まだ介護が必要ではないけれど、親のちょっとした衰えを見て不安を覚えるようになった、という人は少なくないでしょう。その段階だからこそやっておくべきことは、何かあるのでしょうか? 88歳になる父親の「遠隔ケア」を5年以上続けるコラムニストのジェーン・スーさんと、『 家族みんなが楽になる! 親にスマホをもっと使ってもらう本 』の著者である増田由紀さんに対談していただきました。
介護の前に「要観察」の段階がある
介護保険制度では、日常生活や家事をどれだけ自立的に行えるかを判断基準にして、「要支援1、2」「要介護1~5」の計7段階に分類しています。しかし、「いつから何をサポートすべきか」という判断は、本人と家族に委ねられます。この判断が、難しいですよね。
ジェーン・スーさん(以下、スー) 人は、いきなり寝たきりになるわけではないんですよね。「要介護」になる前に、「要支援」を含む「介護未満」の期間が結構長いんです。特段気にかけなくても大丈夫だった親から、支援が必要な親になるまでにも段階があります。
うちの父は介護認定調査で「要支援2」でしたが、その状態になるまで、私の体感的には5、6年ありました。その間、記憶があいまいになったり、骨折したり、救急車で運ばれたことも。今は回復しましたが、若い人のように前よりも良くなることは絶対になくて、基本的に体力は右肩下がりです。一人暮らしは危ういと思いつつ、あくまで本人が「助けてほしい」と言うまでは見守ることに決めていました。
増田由紀さん(以下、増田) 親子でも、相手の尊厳やプライバシーは尊重すべきものですからね。私の両親も80代後半で「介護未満」の段階です。近くに住んでいて、まめに顔を出すようにはしていますが、高齢になったからといって手出しをし過ぎないように気を付けています。
スー 私は、要支援の前に「要観察」という段階があると思っています。うちの場合、約30年前に母が他界していて、父とは月に1回、母の墓参りで会っているんですね。そのとき、父の足取りはどうか、前回のように墓参りができているか、清潔感は失われていないか、などをこっそりチェックします。気になることがあれば、さりげなく話題にして様子を探る。そういう小さな介入をすることによって、本人からSOSを出しやすいようにするのが「要観察」のポイントだと思います。
それで実際に、父から「もうダメだ、助けてくれ」とSOSが来て、家に行ったらもうぐちゃぐちゃで……。「なるほど、これは本当に助けが必要だな」と思って、具体的な支援を始めました。
増田 「要観察期」の定点観測の機会として、お墓参りを活用するのはとてもいいですね。誘い方として、不自然さも無理やりな感じもありません。外出がおっくうになりがちな親にとっていい運動の機会になるし、お墓参りの後にご飯を食べに行けば、ちゃんと注文できるのか、食べる量は減っていないかなども観察できますから。
スー 毎月でなくとも、「定期的に同じことをする」というルーティンを作ることが重要だと思います。できること・できないことが目に見えて分かりますからね。早い段階で異変に対処できれば、体力低下の進行を緩やかにできると思います。
親の「大丈夫」は、「宿題やった」という嘘と同じ
増田 スーさんの著書『 介護未満の父に起きたこと 』を読んで、スマホを賢く使われているなと思ったのは、お父様に食事の写真を送ってもらっていたことです。私の友人にも、「親の健康管理のために、食事の写真だけは送れるように覚えてもらった」という人がいます。
スー 本を書いたときから時間がたって、今は食事の写真の送付をお願いしていませんが、食事の写真を送ってもらうのは、何をどれくらい食べているのかを経過観察できるのがメリットです。1回目の食事に出ていたものが、2回目の食事にほとんど減っていない状態で出ていたりするので。
父は体重の減少が懸念事項で、栄養補助ドリンクを常飲してもらっていますが、なかなか体重を維持できなくて。父に「ちゃんとご飯食べてる?」と聞くと、必ず「食べてる」と言います。本人は食べたつもりでも、十分な量を食べられていないのが実情なので、そこを私が写真を見てくみ取るわけです。「本人に説明させることをどれだけ省けるか」というのが、写真を送ってもらう大きな意義ですね。
増田 親のほうも、子どもたちに世話をかけまいとして「大丈夫、大丈夫」って言いがちですからね。
スー 私たちが子どもだったとき、親に「宿題やった?」と聞かれて「やった」と嘘をついていたのと同じです(笑)。嘘がバレたら、「何で嘘をつくの!」と言い合いになることは必至ですよね。余計な衝突を生んでお互いに疲弊しないためにも、客観的に状況を判断できる仕組みを作ることが賢明だと思います。
あくまで対等に。あえてビジネスライクに
増田 お父様は、スマホを持つことを嫌がりませんでしたか?
スー 新しいもの好きなので、比較的早い段階でガラケーからスマホに変わりました。
増田 使い方を娘から教わることに、抵抗されることもなかった?
スー ええ、分からないことがあったらその辺にいる人に、誰かれ構わず聞くぐらい図々しい親なので、その点はとても助かりました。
増田 私のスマホ・パソコン教室に来られる高齢の方は、「自分の子どもに聞くと怒られるのが嫌だから、教わりに来た」というケースも少なくありません。うちの父も、どちらかというと教わるのが嫌いなタイプで、スマホを持つこと自体を嫌がりました。
『 家族みんなが楽になる! 親にスマホをもっと使ってもらう本 』でも書いた話なのですが、それで下手に出て、「私はスマホの使い方を教える仕事をしていて、そのお父さんがスマホを使えないのは示しがつかないから、お願いします」と頼んだら、スマホに変えてくれました。今では長文のLINEを送ってくるほどに上達しましたが、「最初のあの抵抗は何だったんだ」と思わずにはいられません。
スー 私は介護未満の父をサポートし始めるとき、父に「これは生活実験の共同プロジェクトだから、同じプロジェクトの一員としての自覚を持って協力してほしい」という言い方をしました。父のSOSがあって始めたこととはいえ、娘から監視・管理されているように感じたら不快でしょうから、あえてビジネスライクにしたんです。
増田 高齢の親に対しては、「協力してほしい」とお願いするスタンスのほうがスムーズにいきますよね。「これを使えるようになると便利だから、やって」とか、「これができないと困るのはお父さんだよ」といった命令的なアプローチだと、なかなか受け入れてくれません。
スー 家庭内での権力勾配という意味で、介護と子育ては本質的にすごく似ていて、どちらかが圧倒的な力を握ることになります。子育てでは親に力があって、それが逆転するのが介護。いずれも、力があるほうが「どれだけ相手を対等に置くか」というのは、ものすごく意識的にやらないといけないことだと思います。
その意識が欠けると、「何でできないの?」と一方的に責めてしまいがちです。「何でできないの?」というのは、不安の裏返しなんですよね。もしくは、「これ以上私の不安を増やさないでくれ」という勝手な願望から出る言葉。不安をなくそうとするから責めたくなるので、「初めての介護で不安になって当然」と開き直ることも大事でしょう。ま、そう思っていても、イラっとするものですが(笑)。
(第2回につづく)
取材・文/茅島奈緒深 構成/西 倫英(日経BOOKプラス編集) 写真/小野さやか
帰省のお供に! スマホに苦手意識があるシニア世代を、家族の立場から支えるプロのサポート術を紹介。実際に教室であった「あるある」なエピソードをもとに、スマホを使うのが楽になるポイントを解説します。
増田由紀著/日経BP/1870円(税込み)



