「スペースX」という企業は、ロケットの再利用や全世界高速インターネット衛星通信網など、常人では実現できない“奇策”で成長してきました。そのため同社の経営は「天才・イーロン・マスクがやることだから」で思考停止しがちです。が、実はいくつかの補助線を引くと、スペースXのテクノロジーやマネジメントについての考え方は案外すっきり理解できます。宇宙航空研究開発機構(JAXA)の現役ロケットエンジニアと、ディープテックへの投資経験が長いベンチャーキャピタリストが、ビジネスパーソンに参考になる形で、スペースXの考え方を読み解く書籍『 ロケット開発者と投資のプロが読み解くスペースX 』から、抜粋してお送りします。その第6回。=一部再編集あり、文中敬称略

(写真:NAYR Arts by Ryan/stock.adobe.com)
(写真:NAYR Arts by Ryan/stock.adobe.com)

 事業や製品開発が障害に突き当たったときの方策には、経営者の個性が表れます。

 「宇宙に初めて『規模の経済性』持ち込んだマスク氏 一石多鳥がカギに」(連載第4回)で、「マスクのスペースXの経営は、突き詰めて言えば『数の力で突破する』ことに集約できるように思います」と述べました。

 数の力とは、生産量や事業規模が拡大することにより商品1つ当たりのコスト(工場や設備の減価償却費、人件費などの固定費)が下がり、利益率が上がり、低価格競争に強くなり、投資の回収も早くできること(=規模の経済性)、を指します。

 「コスト低減、高いサービス、迅速な展開」といった、市場で勝つための原理原則」を、宇宙空間でも貫いたことが、イーロン・マスクの、そしてスペースXの方策だったわけです。ここまでは、コンステレーション衛星通信事業「スターリンク」の事業展開でその実例を説明してきました。しかし、経営者でもあり技術者でもあるマスクの個性は、技術開発にも強く表れています。

 今回はその例として、スペースXの競争力の根幹である高性能ロケット「ファルコン9」について、『ロケット開発者と投資のプロが読み解くスペースX』から抜粋・再編集してご説明しましょう。

スペースXの技術力の代名詞「ファルコン9」

 スペースXの技術力の代名詞となっているロケット、「ファルコン9」。現状、実運用として着陸・再利用が可能な世界唯一の第1段を持ち、1万機のスターリンク衛星を打ち上げ、前人未到の165機/年の打ち上げ記録、有人宇宙船をも打ち上げる能力を持つ、現時点で運用されている中では世界最強の機体です(単純な打ち上げ能力や大きさなどで比較するとファルコン9を上回るロケットは他にもありますが、打ち上げ実績、技術の達成度、有人打ち上げなどの総合的評価として、「世界最強」としています)。

 イーロン・マスクは米航空宇宙局(NASA)の資金と技術的助言をもとに短期間でこのロケットの開発に成功し、矢継ぎ早のモデルチェンジにより世界最強のロケットに上り詰めます。いったんは官の力を借り、しかしそれに甘んじず、市場原理をとことん追求して生まれたファルコン9。その姿は、世界の宇宙ビジネスの頂点に立つスペースXの背骨であり、そしてマスク流宇宙開発の精華でもあります。

 スターリンクが市場の読みを誤ったことから生まれたように、このファルコン9の開発のきっかけにも、やはりいくつもの「誤算と失敗」がありました。詳しくは書籍で説明していますが、そもそもの理由は、スペースXが開発した最初のロケット「ファルコン1」の打ち上げ能力が市場の需要とマッチしていなかったことにあります。

 マスクは、今後小型衛星の開発と打ち上げが活性化すると読み、かつ、他のロケットと差別化するために、ファルコン1を小型衛星の打ち上げに特化したロケットとして開発したのです。事実、小型衛星の時代は近づきつつありましたが、事業を支える規模にはまだ届いていませんでした。

 しかも、ファルコン1はシンプルな構造でサイズも手ごろで、創設したばかりのスペースXが最初に取り組むのにふさわしい機体でしたが、小型だから造るのが簡単で初心者向き、とは一概に言えない側面がロケットにはあります。造ってみると思いのほか難しく、ロケット設計の隅々まで目を配って十分な信頼性を成立させることができなかったことで、3回連続の打ち上げ失敗(2006~08年)に見舞われます。

