雪朱里著/水鈴社)。画像クリックでAmazonページへ
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 私は編集を担当し、この本のカバーに入った文字は活字を使って印刷してもらいました。今、活字を使った活版印刷をするのはなかなか難しく、大日本印刷が保管していた母型をお借りし、それを使って大正6年(1917年)創業の佐々木活字店で活字を鋳造してもらいました。よく見ると、カバーの墨文字が力強く圧をかけて刷られているのが分かりますし、紙との相性で少しかすれた部分があるなど、オフセット印刷の帯との違いが分かるはずです。手間はかかりますが、こうした印刷や紙の物理的な力を持った表現ができることも、紙の本を作ることの意義だと思っています。

取材・文/三浦香代子 取材・構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集) 写真/鈴木愛子