何を変えれば、これまでとは違った一歩を踏み出すことができるのだろうか。仕事、趣味、人間関係? 何から手をつけていいか分からないなら、「言葉」を変えてみるのはどうだろう。30年を超える年月、出版界という言葉の海の中を泳ぎ続けてきた『 「話し方のベストセラー100冊」のポイントを1冊にまとめてみた。 』の共著者・藤吉豊氏と、小学生から80代まで、相談者2000人待ちという大愚元勝和尚による対談。前編は、お釈迦様が編み出した「伝え方の型」について。お坊さんと「言葉の力」を考えます。
大事なのは「内面」や「心」。けれども入り口は「型」にある
藤吉豊(以下、藤吉):大愚住職とお会いしてから、もう6年以上になりますね。大愚住職の本、『苦しみの手放し方』(ダイヤモンド社)の編集に関わらせていただいたのがきっかけでした。
大愚元勝和尚(以下、大愚和尚):取材時間は確か、100時間を超えましたよね。1冊の本が出るまでに、5年もかかるのかと。ただ、取材ではない感覚にとらわれることが、すごく多かったんです。藤吉さんは、「取材のために聞いている」という感じではないんですね。ただ、普通に話をされている。脱線も多かったですよね。ですから、取材なのか、ただ会話をしているのか分からない。そんな時間が5年間の中にたくさんありました。

佛心宗 大叢山福厳寺住職。(株)慈光マネジメント代表取締役。慈光グループ会長。「僧にあらず俗にあらず」を体現する異色の僧侶。事業家、作家、講演家、セラピスト、空手家でもある。愛知県小牧市に545年もの歴史を誇る禅寺、福厳寺の弟子として育つ。32歳で起業。複数の事業を立ち上げて軌道に乗せる。40歳を目前に寺に戻り、仏教伝道ルートをはじめとする世界23カ国を遊行。平成27年に31代住職に就任。令和元年には、従来の慣習や常識にとらわれない会員制寺院仏教として佛心宗を興し、新たなスタートを切った。YouTube『大愚和尚の一問一答』の登録者は42万人を超えている。『苦しみの手放し方』(ダイヤモンド社)をはじめ、著書多数。僧名「大愚」は、大バカ者=何にもとらわれない自由な境地に達した者の意。(写真:廣瀬知哲、以下同)
藤吉:編集の最中にも、住職がお考えになっている「伝えることの意義」に大きな影響を受けました。仏教そのもの、それから住職がなさろうとしていることにも共感を覚えました。その気持ちが、もしかすると取材の姿勢に現れたのかもしれません。
大愚和尚:ご自身の人生と結びつけて、一つひとつ、私の話を聞いておられるという印象を受けました。仏教は「分かりやすい言葉で伝えること」をとても大切にしていますから、そんなふうに聞いていただけるのは、うれしいことなんです。
私はね、お釈迦様というのは「世界最古のセールスレターのテンプレート」を作った方だと考えているんです。米国のセールスレターに100年の歴史がある? とんでもない。2600年前、お釈迦様はすでに「伝え方のテンプレート」を作り出し、実践されていたんですよ。
藤吉:お釈迦様は仏教の開祖というだけでなく、「伝え方のテンプレート」の開祖でもあったとは、驚きです。お釈迦様の説法には、伝え方の型があった、ということですね。「説法は、セールスレターである」という解釈は、とても興味深いです。ビジネスにも精通する大愚住職独自の視点だと思いました。
大愚和尚:セールスレターについては、事業をしているとき、かなり積極的に勉強をしましたし、社員にも勉強するように勧めました。
お釈迦様が作られた「伝え方のテンプレート」
大愚和尚:お釈迦様は、北インドの地方を治める釈迦族の王様の子どもとして、何不自由なく育った方です。すべてを捨てて出家なさったのは、29歳のとき。厳しい修行を続けられたのですが、あるとき、苦行によって苦しみがなくなるのではない、ということに気がつかれた。それからは菩提樹の木の下に座り、ご自身の心に向き合うということをなさった。どのようなプロセスで自分の心に苦しみが生じるのかを、徹底的に観察なさった結果、35歳で「悟り」という境地に達せられたんです。
ただ、それを「人に伝えていくか」については、躊躇(ちゅうちょ)なさったそうなんです。言っても分からないだろうと。
藤吉:それでも、皆に伝えていくことを選ばれたわけですね。
大愚和尚:ええ。悟り、つまり「真理を伝える」と決められて、かつて共に修行した仲間の元へと歩み始めたのです。その道中、ウパリという1人の出家者に出会ったんですね。ウパリはかつての修行仲間とは別の通りすがりの出家者なのですが、お釈迦様の歩く姿を見て感ずるものがあり、「あなたは何か私の知らないことを知っておられる。どういう師匠について修行なさったのか、教えてほしい」と近づいてきたのです。そこでお釈迦様は、ウパリにお話をされた。ところがウパリは、それを聞いても何ら感ずることなく、立ち去ってしまったのです。
