「上司は部下をどう導けばいいのか」という議論が盛んですが、人間関係は双方向。例えば上司が自分の行動原理にマッチした成功パターンを教えても、部下の行動原理が違えば、部下は反発、上司は困惑…そうした事態を避けるために、ぜひ活用したいのが「FFS理論」です。『宇宙兄弟とFFS理論が教えてくれる あなたを伸ばす部下、つぶす部下』をベースにしたこの連載では、FFS理論を活用して「行動原理が違う部下と良い関係を構築するための勘所」を解説します。人気コミック『宇宙兄弟』の名場面とともに、一緒に学んでいきましょう。第3回は「すごく優しい、けれど決めてくれない上司」編です。

 お互いの考え方の違いを先に理解していれば、無用なストレスを避け、長所を生かし、短所をカバーして生産性を上げ、気持ちよく仕事ができる。そのために使っていただきたいのが「FFS理論」(開発者は小林惠智博士)です。

日本人のホスピタリティーの背景

 『宇宙兄弟とFFS理論が教えてくれる あなたを伸ばす部下、つぶす部下』と、それをベースにしたこの連載でご紹介するFFS理論は「その人にとって何がストレスになるか」に注目し、ストレスの原因を5つの因子(「凝縮性」「受容性」「弁別性」「拡散性」「保全性」)に分けて、その高低とバランスで診断します。因子によって、物事の学び方、考え方に様々な個性が生まれます。

 詳しい内容や、実際に自己診断を行いたい方は……書籍を見ていただきたいのですが、ネットで簡易診断も受けられますので、前回(「FFS理論で学ぶ『やりたいようにやらせようとすると、やる気をなくす部下』のトリセツ」)の冒頭をご覧ください。実際の企業での活用事例を、日経ビジネス電子版でもご紹介しています(「レゾナックのCHRO『“真面目”な会議は30分が限界!』」)。

 さて、それでは日本人はどの因子が高いのか。これは調査で明確になっています。「受容性」が第一因子(最も高い因子)か第二因子(二番目に高い因子)の人は64%(その次は「保全性」、そして「拡散性」)。「おもてなし」のホスピタリティーに世界の観光客が驚くのも無理はありません。

誰かの幸せが自分の幸せ

 「受容性」が高い人は何を大事にして、何をストレスに感じるのでしょうか。

 「自分の周囲の人が幸せであることこそ、自分の喜び」と感じ、積極的に周りに貢献していこうとするのが「受容性」の高い人です。ですので、自分よりも相手を優先します。

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JAXAの宇宙飛行士、北村絵名(きたむら・えな)の里帰りシーン。受容性と保全性が高い、日本人の典型タイプ。やさしくて頼もしい素敵(すてき)なお姉さんだ 23巻#221「かがやく姉のヘアピン」 (マンガ=小山宙哉氏『宇宙兄弟』©Chuya Koyama/Kodansha、以下同)
JAXAの宇宙飛行士、北村絵名(きたむら・えな)の里帰りシーン。受容性と保全性が高い、日本人の典型タイプ。やさしくて頼もしい素敵(すてき)なお姉さんだ 23巻#221「かがやく姉のヘアピン」 (マンガ=小山宙哉氏『宇宙兄弟』©Chuya Koyama/Kodansha、以下同)
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 状況を柔軟に受け容れ、相手の欲求を「この人が笑顔になるなら」と慮(おもんばか)って動く。コミュニケーション能力も高く、自ら主体的に行動します。こうした面を評価されて、大学のサークルなどではよく代表に担がれます。

 同様に入社後も早くから部署で信頼され、本人も「皆の役に立ちたい」という思いから、何かと面倒を見る世話役として頑張ります。頼られれば頼られるほど、頑張れるのです。

 人気コミック『宇宙兄弟』でこのタイプに当たると思われる人は、主人公の南波六太(ムッタ)・日々人(ヒビト)を導くシャロン博士が代表的ですが、ムッタとヒビトの兄弟を子ども時代から見守り、宇宙飛行士を目指す彼らの夢をバックアップしてきたJAXA職員の、星加 正(ほしか・ただし)もその一人。彼がムッタの窮地を救う経緯を見てみましょう。

弟ヒビトの悪口を言った上司(間寺役員)に、激高したムッタは頭突きをしてしまい、間寺は逆恨みして、ムッタについてJAXAのヒアリングを受けた際に「南波(ムッタ)は宇宙飛行士に向かない」と讒言(ざんげん)、ムッタは選考から漏れそうになる 2巻#10「侍&ピーナッツ」
弟ヒビトの悪口を言った上司(間寺役員)に、激高したムッタは頭突きをしてしまい、間寺は逆恨みして、ムッタについてJAXAのヒアリングを受けた際に「南波(ムッタ)は宇宙飛行士に向かない」と讒言(ざんげん)、ムッタは選考から漏れそうになる 2巻#10「侍&ピーナッツ」
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 ムッタがJAXAの宇宙飛行士選抜試験を受験した際に、前職でのトラブル(上司へ頭突きをかましています)が災いし、適性が問題視されました。かつて自らも宇宙飛行士を目指し、運に恵まれず落ちた経験を持つ星加は、頭突きの背景を知るため、ムッタが以前勤めていた会社にわざわざ出向き、元同僚から話を聞き出します。

