何を変えれば、これまでとは違った一歩を踏み出すことができるのだろうか。仕事、趣味、人間関係? 何から手をつけていいか分からないなら、「言葉」を変えてみるのはどうだろう。30年を超える年月、出版界という言葉の海の中を泳ぎ続けてきた『 「話し方のベストセラー100冊」のポイントを1冊にまとめてみた。 』の共著者・藤吉豊氏と、小学生から80代まで、相談者2000人待ちという大愚元勝和尚による対談。後編は、「会話で一番大切な聞き方」について。お坊さんと「言葉の力」を考えます。
話し方のルール第1位は、「聞き方」。会話は「相手」があってこそ
大愚元勝和尚(以下、大愚和尚):藤吉さんが書かれた『「話し方のベストセラー100冊」のポイントを1冊にまとめてみた。』では、話す上で重要なポイントの統計を取ってランキングで紹介していますが、その1位が「聞き方」だという結果が出たときには、どんな思いがありましたか?
藤吉豊(以下、藤吉):驚きました。「話し方の本なのに、聞き方が1位なの?」とツッコミが入るのではないかと(笑)、心配もしました。
ただ事実として、100冊中の70冊に、「聞くことの大切さ」が書かれてあったんです。会話には相手が必ずいますから、「自分の話したい内容を話すこと以上に、相手の話したい内容を聞く」ほうが大事なのだと思います。
大愚和尚:70冊ですか。

佛心宗 大叢山福厳寺住職。(株)慈光マネジメント代表取締役。慈光グループ会長。「僧にあらず俗にあらず」を体現する異色の僧侶。事業家、作家、講演家、セラピスト、空手家でもある。愛知県小牧市に545年もの歴史を誇る禅寺、福厳寺の弟子として育つ。32歳で起業。複数の事業を立ち上げて軌道に乗せる。40歳を目前に寺に戻り、仏教伝道ルートをはじめとする世界23カ国を遊行。平成27年に31代住職に就任。令和元年には、従来の慣習や常識にとらわれない会員制寺院仏教として佛心宗を興し、新たなスタートを切った。YouTube『大愚和尚の一問一答』の登録者は42万人を超えている。『苦しみの手放し方』(ダイヤモンド社)をはじめ、著書多数。僧名「大愚」は、大バカ者=何にもとらわれない自由な境地に達した者の意。(写真:廣瀬知哲、以下同)
藤吉:はい。要するに会話で大切なのは、「相手を中心に考える」ことなんですね。
「聞く」ときだけでなく、自分が話をするときも、相手を中心に考える。例えば、話し方のプロの多くが、「言葉の選び方」にも触れていました。
取材をしていると、当たり前のように専門用語やカタカナ用語が出てくることがあります。その人の業界、身内であれば当たり前に伝わることであっても、外部の人には意味が分からない。会話の中に一つでも意味が分からない言葉が挟まれると、それ以降の理解が及ばなくなってしまいます。伝える側としてはまず、自分が日常的に使っている言葉が、果たして相手に伝わるか、ということを考える必要があります。「自分が知っているのだから、相手も知っているはず」という思い込みを捨てた上で言葉を選ばないと、本当の意味で相手に理解してもらうことはできません。
大愚和尚:お釈迦様は教えを説くのに、「決して人々が分からない言葉で語ってはならない」としました。35歳で悟りを開かれてから、80歳で亡くなられるまでの間、ずっと人々の苦しみを聞いてアドバイスをなさった。その際お釈迦様は、自分が話している相手の能力、育った環境や背景を見越した上で、その人に伝わるような例え話を出したり、伝わるような順番を考えたりして、お話をされたといいます。画一的なお説法をしたわけではないんですね。これを「対機説法(たいきせっぽう)*1」というのですが、相手を見て、自分の伝えたいことを伝える。これがお釈迦様のお説法なんです。
