深夜営業から朝5時営業に転換し、売り上げを伸ばすラーメン屋さん、POPと本を一緒に売る本屋さん。ユーチューブで高齢者を集める眼科病院――。「違い」を生み出しているところだけが生き残る。『 逆境を活かす店 消える店 』(日本経済新聞出版)の著者で、全国450社以上の中小企業や個人ビジネスを取材してきた、現場派マーケティングコンサルタント、竹内謙礼氏へのインタビューの3回目。
午前5時営業で繁盛するラーメン店
コロナ禍は小さな会社やお店の明暗を分けましたね。
竹内謙礼氏(以下、竹内):飲食店にとって、コロナ禍は本当に厳しい環境だと思います。しかし、一方でこの逆境をビジネスチャンスに変えたお店もあります。愛知県豊川市にあるラーメン店「ラーメン宝塔 豊川店」は、午後6時から午前4時までだった営業時間を、コロナ禍を機に、午前5時から午後2時までの正反対の営業に切り替えました。
オーナーの日比五十次さんは、「せっかくだから、いろいろな経営スタイルを試そうと思った」と、早朝の営業開始にした理由を話していましたが、結果的に夜勤明けの人たちがお店に足を運ぶようになり、朝から賑(にぎ)わいを見せるようになりました。
日に日に客数は増え、コロナ禍前と同じぐらいの売り上げになる日も出てくるようになりました。その後は再び深夜営業の時間を復活させ、現在は二交代制にして劇的に売り上げを伸ばしているそうです。
このような大胆な経営スタイルの変更は、コロナ禍のような特殊な環境にならなければ、実践できなかったでしょう。ピンチをチャンスに変えることが、逆境を生き抜く企業には求められると思いました。

2020年、1回目の緊急事態宣言が出て、テークアウトを始める飲食店も多く見られました。当時、消費者に「なぜテークアウトを利用するのか」を聞いた調査がありました。「飲食店を応援したいから」という理由が、「美味(おい)しいものを食べたいから」という理由と同じぐらい寄せられました。
すなわち、もともとなじみのお客さんをたくさんつかんでいた店は、テークアウトで売り上げをつくることができたのです。反対に、顧客との関係性が薄く、何となく経営をしていた店は、あっという間に苦しくなりました。
「完全競争」から「完全独占」にシフトできた会社が生き残る
竹内:手掛けているビジネスそのものの違いによっても、明暗が分かれます。競争相手の多い「完全競争」のビジネスは、逆境下では真っ先に淘汰されてしまう。例えばクリーニング店やカフェ、マッサージ店などは街中に類似店があり、参入障壁も低く、完全競争になりやすいと言えます。
一方で、そのジャンルに1社しかなく、ライバルが存在しないビジネスは「完全独占」なので、逆境下でも生き残る可能性が高くなります。
『逆境を活かす店 消える店』でもいくつか「完全独占」型のビジネスを取り上げています。1つは東京や大阪に3店舗を持つイベリコ豚のレストラン「IBERICO-YA」のネット通販です。同社の山本真三社長は、もともと客単価5000円で飲み放題の居酒屋を経営していましたが、ある時イベリコ豚の最高級ランク「レアル・ベジョータ」に出合ってほれ込み、客単価1万円の高級イベリコ豚専門店に転換。実店舗の良質なお客さんをネット通販に誘導することができて、コロナ禍でも売り上げは絶好調だそうです。
もう1つは青森県八戸市にある「木村書店」という本屋さん。最初、子どものお客さんを意識してかわいらしいイラスト付きのPOPを作って店頭に並べていましたが、しばらくすると「本と一緒にPOPも欲しい」と言われるようになり、気づけば「POPごと本を売っている本屋さん」になりました。

コロナ禍以降、お店は、ネットやSNSでの情報発信が不可欠になったとのことですが。
竹内:コロナ禍がもたらした影響をひと言で言うと、顧客との接触頻度の激減、または消滅です。いくら素晴らしい商品を作って店に並べても、お客さんがやって来なければどうしようもありませんから。
コロナ以前なら、SNSなどには見向きもせず、集客イベントでファンづくりをしてきたお店も結構あり、私もずいぶん取材しました。思い返せばほんの少し前まで、「コト消費」と言って、みんな集まってワイワイやるイベントが花盛りでした。しかし、コロナ禍以降、そうしたイベントは消滅しました。