 多額のロケット開発費を投じながら成功のメドが立たないスペースXは倒産の瀬戸際に追い込まれ、マスク自身も破産の危機に陥りながら、文字通り「努力と根性」で4号機(2008年)によって、辛くも初の成功にこぎ着けました。

 打ち上げには成功しました。しかしその時点ですでに「ファルコン1には十分な需要がない、資金も底を突きかけている」という大ピンチが待ち受けていたのです。

 マスクは、「ファルコン1を中止し、より大きなロケットを開発して、大型の人工衛星打ち上げサービスへ参入する」という大胆な決断を行います。ブルーオーシャンを期待した小型衛星を見切って、既存の市場へ打って出よう、というわけです。

 資金繰りが問題ですが、ここでNASAが行った異例の民間企業支援プログラム「COTS」そして「CRS」が、スペースXを救います。この話も、公が民間の力をどう育てていくかという点で非常に面白く、また日本にとっても大いに参考になるのですが、そちらは書籍に譲って、ファルコン9の開発の話を進めます。

開発済みのエンジンを9本まとめて使う

 ファルコン9とそれを飛ばすためのエンジンの開発、そしてその運用で、マスクは常識外れの“奇策”の数々を披露します。それらは物理学の原則にのっとってゼロから考え実行する戦略(マスクの思考を読み解く第1の補助線)と、「良いものを、早く、安く提供する」というビジネスの原理原則の戦略(第2の補助線)が統合され、生まれたものでした。

 ファルコン9の開発をスタートする際、その設計の下敷きにしたのは、当時はまだ打ち上げに成功していなかったファルコン1でした。

 マスクはファルコン1の第1段エンジンであった「マーリン・エンジン」を、ファルコン9の第1段、そして第2段のエンジンにも使うことにしました。

 ファルコン9はファルコン1よりはるかに大きな衛星を打ち上げるための大型ロケットですから、エンジンがそのままではもちろんパワーが足りません。そこで第1段エンジンに9基のマーリン・エンジンを束ねることにしました。ファルコン9の「9」の由来です。

 小型のロケット・エンジンを束ねて1つの強大なエンジンとする方式を、「クラスターエンジン」と呼びます。新たに大出力のエンジンを開発するのではなく、既存のエンジンを何本もまとめて必要な出力を得よう、という考え方です。

 この「クラスターエンジン」の採用こそが、ファルコン9の大成功につながるのです。

こちらは最新型ロケット「スターシップ」第1段のクラスターエンジン。ファルコン9のマーリン・エンジンよりずっと強力な「ラプター・エンジン」を33機も搭載している(写真=ロイター/アフロ)
こちらは最新型ロケット「スターシップ」第1段のクラスターエンジン。ファルコン9のマーリン・エンジンよりずっと強力な「ラプター・エンジン」を33機も搭載している(写真=ロイター/アフロ)

 クラスターエンジンのアイデア自体は別段、新しいものではなく、旧ソ連/ロシアのロケットに昔から採用されていました。人類最初の人工衛星を打ち上げた「スプートニク」を打ち上げた、Rー7ロケット(大陸間弾道ミサイルとして開発されたミサイルを転用)に始まり、現在でも「ソユーズ」「プロトン」のような歴史の長いロケットにクラスターエンジンが採用されています。

 精密な機械加工の技術に劣っていたロシアでは、大型のエンジンを開発するのが難しく、小規模エンジンを束ねて推力を増すしかないという制約があった、と言われています。

 一方の欧米(西側)のロケットでクラスターエンジンがそれほど活用されなかった理由はいくつかあります。

 まず、小型エンジンを多数載せると、同程度の出力の大型エンジン1基よりも重くなり、トータルコストも高くなります。もう1つは、複数あるエンジンの性能をピッタリそろえることが難しいこと。性能がばらつくとロケットの姿勢を乱す原因となり、その制御が難しかったのです。

 また、エンジンが多数あると不具合が発生する確率が上がります。もし多数あるエンジンの1つが不具合を起こして止まってしまったりすると、残りのエンジンで姿勢の安定制御を続けることは、性能のバラつきの補正よりもさらに技術的には難しい課題でした。