「自分の言うことを相手は正しく理解できるはずだ」は思い込み
大愚和尚:お釈迦様は、お弟子さんが「言葉巧み」であることを、ものすごく奨励されたんです。真理を人に伝えたいのであれば、伝わらない話し方ではダメだと。話し方の順番までこだわられたのには、「伝えたい」という強い思いがあったからです( 対談前編「説法は最強のセールスレター。お釈迦様の伝え方の『型』とは」 )。
仏教というのは、お釈迦様が一人ひとりに合わせて、それぞれの苦しみを救ってこられたというエピソードを、側近の弟子が人生をかけて聞き取り、記したものなんです。「いつ、どこで、誰に対して、お釈迦様はこんなことを語られた」というエピソードが、お経なんですよ。
そのエピソード集であるお経を、後の人が調べていく中で、その中に共通した考え方を見いだして体系立てていったのが「仏教学」です。お釈迦様という方は、何かを書き記したり、残したりしたわけではないんですね。会う人会う人、皆さん一人ひとりに対して、その苦しみに合わせてお話を続けた。コミュニケーションの人だったんです。
藤吉:配信されている住職の「一問一答」こそ、まさに「対機説法」だと思うんです。寄せられた悩みに答えるために、すごく言葉を選ばれて、その方の気持ちに届くように、理解できるように、お応えになる。それが30分になるときも、40分になるときもありますよね。
大愚和尚:始めたときには、IT 関係の若い社長さんなどが連絡をくださって「YouTubeは最初の1分、2分で離脱してしまうので、3分でまとめたほうがいい」とアドバイスされたんです。でも、「明日死にたい」という人に、「あなたの悩みのポイントを、3つにまとめます」なんて、まずありえないんですよ。だから、そのままのスタイルで続けたんです。
藤吉:専門家が心配した長時間のコンテンツにもかかわらず、今では登録者数42万人です(2021年12月現在)。
大愚和尚:それまで対面で受けていた相談と同じようなイメージを持って、YouTubeでもお話ししています。身近な話から始めて心を開いていただいてから、本題に入る。本当に必要としている方に届けばいいと思って始めたチャンネルですし、私の話が皆さんに評価されないものであれば、廃れればいいと考えていました。ですから家族にも言わずに始めたんです。
そしてこれは一つ、問いかけでもあったのです。仏教やお坊さんの話が、人々に必要とされているのかどうか、という。
藤吉:それが受け入れられたわけですね。

本というメディアだと、どうしても一項目に落とせる要素は限られてしまいます。そういう意味では、本では若干「対機説法」よりも、「型」を意識しているかもしれません。
大愚和尚:それはお経も同じです。私たちは直接お釈迦様にお会いすることはできないわけです。ですから私たちにとって、お釈迦様の教えというのは、全て「経典」なんですね。つまり、文字として書かれたものです。お釈迦様は書を残していません。ただそばにお弟子さんがいて、そのエピソードを私たちが分かるような形で残してくれた。お弟子さんたちの巧みな文章術、つまり「型」がなければ、仏教の教えは2600年の時を超え、民族を超え、国境を超えて、日本にまで伝わってこなかったかもしれません。
「般若心経(はんにゃしんぎょう)*2」にしてもそうですが、この文章の「型」というのが、ものすごく美しい。文字の配列、言葉の音、一つの作品なんですね。語り継がれているのには、書き記したお弟子さんの文章術の巧みさがあったわけです。
会話は「キャッチボール」。相手はちゃんと「聞ける状態」になっているか?