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自ら一次情報にあたり、ムッタの濡れ衣(ぬれぎぬ)をはらさんとする星加。彼の性格がよく表れているシーン 2巻#11「頭にまつわるエトセトラ」
自ら一次情報にあたり、ムッタの濡れ衣(ぬれぎぬ)をはらさんとする星加。彼の性格がよく表れているシーン 2巻#11「頭にまつわるエトセトラ」
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 「濡れ衣で夢を失いそうなムッタを、自分の力でなんとかしてあげたい」。そう思ったらもうじっとしていられない。自分よりも周りの人の幸せのために動こうとする星加の動き方は、「受容性」の高い人の行動パターンです。

 会社組織の中でも同様です。「受容性」の高い上司は部署の全員にくまなく気を配り、コミュニケーションと行動力でチームをまとめていきます。日々何事もない平時ならば、理想の上司と言ってもいいかもしれません。

 JTC(伝統的な日本企業)は「ぬるま湯」と評されたりもしますが、波風が立たなければ至極居心地のいい場所でもあります。少なからぬ受容性上司が、その雰囲気醸成に大いに寄与してきたことでしょう。

全員を幸せにできない状況が大の苦手

 問題は、新規競合の出現や既存事業のトラブル、あるいはチーム内に対立が生じたときです。

 ライバルを叩(たた)くための施策やリストラ、対立の解消の過程では、どうしても利益の相反が発生します。「まずはA店への投資を抑えて、競合が出ているB店に集中しよう」「いや、現時点で儲(もう)かっているA店にむしろ投資すべきでしょう」といった議論になると、「目の前の人全員を幸せにしたい」という思いから、動きが取れなくなるのです。

「受容性上司」のあなたは部下からこう見えている

○特徴が強みとして発揮された場合の評価
▼ 役に立ちたいと積極的に動く→面倒見がいい
▼ 皆のアイデアを実現してあげたい→支援してくれる、優しい
▼ 相手のことを柔軟に受け容れる→相手に合わせたコーチングができる
▼ 「なるほど」「一理ある」とうなずく→場の空気を良くしてくれる

×特徴が裏目に出た場合の評価
▼ 役に立ちたいと積極的に動く→お節介、介入してくる(相手の役に立てない場合、「どうせ自分なんて…」と自虐的に)
▼ 皆のアイデアを実現してあげたい→一つに決められない、優柔不断
▼ 相手のことを柔軟に受け容れる→答えを求めているのに出せない、無責任
▼ 「なるほど」「一理ある」とうなずく→なあなあになり、話が深まらない

 誰かの意見を切り捨てるような意思決定は苦手な「受容性」が高い上司(受容性上司)。逆境の中に置かれた際に、部下からはどう見えるのでしょうか? 

 今回は、日本人で「第一因子、第二因子のいずれかが2番目に多い」、保全性部下との関係を見てみましょう。日本企業ではおそらくかなりの頻度で発生する組み合わせです。

いい加減決めてくれないと、準備が間に合わないよ

 「保全性」が高い人は、積み重ねと手順を大事にします。抜け・漏れがないようしっかり準備し、ルートを決めたら、ひたすら一歩一歩前進して頂上を目指します。

 周りに配慮する「受容性」と並んで、とても日本人っぽい性格なので、一見、上司と部下としての相性もよさそうな気がしますが、意外に難しい場合もあるのです。

 これは、受容性上司が物事をはっきり決めたがらないことから来ます。

 面倒見がいいので、まず全員の意見を聞きたい。ここまではいいのですが「みんなのやりたいことをやって、みんなを幸せにしたい」という気持ちが強すぎると、「あれもいいし、これもいい」と、決められない。

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JAXAの宇宙飛行士選抜の最終段階。「受容性」と「保全性」が高いムッタは、メンバーの誰も切り捨てられず悩みに悩む 5巻#39「グーとチョキとパー」
JAXAの宇宙飛行士選抜の最終段階。「受容性」と「保全性」が高いムッタは、メンバーの誰も切り捨てられず悩みに悩む 5巻#39「グーとチョキとパー」
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 「保全性」が高い人は、物事を始める前に十分な準備を行いたいので、いつまでも先が見えない状態が苦手です。そんな保全性部下に受容性上司は「君は本当は何がやりたいの?」と悪気なく聞いてきたりします。

