SNSで話題沸騰、10万部を超えるベストセラーになった『最後はなぜかうまくいくイタリア人』の読書会を2023年11月20日に開催した。日経BOOKプラス編集部が開催する読書会としては2回目。著者でワインジャーナリスト・宮嶋勲さんセレクトのワインを楽しみながらの会は、あちこちのテーブルから笑いあり、拍手あり、驚嘆の声あり、「もっと話したかった!」の声が続出する盛況となった。
始まりはミラノ万博だった
月曜の19時。日経BOOKプラスの第2回読書会開始を前に、三々五々集まった参加者。聞こえてきたのは「時間通りに来ていいのか、ちょっと迷いました」「私もです」の声。
というのも、皆さん『
最後はなぜかうまくいくイタリア人
』(日本経済新聞出版)を読んでいるからだ。日本とは集合時間や開始時間の捉え方が違うイタリアについて、どんな話を交わされるのか、期待が高まる。
会の冒頭に日経BOOKプラス編集長の常陸佐矢佳が挨拶したあと、担当編集者の桜井保幸が再ブレイクの裏話を披露。2015年に刊行した単行本を2018年に文庫化、1万部程度だったが、2023年になってSNSで話題となり、さらに書店や新聞広告の展開によって10万部のヒットとなった背景を解説。その後、宮嶋さんのトークがスタートした。
宮嶋さんがこの本を書くきっかけになったのは、2015年のミラノ万博だ。
「6カ月前になっても何もできていない状態で絶対開催できないといわれたのに、追いつめられたら火事場の馬鹿力を発揮し、なんとかうまくいったのです。それを見て、『最後はなぜかうまくいくイタリア人』というタイトルになりました。日本の万博も、なんだかイタリア化しつつありますけれど、注意しないといけないのは、イタリア人は子どもの頃から、ギリギリでなんとかしてきた人たちということです。私たち日本人のように、割と計画的に生きてきた人とは全然違うのです。下手にイタリア人のまねをすると痛い目に遭うと思います」(宮嶋さん)
30分の遅刻は「チャオ!」でにっこり
宮嶋さんはイタリア映画史の研究家を目指しローマ大学に留学。イタリアに6年暮らし、その後もイタリアの雑誌の仕事をしているため、1年に15回ほど行ったり来たりする生活を何年も続けている。
宮嶋 最初の頃は文化の齟齬(そご)からくる痛い目に何度も遭いました。例えば今日のような会も19時開始なら、お読みいただいた通り19時半ごろようやく始まる。約束の時間は数値目標のようなもの。ただ、その遅れ具合には規則性があります。例えば大学の授業は「教授は15分遅れてくるもの」という暗黙の了解がある。クアルト・ドーラ・アッカデミコ(Quarto d'ora accademico=大学の講義開始時刻の15分間の慣習的な遅れ)という言葉があるくらいです。
車で出かける約束をしていても、30分くらいは平気で遅れて来ます。まったく悪びれることなく手を上げて「チャオ!」という感じで待ち合わせ場所へ来るのです。日本では新幹線が1、2分遅れてもおわびのアナウンスがありますが、イタリアなら10分ぐらいまでは謝りません。人間も30分の遅刻なら「チャオ!」で済む国ですから。
私たちは消費者であると同時に労働者でもありますよね。1分も遅れがない運行は、サービスを享受する側にとっては便利ですが、提供する側にとっては大変です。イタリアはその辺が緩いので自分も時間にルーズだけれど、人がルーズでも寛容。ホテルのチェックイン時、後ろに10人並んでいようが受付の人は、晩ごはんはどこがいいとか、ピザはあの店がおいしいとか、客としゃべりまくります。それでもイタリア人は怒らない。自分の番が来たら自分もしゃべりまくると分かっているからです。文化的違いはどちらが良い悪いではなく、長所と欠点は裏表で結び付いています。どちらから光を当ててみるかの問題。重要なことは理解することだと思います。
同じ楽譜が演歌にもカンツォーネになるようにワインの味も変わる
宮嶋さんのイタリア愛あふれる軽妙な語りに笑いや拍手が起きるなか、ワインが配られ乾杯。ワインガイドを長年翻訳している宮嶋さんセレクトの1杯目は、フランチャコルタの泡だ。フランチャコルタは、シャンパーニュと全く同じ製法の瓶内二次発酵で、使用されるブドウ品種も一緒。しかし「楽譜は同じでも都はるみが歌えば演歌になるし、パヴァロッティが歌えばカンツォーネになるように、ワインも素材や製法が一緒でも味わいは全く違うものになります」という紹介に、思わず納得の笑いが起きる。
宮嶋 シャンパーニュ地方はフランスでも一番北、冷涼すぎて普通のワインが造れない産地でした。ブドウが熟さないので酸が強い。そこで編み出されたのが瓶内二次発酵です。白ワインを造って瓶の中に入れてから酵母と糖分を入れて蓋をして発酵させる製法で、今や特別な地位を築いています。逆境にある人が、それをバネに頑張って出世したみたいな感じですね。他を寄せ付けない、偉くなった人特有のちょっと上から目線を感じる味というのでしょうか、喉をスッと通って、上等なシャンパンになるほど清らかで身が引き締まるような酸がある。
