暗号資産イーサリアムを弱冠19歳にして2013年に創案し「若き天才」と称されるヴィタリック・ブテリン。彼はプログラマーであると同時に、ブロックチェーンおよび暗号資産のあり方を2011年から取材・執筆してきた著述家でもある。イーサリアム誕生前夜から現在までの彼の著述をまとめた書籍『 イーサリアム 若き天才が示す暗号資産の真実と未来 』から、分散型自律組織(DAO)に関する考察を一部抜粋・再構成して紹介する。

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 ブロックチェーンを使う新しい組織形態として、分散型自律組織(DAO)が注目されている。イーサリアムの創案者であるヴィタリック・ブテリンは2015年1月に「超合理性とDAO」という「イーサリアムブログ」の記事で、すでに「超合理性」を起点にDAOの本質的な価値と役割を考察している。

イーサリアムを創案したヴィタリック・ブテリン氏(写真:Shutterstock)
イーサリアムを創案したヴィタリック・ブテリン氏(写真:Shutterstock)
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「DAOは何の役に立つのか?」

 暗号資産2.0の世界で、分散型自律組織(Decentralized Autonomous Organization:DAO)についてよく耳にする問いは、いたって単純だ。DAOは何の役に立つのか、という疑問である。

 管理と運用がパブリックブロックチェーン上のプログラムに任されており、それを従来のやり方では決して手に入れられないとしたら、そもそも組織はそこからどんな利益を得られるのか。ブロックチェーンコントラクトには、昔ながらの契約と比べてどのような利点があるのか。

 特に、透明性の高いガバナンス、不正ではないと保証されるガバナンスを支持する公益の根拠を示すことができたとしても、個々の組織が機密のソースコードを公開して自らを弱体化するようなインセンティブはあるのだろうか。競合他社に一挙一動を、あるいは内密に進めている計画までも知られてしまうというのに。

 こうした疑問には、さまざまな答え方がありそうだ。具体的にいうと、たとえば非営利組織の場合、慈善という大義に貢献していることは最初から明白であり、そこに個別のインセンティブはないと言い切れるだろう。自身にとっての金銭的な利益はないも同然で、世界を良くすることに身を投じているからだ。

 一方、民間企業の場合、情報理論的な議論も成り立つ。他の条件がすべて等しいと仮定すると、全員が参加して、独自の情報や機密を計算に取り込めれば、ガバナンスのアルゴリズムはもっと効果的に機能するという議論だ。アルゴリズムを調整するより、データのサイズを増やしたほうがパフォーマンスの向上がはるかに大きいことは機械学習で立証されているので、それを考えるとかなり妥当な仮説といえる。ただしここでは、それとは別の、もっと具体的な道筋を考える。

超合理性とは何か

 ゲーム理論と経済学では、一定数の個人が二者択一の行動をとるさまざまなケースが存在するという結果が広く知られている。互いに「協力する」か、互いを「裏切るか」という選択で、全員が協力すれば全員にとって良い結果になるが、相手の行動にかかわらず個々人にとっては裏切ったほうがいい結果になる。そうすると当然、誰もが裏切ることになるので、個人単位では合理的な判断が、全体では最悪の結果につながる。このパターンとして最もよく知られているのが、有名な「囚人のジレンマ」だ。

 現実の世界を見ると、二者間における囚人のジレンマは小さいスケールでたくさん存在するが、取引のしくみや、法制度の機能を通じて契約や法律を強制することで解決されている。裏切りが発生する場合もあるが、人が倫理的に行動して協力することも、もちろん多い。なぜ、そういうことが起こるのだろうか。私たちは進化によって生まれ、進化はたいてい利己的な最適化機能だからである。説明はいろいろあるが、私が考察しようとしているのは、「超合理性」という概念を伴う説明だ。

 例えば、善である人どうし(エージェントAとエージェントBとする)が接触した場合、2人とも協力し、報酬は多くなる。善である一方のエージェントAが善でない他方のエージェントBに接触した場合、善であるエージェントAは裏切る。したがって、すべての場合に、善であるエージェントは少なくとも善でないエージェントと同様に行動し、多くの場合、(より報酬が多くなる善であろうとして)良い行動をとる。これが、超合理性の本質だ。

 こうした超合理的な協力こそが、これまで1万年ほどの歴史のなかで人間が協力し合う重要な基盤になってきたといえるだろう。

 しかしながら、近代になって誕生した大規模な中央集権組織の不幸な副産物として最も大きかったのは、互いの心理を読み取る能力を、人が巧みに欺けるようになったことかもしれない。その結果、超合理的な協力は難しくなってしまった。だが、別の道筋をたどる手もある。組織が自ら自発的に、そして徹底的に、これまでになかった規模で秘密を漏らすようになる、超合理的になる道を示すことだ。

なぜDAOで組織の信頼性が上がるのか

 分散型自律組織(DAO)が概念として独特なのは、そのガバナンスのアルゴリズムが、秘密を漏らすどころか、完全に公開されている点だ。透明性の高い中央集権組織の場合、部外者は組織の性質について概要くらいはつかめるものだが、DAOになると、部外者は組織のソースコードをまるまる見られるということだ。そして、DAOを支えている人間の「ソースコード」は見えないとしても、その参加者にかかわらず、特定の目的に大きく偏向するようにDAOのソースコードを書く手立てはある。したがって、誰かが不正を考えはじめた場合には全員に公表されてしまうだけでなく、組織の「頭脳」が不正を考えることも不可能になる。

 では、昔ながらの通常の協力では解決できず、超合理的な協力で解決できる市場の不備としては、どんなものがあるだろう。公共財の問題は、残念ながらこの範囲に入らない。どのメカニズムでも、大規模なマルチパーティーのインセンティブが関わる問題は、解決できないのだ。

 DAOのモデルで、組織が非中央集権化を進め、秘密を漏らしやすくしているのは、組織の信頼性を上げるためであり、信頼を得られない組織をこの「信頼の輪」の経済的メリットから除外するためである。これが公共財となると、誰かをメリットから除外することはできない。だからその戦略は失敗に終わる。ただし、情報の非対称性に関連することは、確実にこの範囲に入るので、その範囲は十分に広くなる。社会が複雑になればなるほど、不正行為は多くの点で次第に容易になっていき、取り締まること、ときには把握することさえ難しくなる。現在の金融システムはその例にほかならない。DAOに期待できるのは、そもそも期待できることがあるとすればだが、その点を支援することにある。

イーサリアムを弱冠19歳にして創案し「若き天才」と称されるヴィタリック・ブテリン。プログラマーかつ著述家としてブロックチェーンのあり方を追い続けてきた彼が、イーサリアムをはじめとする暗号資産の目的、役割、機能、有用性、可能性について記した著述をまとめた1冊です。イーサリアムを基盤とするDAO(分散型自律組織)やNFT(非代替性トークン)、DeFi(分散型金融)といった「Web3の真価」を理解する上で、大いに示唆に富む考察が満載です。

ヴィタリック・ブテリン(著)、ネイサン・シュナイダー(編)、高橋聡(訳)、日経BP、2420円(税込み)