 「いや、別に課長がやれと言えばなんでもやりますが」
 「いやいや、君の気持ちもくみ取っておきたいんだよね」

 これをいつまでも全員とやっているので、なかなか動きだせないのです。

 「あなたが何をやるかはっきりと決めてください。決めてくれれば、自分はやれるんです」――これが、受容性上司に対する保全性部下の心の声なのです。

余計な仕事を引き寄せる困った上司

 時間に余裕があるうちはまだいいのですが、だんだん締め切りが近づいてくると、準備に万全を期したい保全性部下は、これでは間に合わないと不安になってきます。それでもようやく決まって安心して段取りを始めたら、受容性上司に新しい提案をしてくる人がいて、また巻き戻しになったりします。「仕方がない、2つの案の準備を並行してやっておこう」と、保全性部下は残業を増やす羽目になります。

 これが受注型の企業で、クライアントの要望が断りにくい状況だと、ただでさえ手戻りが発生する確率は高く、その中でも受容性上司のいる部署では「なんとかしましょう」と引き受けてしまう可能性が高い。断らない部署は「なんでも課」と化し、同じ社内からも余分な仕事が回ってきたりします。

 こうなると保全性部下は、「人がいいのも分かるけれど、もうちょっとしっかりしてもらいたいな」と不満を募らせます。準備に命を懸ける保全性部下には、同じ目的のプランが並走したり、一度決まったことが覆されるのは、「ちゃんと準備する時間がないかもしれない」というだけでも不安をかき立てられます。

 誰でも手戻り、二度手間はイヤですが、「保全性」が高い人は準備を慎重に積み重ねていく分、それが無駄になることは大変なダメージになるのです。

 目の前の人の希望を叶(かな)えてあげることは、「受容性」が高い人にとっては生きていく価値の大きな部分を占めます。しかし、それが「余計な仕事ばかり増える」と、保全性部下の仕事へのモチベーションを破壊することにつながる可能性もあるわけです。

どこかで線を引くしかない

 これはもう、受容性上司がどこかで線を引いて、決めるしかありません。立場のある人間が逡巡(しゅんじゅん)していると、関わる人間がすべて不幸になってしまいます。

 腹を括(くく)って決めるには、自分なりの考え方を固めることが必要です。目の前の人も大事ですが、その先の顧客を幸せにできることのほうが、より大きな喜びがあるし、関わった人間もさらに幸せになれる、例えばそう考えてみることです。それによって、「受容性」が高い人にとって最も望ましい決定方法である「全員一致」を目指すのです。

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『宇宙兄弟』に登場する「受容性上司」の中でも別格の存在感を放つ金子シャロン博士。誰の思いも潰さず、自分の夢と全員の夢を重ね合わせ、静かだが強いリーダーシップで実現していく 18巻#174「心の片隅に」
『宇宙兄弟』に登場する「受容性上司」の中でも別格の存在感を放つ金子シャロン博士。誰の思いも潰さず、自分の夢と全員の夢を重ね合わせ、静かだが強いリーダーシップで実現していく 18巻#174「心の片隅に」
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 ですので、自分のためにも組織のためにも、受容性上司には高いファシリテーション能力が求められます。全員の真意をより深く聞き出すことで、「それを実現したい」と合意できる目標を掲げて、全員が「GO」と言える状況をつくりだす。それが受容性上司のマネジメントの理想型です。

 元々、人の話を聞くのは苦にならないどころか得意なのが「受容性」の高い人なので、まさにこのタイプ向きのやり方と言えるでしょう。「抱え込んで動かない」JTCの悪癖を絶ちきるためにも、決断を期待したいところです。

受容性の上司を持った保全性の部下へのアドバイス 

 早く着手したいのに決めない受容性上司にイライラする。とはいえ、それ以外には大きな不満もなく、事情を話せばちゃんと聞いてくれる人でもあるでしょう。プライベート面にも気を配りますから、「早く始めておかないと、家庭での子育ての時間が取れなくなる」とか、制約条件を説明して決断を促すのも手ではあります。「情」には脆(もろ)いはずです。

 経験知が高い保全性部下のあなたなら、落としどころを読んで結論が出る前に着手、というやり方もあります。しかし、確実ではないので二度手間になる恐れがあるのがつらいところ。いっそ開き直って、あなたが根回しして回り、上司の大好きな「全員一致」を演出してしまう、というのはどうでしょうか。

(本連載は単行本『宇宙兄弟とFFS理論が教えてくれる あなたを伸ばす部下、つぶす部下』の内容に基づき、一部再編集を加えたものです)

この本が紹介している「FFS理論」は、すでにレゾナック、マネーフォワード、ポーラ・オルビスホールディングスなど日本の多くの企業に採用され現場で活用されています(チーム分析・編成の活用事例約900社、65万人)。部下の指導に悩む上司の方、そして理解のない上司に悩む部下の方どちらにとっても活用できる「楽しく働き結果を出す」ための本です。

古野 俊幸(著)、/日経BP/1980円(税込み)