一方、フランチャコルタはイタリア北部ロンバルディア州、氷河が削った湖が並ぶ湖水地方にあり、バカンスにも人気の地。シャンパーニュ地方よりもはるかに南にあり、気候が温暖なので、ブドウは完璧に成熟し、豊かな果実味が感じられ、酸はやさしくなります。同時にアルプスに近いので朝晩は冷え、適度の酸と生き生きとしたアロマが保持されます。
2つめの赤ワインはカラブリア州のチロ・リゼルヴァです。イタリア半島南端にあるチロは古代ギリシャ植民地時代には最高のワイン産地として名声が高く、ここのワインは古代オリンピックの勝者に贈られたとされています。そんな素晴らしい産地であるにもかかわらず、昔は酸化が進んだ雑なワイン多かったのですが、近年ようやく近代化が進み、このような優れたワインが生まれるようになりました。南だからタンニンが見事に成熟して、口当たりがシルキーですよね。
実は先ほどのフランチャコルタも、瓶内二次発酵が生まれたのは1961年です。どちらも、どうしてそれまでやってこなかったの? という感じですが、上を目指し過ぎて摩耗してしまうよりも、くつろいでゆったりした人生を過ごそうというのがイタリア人のスタンス。要は可能性を開発しきれていない、こういう眠れる宝物がたくさんあるのです。
ワインはグラスの向こうに風景が見えるといいますか、背景にあるものを伝える力がものすごく強い。それが、ワインについていろいろ物語ってしまう、うっとうしいご仁がいっぱい出てくる原因なのですが、ワインは基本的に自分が幸せな時間を過ごすために飲むものだと思います。今日のワインはどちらも、それぞれの土地の個性が出ていて簡単にインターネットでも手に入ります。ご自宅で好きな料理と試してみてください。そして、今日のような楽しい時間を共有し、今後とも人生を楽しんでいただきたいですね。
まろやかに濃く語り合う1時間
ワイントークのあとは、5~6人ずつが座った5つのテーブルでワインを手にグループワークが行われた。編集部員をファシリテーターに、向かいの席の人の声がかき消されかねないほどの盛り上がり。読んだきっかけや、本を読んで自分の中に起きた変化、誰に読ませたいかなど話が尽きない。
その一部を紹介すると――
イタリア人は今を楽しく生きているという話題で盛り上がり中のテーブル。
「イタリアに行くと道端でおしゃべりしているおじいさんとおばあさんの姿とか、何気ないことが幸せそう」「本を読んでイタリア人は今を楽しく生きることが上手だと感じました」「他人の失敗を受け入れるところがいいなあ」「日本はクレーム文化になっていますよね」「反対側の考え方を認められない人よりも、緩さも含め本当に豊かなのはイタリア人」
イタリア時間について考察中のテーブルは。
「自分にはギリギリの遺伝子がないので、まねはできないなと思いつつも、目標を決めたら粘ってやり通すイタリア人のマインドに感銘を受けた」「道草はダメと言われて育って、時間を守ることが絶対のように思いがちだったけれど、この本を読んでむしろ自分たちのほうが間違っているんじゃないと思った」「締め切りを守れない部下をもっと温かい目で見ようかなと」
別のテーブルでは、イタリアのマンマ(お母さん)について。
ファシリテーターが「(イタリア人のように)母親に電話していますか?」と尋ねると、皆さん「いや、全然」というところから、「この本を読むと、イタリアのお母さんってものすごく子どもを褒めるんですね」「全面的に受け入れてくれるから、つらいことがあってもお母さんに相談できて、だから外で頑張れる」「うーん、私もそういうふうに子どもを褒めてみよう」と、子どもの立場、親の立場でマンマを考察。
誰にこの本を読ませたいかについて語り合っていたテーブルでは。
「イタリア語を勉強しているすべての人に読んでほしいですね。言語を学ぶなら、文化を理解することは必須なのかなと思います」から話は広がり、「イタリア語は音がいいですよね、音楽みたい」「イタリア人みたいな発想で話したいですね」とメンタリティに言及。それを受け、専門学校で就活生に指導をしている方からは、「就活生に読ませたいです。エントリーシートには長所・短所を書くのですが、自分の短所ばかりを挙げて落ち込んでしまうのです。長所と短所は裏表、どちらから光を当てるかの違いだということをこの本を読んで気づいてほしいし、心の余裕を持たせてあげたいです」との声も。
グループワークの最後に、ファシリテーターが各テーブルのまとめを報告。最後に日経BOOKプラス発行人の中川ヒロミが挨拶して会を終えた。記念撮影後はサインを求めて宮嶋さんのテーブル前に長い列ができた。サインをする前に一人ひとりと話し込む宮嶋さん。列の前後で会話が生まれ、写真撮影もお互いのスマホを預かって撮り合うなど、まさにイタリア的な風景に!
終了後のアンケートには、「子どもの頃に書かされる読書感想文は大嫌いだったけれど、初めて会った方たちと本を巡る濃い話ができて楽しかった」「ファシリテーターがいて、他の参加者と自然と盛り上がれた」「新たな気づきを発見でき、編集部員の発表で他のグループの話も聞けてよかった」などの感想が相次いだ。
文/中城邦子 構成/市川史樹(日経BOOKプラス編集部) 写真/佐々木睦