藤吉:お釈迦様の言葉が、伝わらなかったと。
大愚和尚:そうなんです。それでお釈迦様はこれを大いに反省なさった、という話があります。そのため、修行仲間たちにお話をする前に、「伝え方のテンプレート」、すなわち「四聖諦 (ししょうたい)*1」を作られました。「苦集滅道(くじゅうめつどう)*2」という4つの要素を、この順番で説かれたのです。これは「仏教とは何か」を語る原点ともいえます。
藤吉:「苦集滅道」……。確か、仏教の根本真理を表す言葉だとお聞きしたことがあります。
大愚和尚:私たちはいろいろな「苦」に見舞われるじゃないですか。フラれた、病気になった、本が売れないなどもそうですね。そんなすべての苦しみには原因がある。それを表すのが「集」という言葉です。そして、苦しみに向き合い観察をして、その原因を明らかにしたならば、苦しみを「滅」することができる。では、具体的にどうすればいいのか。滅するための具体的な方法、それが「道」です。そしてそれには8つの具体的な方法、「八正道(はっしょうどう)*3」がありますよといって、8つの道を説かれたんです。
藤吉:苦しみを提示して、原因を示し、「それをなくすことができる」と伝えてから、具体的な方法を示す。確かにこの伝え方の順番はセールスレターと同じですね。

大愚和尚:ここには共感がありますよね。この「高度に設計された話し方」というのは、ウパリの失敗があったからこそです。せっかく真理を伝えようとしたのに、これが伝わらなかった。その反省から、「苦集滅道」という話法が生み出されたのです。実際にこの方法によってお釈迦様の話がより伝わりやすくなり、かつての修行仲間たちはたちまち悟りを開いたといいます。そのため、お釈迦様は、弟子たちにも、できるだけ分かりやすい言葉を使い、言葉巧みに仏法を伝えることを奨励されたのです。
藤吉:僕は今回、『「話し方のベストセラー100冊」のポイントを1冊にまとめてみた。』を執筆するに当たり、100冊以上の「話し方の本」を分析しました。「話が上手になりたい」といった場合、話し方のノウハウやテクニックがクローズアップされることになる。それは当然だと思うんです。テクニックを身に付けていけば、表面的なコミュニケーションの部分は、実際どんどん上達していきます。
ただ、「話は人なり」という言葉があるように、テクニックを身に付けたからといって、たちどころに話が流ちょうになるわけではない気がします。聞き手の心を動かすのは、テクニック以上に、話し手の人柄であったり、内面であったり、考え方なのかな、と。
あることを表現するときに、結局、どんな言葉を使うかが問われてくる。というのは、その人自身の内面が、言葉を選ぶからです。遅れてきた新人に、「遅刻をするんじゃない。バカヤロウ!」と否定的に言うのか、「時間を守ると信用されるよ」とメリットを伝えるのか。「時間は守るべきである。遅刻をしない」ということを伝えるにしても、表現の仕方や言葉の選び方に、その人自身が出てくるものだと思います。
型を身に付けて初めて見えてくる「本質」
大愚和尚:確かにテンプレートを使えば、成果は出ますよね。この本が示すように、証明済みのテンプレート、つまり「型」が、特にビジネスの世界では多くあるものです。ただその「型」を皆が使うようになると、急に通用しなくなってしまうんですね。もちろん、それでも引き込まれてしまうものもあるのですが、大切なのは「型が流通した後」だと、私は考えています。皆が「型」を使うのが当たり前になったとき、初めて「型の奥にあるその人」が問われるわけです。
藤吉:話が上手になるためには、話し方の「型」を身に付けることも大事だけれど、それだけではダメ、ということですね。内面をどういうふうに育てていくのか。そこにも目を向けていかないと、相手が本当にどういうことを言いたいのかをつかむことはできないし、自分の考えも伝えることができないのかもしれません。
大愚住職は長年空手をされていて、現在も指導者として道場に立っておられます。武道の世界も「型」からのスタートですよね。
大愚和尚:空手道に限らず、剣道、華道、茶道、など、道(どう)の世界は「型」から入るんです。ただし、型そのものは、鋳型のような形式でしかない。その「型」に「知」が加わると「かたち(形)」になります。「知」というのは「知恵」「道理」です。その道の初心者に、最初から「理」を説いても理解できませんから、「型」から入るのです。そして、この「型」を習得したところに「知」が加わると最強になる。藤吉さんの『「話し方のベストセラー100冊」のポイントを1冊にまとめてみた。』は、そういうところへいざなう本だと思います。型から入って、知が加わる。
