組織やチームが大きな成果を出せるかどうか。その鍵を握るのは、メンバーのIQ(知能指数)の高さや潤沢な予算ではなく、「心理的安全性」の高さであることが多くの研究で明らかになっている。ただし、心理的安全性には四つの段階があり1段階ずつ上っていく必要があると、米コンサルティング会社リーダーファクターのCEO(最高経営責任者)で近著 『4段階で実現する心理的安全性』 の著者ティモシー・R・クラーク氏は指摘する。自分やチームが4段階のどのレベルにあるのかをつかむための「四つの質問」について、同書から一部抜粋して紹介する。
文化は「偶然」ではなく「意図的」につくり変えるもの
私はこれまで、リーダーシップの専門家として世界各国を渡り歩きながら、異なる文化や背景を持つ人々と仕事をしてきた。その経験を通じて、人類に対して深い尊敬の念を抱くとともに、誰もが同じ基本的なニーズを満たそうとしていることに気がついた。文化こそ人それぞれ違っても、ニーズは同じだ。
文化は強い力を持つと同時に複雑な概念であり、厳密に定義するのは難しい。文化を構成するのは、価値観、前提、信念、態度、行動、伝統、習慣、儀式、風習、工芸品、言語といったものだ。ここではひとまず、文化を「私たちの交流の仕方」とシンプルに定義しておく。こういう定義をするのは、文化の重要要素はすべて、人と人とが交流するとき表に出てくるからだ。
人間にとっての文化とは、魚にとっての水と同じようなものだ。私たちは文化を内包しながら、文化に囲まれてもいる。実際、文化の外に出ることも、文化を取り除くこともできない。文化から逃れられる人などいない。私たちは文化を形づくり、文化は私たちを形づくる。ただし、どの文化に属している人でも、文化に対して何もしないでいるか、自らの望む形につくり変えるかの選択はできる。わかりやすく言い換えれば、「偶然」か「意図的」かを選べるということだ。私は、意図的につくり変えるほうを勧めたい。何もしないでいると、大抵の場合、誰も望まない文化が形成されてしまうからだ。
心理的安全性の素晴らしさを教えてくれた日本人経営者
以前、小さな経営コンサルティング会社のCEOを務めたことがある。仕事を始めてまもなく、私を雇ったのが大槻忠男という人物だと知った。大槻氏は日本人で、東京に住んでいた。日本のビジネスでは上下関係が重視されると何かで読んだことがあったので、少々不安だった。上下関係、肩書、地位、権威を中心とした人間関係が求められると思ったからだ。
実際、日本社会について書かれた本に、こんな注意書きがあった。「トップの考えに反対することは、非礼な行いと受け取られる」。これには困った。ときには不興を買ってでも自分の意見を述べなければ、仕事などできるわけがない。しかし、私の不安はいい意味で裏切られた。
初めて会った大槻氏は私に、「やあ、ティム。私のことはタッドと呼んでほしい」と親しげに挨拶してくれた。オープンかつ協力的、しかも謙虚な態度でスタッフを引っ張っていく彼の姿は、私にとって衝撃的だった。CEOを4回務め、ペプシコーラ・ジャパンの元社長でもあったタッドは、私から失敗に対する恐怖心を取り除いてくれるとともに、私が安心して能力を発揮し、学び、貢献し、現状に異議を唱えられるようにしてくれた。タッドは優れたビジネスセンス、スキル、経験を持ちながら、一方で、自分にとって最も重要な役割は「文化の設計者」になって、どんな人も受け入れられるインクルージョンの聖域とイノベーションの生まれる環境を創り出すことであると理解していた。
働き始めてすぐに、タッドの協力的な姿勢が嘘偽りのないものだとわかった。タッドは、自分は何もかもわかっているわけではないと自覚していたし、わかっているふりをすることもなかった。そして、私に勇気を出して自分の意見を言える環境を整えてくれた。アイデアを重視し、実力主義を貫き、肩書や地位や権威にこだわらなかった。私の弱さを理解したうえで、恐怖心を心理的安全性に置き換えてくれた。
タッドは多国籍企業で働いた経験から、多様で専門性の高いチームは、心理的安全性という潤滑油で満たされないとイノベーションを起こせないことを学んでいた。また、イノベーションの実現はインクルージョンなしには果たせず、そのためには未知の分野を探求する必要があり、さらにそこでは常に知的摩擦が伴うことも理解していた。彼は私に積極性を求めたが、積極的に行動しやすい環境をつくってくれたのも彼だった。もちろん、私があまり良くないアイデアを出したり、実りの少ない提案をしたり、行き詰まったりすることも少なくなかったが、そんな私を支え、成長を後押ししてくれた。
今日でも、私はタッドのことをよく思い返す。彼と過ごした時間は、私のキャリアの中で最も素晴らしい経験だった。私が大きな成功を収められたのは、彼が高い心理的安全性をつくり出してくれたおかげだ。