大愚和尚:コミュニケーションの基本について皆さんにお話しするときに、大事な原則があるんです。それは概念ではなく、体感をしていただくということです。
例えば、研修会や勉強会でコミュニケーション力や対話力について話をするときには、実際にキャッチボールをするところから入ります。
藤吉:「会話はキャッチボール」であることを、体感してもらうためですね。
大愚和尚:本当に何かものを投げようと思ったら、相手がそれを受け取る準備がないといけません。相手が受け取らなかったら、キャッチボールは成立しませんからね。でも、私たちは会話のキャッチボールにおいて、「言ったでしょ」と相手を責める。相手は全く受け取っていなかったり、受け取る準備が整っていなかったりしてもです。もしくは投げる側が、受け取れないところに投げたり、すごいスピードで投げたりしている場合もあります。
特に、近しい人、親子、夫婦、同僚、友達だと、「分かってくれるでしょ」といって、ひどい球を投げてしまいます。そして受け取ってもらえなかったことに対して、怒ってしまうんです。
藤吉:「あの人は分かってくれない」というパターンですね。
大愚和尚:やっているのはそういう滑稽なことなのだと、物理的なキャッチボールをすると分かるようになる。言葉のキャッチボールだと、自分と相手には違いがあるのが当然だということを忘れてしまうんですね。それはボールと違って、言葉に対してしっかりと意識が向いていないからなんです。これが英語などの普段使わない言葉であれば、自分の言葉を吟味して話せるんですけれど、自然に使える日本語だと、使いこなせているという錯覚を持つんですよね。
藤吉:「慣れている」ことと、「きちんと使えている」ことは、別の話なんですよね。僕も日本語には慣れていますけど、じゃあ、僕たちの本に書かれてあるルールを守って言葉を使えているかといえば、そうじゃないことがたくさんあります。だからこそ、話し方の本、書き方の本が必要なのでしょうね。
大愚和尚:学校に国語という科目はありますけれど、「こういうことを伝えるために、こんな『型』がある」ということは、話し方においても、書き方においても、教えてもらいませんからね。
華道、茶道、柔道、剣道……「書く」を究めて文道へ
藤吉:人生の多くの時間を、「書くこと」に費やしてきたこともあって、学校で習えなかった「書くノウハウ」あるいは「言葉の力の使い方」を、それを必要とする人に伝えていきたいと思うようになりました。「書き方や、書く楽しさを伝えていきたい」という思いを持って、会社を立ち上げることにしたんです。その際、真っ先に思い浮かんだのが、「大愚住職に社名をつけていただく」ことでした。住職であれば思いをくんで、さらに飛躍できる社名をつけてくださるのではないかと。
大愚和尚:「文道(ぶんどう)」という名前をお渡ししたとき、どんなことを思われたのですか?
藤吉:住職は、「文道」という社名の中に「文ハ 是(こ)レ 道ナリ」のメッセージを込めてくださいました。「文」とは「書く」こと。「道」とは「人生」「道徳、道理」のこと。文道とは、「書くことは、人生そのものである。書くことは、人がふみ行なう道徳・道理である」という意味です。
社名は、まさしく僕たち自身です。「文道の藤吉です。文道とはこういう意味です」とセットにすれば、僕たちの思いを簡潔に伝えることができます。ですからセミナーの後には、必ず社名の意味を伝えるようにしているんです。僕自身も、そのたびに基本に立ち返ることができます。
大愚和尚:名前をつけるときには、文字と音、意味、字に書いたときのバランスを考えます。あとは誰でも読めることですね。茶道でも華道でもそうですけど、日本のお家芸といわれるものには、この「道」という字がついている。これはもともと、生き方や真理に向かっての道を表す、仏教の言葉なんですね。
藤吉:「文道」という名前に応えられるように、言葉とその奥にある思いを大切にしていきたいと思います。そしてそれを、多くの人に伝えていくことが、僕にとっての役割、道なのではないかと感じています。

(構成:黒坂真由子)
[日経ビジネス電子版 2022年1月6日付の記事を転載]
雑談、会話、リモート会議、説明、説得、プレゼン、営業トーク、ほめ方、叱り方……「うまく話せない」「伝わらない」が一発解消!
100冊分の「絶対ルール」をランキング形式で一挙公開!
第1位 会話は「相手」を中心に
・「自分の言いたい話」より、「相手の話したい話」をする
・人は「自分の話を聞いてくれる人」と話したい
第2位 「伝える順番」が「伝わり方」を決める
・誰でも「結論」から話し始めると、誤解なく、記憶に残る伝え方ができる
・冒頭で興味をそそり、食いつかせるには?
第3位 話し方にメリハリをつける
・「文末まではっきり話す」だけで納得感が爆上がり
・心を動かす「間」の取り方
好かれる人、仕事ができる人の、「感じが良くて、信頼される」話し方を、 最短ルートで身に付けましょう。
藤吉豊、小川真理子(著)、日経BP、1650円(税込み)