 宇宙開発初期(1950~60年代)はコンピューターの性能が低かったので、複数エンジンの作動とロケットの姿勢を連動させた複雑な制御は避けられる傾向にありました。その後、コンピューターが著しく進歩してからも、一度根付いた設計方針は維持されました。

 とはいえクラスターエンジンは、白紙から新エンジンを開発する場合と比較すれば開発期間とコストを圧倒的に圧縮できます。当時、NASAのCOTS契約を得たものの、資金繰りに苦しんでいたマスクは、短期間でISSへの補給ミッションを実現させるためにこの方式を採用しました。

 そしてそのメリットは、ファルコン1ですでに開発されたエンジンを束ねることによる、開発期間と開発コストを節減できること……だけではありません。

数を造るから効率も性能も上がっていく

 大きいのは、ここでも数。エンジンを量産することによるエンジン単体(1基当たり)のコストダウンです。

 ファルコン9のエンジンは第1段に9基、第2段に1基搭載されますので、1つのロケットを完成させるたびに10基のマーリン・エンジンを生産することになります。

 それぞれ1基ずつ別のエンジンを搭載するよりも工場の稼働率が上がる上に、最新の自動製造装置を採用するなどして生産効率をアップさせました。また、ロケットエンジンは必ず燃焼試験を経て出荷されますが、数が多ければ試験の作業効率も上げやすくなります。

 (一方で、大型エンジンを1個搭載するよりもトータルのコストは上がる可能性がありますが、その解決方法については書籍をご覧ください)

 数を造るメリットはコストだけにとどまりません。製造データが迅速に蓄積され、エンジニアや作業員も早く経験を蓄積できるため、信頼性がどんどん高まります。

 改良点を見いだしてさらに性能向上にも取り組みやすくなるので、マーリン・エンジンはデビュー以来急速に能力向上が進みます。最初期のマーリン1Aは推力35トンでしたが、1Cは55トン、1Dは65トン、1Dフルスラストは85トンと、段階を経て推力を2.5倍に強化しています。

 エンジンは推力が大きくなるほどターボポンプや燃焼室の開発難易度が高まり、技術課題が発生しやすくなりますが、それを乗り越えて能力を向上させることができたのは、「数」によって蓄積されたノウハウの賜物でしょう。

世界のロケットエンジンのトレンドを変えた

 ロケットなどのディープテックビジネスでは、しばしば、採用する技術思想の良しあしがビジネスの成否を握ることがあります。マスクがクラスターエンジンを選択した第一の理由はコスト削減と開発期間短縮でしたが、それ以外にも多くのメリットが生まれました。性能を向上させてもまだ足りない、さらに大きな推力が必要になった場合は、もっとエンジンの数を増やして対応することも可能になります。

 こうした様々な利点を持つクラスターエンジンの採用が、ファルコン9に「世界最強」の座をもたらすことになり、ファルコン9の成功以降、世界各国のロケット設計トレンドはクラスターエンジン一色となりました。

 人類のロケットの「標準設計」を変えてしまったわけで、マスクの技術選択のセンスを感じ取ることができます。そして、クラスターエンジンは「ファルコン9ブロック5」が第1段の回収・再利用を可能にする決め手にもなったのです。

 「ファルコン9ブロック5」の開発に立ちはだかった様々な壁と、そこでクラスターエンジンが果たした役割については、「『ロケット再使用で稼ぐ』ためにここまでやったスペースX」(連載第2回)、そして書籍をご覧ください。

(文中敬称略)

[日経ビジネス電子版 2026年9月25日付の記事を転載]

スペースXはなぜ2日に1回ロケットを打ち上げるのか? この会社が成功している理由は、物理学の原理を利用しながら、ビジネスの原則を徹底的に貫いているからだ。ロケットの打ち上げ頻度を高度な技術で跳ね上げることが圧倒的な価格競争力につながった。数多くの失敗や危機を原理原則にこだわり抜いて突破したスペースXの技術と経営を、専門家が分かりやすく読み解く、ビジネスヒントにあふれた1冊です。

小松伸多佳、後藤大亮(著)/日経BP/2200円(税込み)