他者との交流にはリスクが伴う。だから「安全」が必要
皆さんは、会社やチームの中で自分らしさを発揮しづらいと感じたことはないだろうか。ばかにされるのが怖くて、聞きたいことが聞けなかった経験は? 何かを変える必要があると思ったとき、現状打破に挑戦する代わりに黙り込んでしまったことはないだろうか。
そのように自分が傷つく恐れがある行動を避けてしまうのは、思い切ってそういう行動をとったとしても報われず、むしろ罰せられるのではないかと恐れるからだ。心理的安全性とは、人の弱さを受け入れて報いる文化のことを指す。これこそが高いパフォーマンスを可能にする条件であり、文化全体の健全さと強さを示す主要な指標だ。
人と人との交流は、本質的に傷つきやすいものだと覚えておこう。言い換えれば、他者との交流には多少のリスクや脅威が伴うということだ。人間である私たちは、社会的な環境における心理的安全性の高さを見極めるために、その環境にどんな脅威があるかを察知しようとする。心理的安全性が高いと判断できれば思い通りに行動し、低いと判断した場合はおじけづいてしまう。
心理的安全性には四つの段階がある
どんな環境であっても、心理的安全性は私たちの行動やパフォーマンスに大きく影響する。私は研究を重ねる中で、心理的安全性の高さは「尊重」と「許可」の度合いによって決まり、四つの段階を経て発展することを発見した。第一に、自分も仲間になりたいと願い(インクルージョン安全性)、第二に、安心して学ぶことを求める(学習者安全性)。第三に、安心して貢献したいと考え(貢献者安全性)、そして第四に、物事をより良くするために、安心して現状打破に挑戦したいと望む(挑戦者安全性)。
これが心理的安全性を構成する四つの段階で、国や人種構成や文化が違っても、心理的安全性がこの四つの段階を経て高まっていくというパターンは共通している。最終的にチームに心理的安全性を生み出せるかどうかは、チームメンバーの互いの弱さをモデル化し、それに報いる方法をつくれるかどうかにかかっている。
皆さんには、ぜひ次の四つの質問に答えてほしい。
- あなたは、人はみんな平等だと心から信じ、自分とは価値観が違う相手を、同じ人間であるという理由だけで、あなたの組織に受け入れているか?
- 偏見や差別意識を持たずに他者が学び成長することを奨励し、その人が自信をなくしたりミスを犯したりしたときにサポートしているか?
- 自分なりのやり方で成果を出そうとする人に対して、最大限の裁量を認めているか?
- 他者に対し、現状をより良くするために挑戦するよう常に促すとともに、謙虚さと学習マインドに基づいて自分も間違うことがあることを受け入れているか?
この四つの質問は、心理的安全性の4段階と一致する。これらの質問にどう答えるかによって、あなたの他者に対する価値観や、人間関係のあり方が浮き彫りになる。また、あなたがどのように人を引きつけるのか、あるいは締め出すのか、自信を持たせるのか、恐怖を与えるのか、励ますのか、落胆させるのかも明らかになるし、どのように他人を導き、影響を与えるかも見えてくる。
「尊重」と「許可」を与えるほど心理的安全性は高まる
心理的安全性が高ければ、人はより強く責任を感じ、自発的に努力するようになるため、結果として学習が速まり、問題解決までの時間も短くなる。心理的安全性が低いと、人は恐れに立ち向かおうとしなくなる。さらに、心を閉ざし、発言をやめ、自分を抑え、苦しさの回避や自己防衛などにエネルギーを振り向けるようになる。ウォルマートの元副社長セリア・スワンソンはこう言う。「有害な文化に抵抗して声を上げるか否かの決断は、従業員がキャリアを通じて直面する最も困難な決断の一つだ」
さまざまな業界、文化、人種を対象にしたフィールドワークを通じて、私は組織などの社会的単位が心理的安全性をどのような形で認め、構成メンバーがそれをどう受け止めるかに一貫したパターンがあることを突き止めた。心理的安全性を認める方法には、「尊重」と「許可」という二つの要素の組み合わせに基づいて四つの段階がある。「尊重」とは、私たちが互いに与え合う敬意や尊敬の度合いのことで、その人の価値を認め、感謝することだ。一方の「許可」は、組織のメンバーとして参加を認めることを意味している。要するに、誰かが組織に参加して影響を及ぼしたり関与したりするのを許容する度合いのことだ。
組織が「尊重」と「許可」を多く与えれば与えるほど、メンバーはより強く心理的安全性を感じ、それを反映した行動を取るようになる。どの段階においても、心理的安全性はもっと多くのことに関わるようメンバーを促し、個人の成長と価値創造プロセスの両方を加速させる。
(訳/長谷川圭)
ティモシー・R・クラーク(著)、長谷川圭(訳)、日経BP、1980円(税込み)