藤吉:「形から入って心に至る」という言葉を聞いたことがあります。いわゆる「道」の世界は、形、つまりここでいう「型」から入るものなのかもしれませんね。最初は分からなくても、決められた「型」を守り続けることで、次第に気づくことがある。
ですから話し方においても、まずは「型」を身に付けるのが、一つの方法だと思います。僕たちの本の中でも、逆三角形型やPREP(プレップ)法といった「結論を先に伝える型」を紹介しています。けれど、型にはめるだけでは本当の自分の考えは伝わらないし、人の心を動かすこともできない。人の心を動かすには、住職がお話しされた「知」であったり、人間的な豊かさを磨いていったりしなければいけないわけですね。
ガンジーの教え:信念、思考、言葉……、そして運命を変える
大愚和尚:インド独立の父といわれるガンジーさんは、「信念が変わると、思考が変わる。思考が変わると、言葉が変わる。言葉が変わると、行動が変わる。行動が変わると、習慣が変わる。習慣が変わると、人格が変わる。人格が変わると、運命が変わる」という言葉を残しておられます。
私たちは話をしているとき、言葉を聞いていますよね。仏教では、発せられる言葉のもっと奥深いところを見ているんです。ガンジーさんに象徴されるように、「発せられる言葉の、もっと手前がある」と考えているのですね。
藤吉:発せられる言葉の前に、「信念や思考」があると。
大愚和尚:言葉のもっと奥に、その人が普段考えていること、感じていること、その人がそれまで培ってきた価値観や概念がある。そこをインド人は見ているんですね。
藤吉:住職は現在、YouTube(大愚和尚の一問一答)で日々、人々から寄せられた相談に応えていらっしゃいます。相談者、あるいはチャンネルの視聴者から寄せられる反応やコメントを通して、「日本人とインド人の言葉の捉え方の違い」を感じることはありますか?
大愚和尚:日本人は発せられた表面的な言葉だけに反応する傾向があるように思います。なぜ相手が、そして自分が、その言葉を発するのか。それは意識的なのか、無意識なのか。そういったところにまで、思いが及んでいないのですね。「思っていることは私の勝手でしょ。自由でしょ。何を思っていたっていいよね」と考えている節がある。
しかしお釈迦様は、私たちに、「思いが変わらないと、言葉も変わらないし、行動も変わらない。つまり人生が変わらない」ということを教えてくれています。ですから、心に何を思うかを大事にして、それをひっくるめてのコミュニケーションだと考えていただくのがよいかと思います。その言葉を「型」に乗せて表現する前に、あなたが何を感じ、どう生きているのか。それこそまさに「話道」ですよね。
藤吉:『「話し方のベストセラー100冊」のポイントを1冊にまとめてみた。』をきっかけに、言葉の奥にある「普段思っていること」を見つめ直すことができたら、うれしいですね。
大愚和尚:言葉というのは、人の中にあるたくさんの「思い」のうちの、氷山の一角でしかありません。それでも私たちが、言葉を大切にしなければならないのは、それが愛を語ることができるのと同様に、人を傷つけ、殺(あや)めることもできるからです。私たちはあまりにも、言葉の力を知らなすぎます。無意識に言葉を垂れ流すことで、発する側も、受け取る側も、両方が苦しみをその言葉によって得ているのです。
「悟り」に達せられたお釈迦様でさえ、それを「人に伝えるか」、そして「どう伝えるか」を大いに悩まれたのです。同じように私たちも、言葉を発するときには、心の中でよく整えて発していきたいものです。

(構成:黒坂真由子)
<後編に続く>
[日経ビジネス電子版 2022年1月5日付の記事を転載]
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100冊分の「絶対ルール」をランキング形式で一挙公開!
第1位 会話は「相手」を中心に
・「自分の言いたい話」より、「相手の話したい話」をする
・人は「自分の話を聞いてくれる人」と話したい
第2位 「伝える順番」が「伝わり方」を決める
・誰でも「結論」から話し始めると、誤解なく、記憶に残る伝え方ができる
・冒頭で興味をそそり、食いつかせるには?
第3位 話し方にメリハリをつける
・「文末まではっきり話す」だけで納得感が爆上がり
・心を動かす「間」の取り方
好かれる人、仕事ができる人の、「感じが良くて、信頼される」話し方を、 最短ルートで身に付けましょう。
藤吉豊、小川真理子(著)、日経BP、1650円(税込み)