そうなるとお店もメルマガ、ブログ、SNS、動画などをやらないわけにはいかなくなってきます。先のテークアウトに関する調査でも、「テークアウトの実施をどこで知ったのか」の質問で一番多かった回答は「SNS」でした。
飲食店だけでなく物販店も同様です。例えば寝具店がオーダー枕の体験会をやろうとしても、緊急事態宣言下ではまずできません。そうなると、オンラインで情報をどう流そうか、SNSをどうやろうか、どう動画を作ろうかという話になってきます。
先に紹介した木村書店の公式ツイッターは本のPOP紹介以外にも日記風の1ページマンガもアップ、フォロワー数は2万5000人を超え、その結果、遠方からわざわざやって来るお客さんも増えているそうです。
SNSは相性が大切
お店や小さな会社がSNSや動画を始める際の注意点はありますか。
竹内:SNSも動画も、実際に手掛ける人との相性が合うかどうかが大切です。まずプライベートでやってみて向いているSNSを見つけ、ビジネスで使ってみることです。
新著で取り上げた例では、高知市の「すしバル うますし」はインスタグラム、岐阜県大野町のメガネ店「スマイル・アイ・タクティカル」はツイッター、横浜市の書店「有隣堂」はユーチューブで情報発信しています。
「どのSNSを使ったらいいですか?」とよく聞かれるのですが、私は「好きなSNSを使ってください」と答えるようにしています。自分自身が日常的に使用しているSNSを利用したほうが、ユーザーの気持ちを汲(く)み取ることができ、必然的に読み込んでくれる投稿ができるようになります。お客さんから反応があると、投稿しているほうも楽しくなるので、コンスタントに情報発信をするようになります。
スマイル・アイ・タクティカルの村木昇さんは、ツイッターの他にフェイスブックやユーチューブなど、様々なSNSを運営しています。でも、いろいろやってみた結果、やっぱりツイッターが一番性に合っていると言っていました。
高齢者はユーチューブの音声を聞いている
竹内:面白い話があります。東京都江戸川区にある二本松眼科病院の平松類先生のユーチューブチャンネルは、65歳以上の視聴者が4割を超え、高齢者に大人気です。テレビ局の改編で一時ほどは高齢者向けの健康番組ばかりでなくなり、緑内障や白内障の情報を求めて平松類先生のユーチューブを見たことをきっかけに、病院を訪れる患者さんが増えているそうです。
ユーチューブに高齢者が集まる理由は「動画」ではなく「音声」です。目が悪くなってくると、新聞や雑誌記事、インターネットのブログも読みづらくなってきます。だから、ユーチューブの音声を聞いているのだそうです。
この話を聞いたとき、衝撃を受けました。言われてみたら、音声が聞き取りづらい動画は見るのをやめてしまいます。私もユーチューブの動画チャンネル「竹内謙礼のビジネスゼミ」を持っているのですが、平松先生の話を聞いてから、マイクの性能を上げて、音声だけはクオリティーを上げるようにしました。
まだ始めて1年しか経(た)っておらず、登録者数も1500人弱、一番多い再生回数の動画でも4000回ほどしかありませんが、試行錯誤を繰り返しながら、動画というメディアを勉強しているところです。ユーチューブを見て「こんな変わった経営コンサルタントがいるんだな」と、興味を持ってもらえればうれしく思います。
[日経ビジネス電子版 2021年9月29日付の記事を転載]
小さな会社・お店がコロナ禍に生き残る秘訣!! 超ユニークな事例満載
コロナ禍で消えた店や会社には、コロナ不況以前にも、何かしらの問題があった。脆弱な財務、「なんとなくの経営」、市場の変化に対応できないビジネスモデル――。
一方で、生き残っている店や会社は、目の前で起きた困難にすばやく対処しただけではなく、もともとあった危機意識の積み重ねによって改善をし続けてきたのである。 (本文より)
日経MJの長期連載「竹内謙礼の顧客をキャッチ」の取材をもとに、小さな会社や店舗、中堅企業の逆風下における戦い方を示す。
竹内謙礼(著)、日本経済新聞出版、1760円(税込み)
目次
第1章 コロナに勝つ会社、コロナで消える会社
第2章 業界セオリーをひっくり返し、逆境に打ち勝った「非常識戦略」
第3章 逆境の中でもトコトン楽しんでもらう「エンタメ戦略」
第4章 ナナメの発想で生き残る「新アイデア戦略」
第5章 コロナ禍の新消費動向に対応する次世代戦略
第6章 コミュニケーションの質を極める「ネット新戦略」