「その不調は、気のせいでも根性が足りないわけでもありません」――更年期の心身の不調から抜け出すヒントは、正しい知識にあります。全米ベストセラーとなった更年期の教科書『 科学的根拠で体と心の不調に立ち向かう 更年期大全 』(メアリー・クレア・ヘイヴァー著、矢羽野薫訳、日本経済新聞出版)より、日本語版の医学監修を務めた産婦人科専門医・高尾美穂さんによる解説を特別公開。更年期を生きるすべての女性へ贈る、力強いメッセージです。

【更年期を生きるすべての女性へ】

 この本を手に取ってくださったあなたへ、まず伝えたいことがあります。

 体も心も何かがうまくいかないと感じながら、それでも毎日を必死に生きているあなたは、すごく弱いわけじゃない。気合が足りないわけでもない。ホルモンの変動によって、ただ体が静かに変わっていっているだけです。

 更年期とは、卵巣機能が低下し、エストロゲンの分泌量が減っていく移行期を指します。

 だいたい45歳から55歳ごろに訪れて、ほてり、のぼせ、発汗、不眠、気分の落ち込み、関節の痛み、集中力の低下などの不調を経験することがあり、その症状は70種類以上もあるとされています。それらの不調の原因がはっきりせず、生活に支障をきたす状態を更年期障害と呼びます。

 つまり更年期とは病気を指す言葉ではなく、すべての女性が経験しうる、人生における自然な移行のタイミングです。

 日本での閉経の平均年齢は50〜51歳。閉経の前後5年、合計10年間が更年期と定義されていますから、40代半ばにはもう更年期に差しかかっている。まだ更年期じゃないと思っている方も、実はもう更年期に入っているかもしれない。

 大事なのは、その変化に気づいても気づかなかったふりをするのではなく、早めに自覚し、早めに対処すること。あらかじめできることを知っているか知らないかで、ずいぶん違ってくるものです。

日本の医療環境を世界的に見ると

 日本の医療環境について、少しお話しさせてください。

 この本の著者であるメアリー・クレア・ヘイヴァー医師は、アメリカで更年期医療の啓発に取り組んできた産婦人科医です。アメリカでは、更年期の専門医にたどり着くまでに何カ月も待たされることがある。医療保険の壁もある。そして長いあいだ、気のせいとか年齢のせいと片づけられてきた歴史がある。適切なケアを受けられないまま、何年も症状と闘ってきた女性が、本当にたくさんいたわけです。

 2002年に発表された、女性の健康に関するWHIの大規模研究の報告書が、ホルモン補充療法(HRT)への恐怖を世界中に広めてしまったことも、大きく影響したと考えられています。ホルモン剤は乳がんのリスクを高めるという報道が一人歩きして、多くの女性と医師がHRTを避けるようになった。その後の研究でデータの解釈に問題があったことがわかったのですが、一度広まった恐怖はなかなか消えません。アメリカでは今もその影響が残っています。

 その点、日本はまだ恵まれた環境にあります。婦人科や産婦人科のクリニックなどの医療機関は広く全国にあって、保険診療で平均的な水準の医療を皆が受けられる。HRTも保険適用で処方されるし、パッチやジェルなど、自分の生活に合ったかたちを選べる時代です。

 更年期で調子が悪いのかもしれないと思ったら、まず婦人科に行ってみてほしい。それだけで、かなり変わります。

 近くにかかりつけの婦人科がない方は、更年期外来とか女性外来というキーワードで探してみてください。こんなことくらいで相談してもいいのか、と躊躇(ためら)う必要はありません。受診する、専門家に相談してみる、という行動が、自分を大切にする最初の一歩です。

 HRT以外にも、加味逍遙散(かみしょうようさん)や桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)などの漢方薬をはじめ、日本では複数の選択肢から保険適用で選ぶことができます。薬は怖い、自然に乗り越えたいという気持ちは理解できなくもありません。でも、日常生活に支障が出ているなら、医療の力を借りるのは賢い選択です。

 ぜひ、我慢以外の選択肢に出合っていただきたい。

あなたの不調は、れっきとした体からのサインです

 ただ、医療へのアクセスとは別に、日本の女性には独特の重荷があると感じています。

 40~50代の女性の多くが、働きながら、家事をして、育児をして、親の介護もしている。ワンオペという言葉がすっかり定着してしまったように、家庭内の役割の偏りはいまだに根深い。

 内閣府の調査でも、家事・育児・介護に費やす女性の時間は男性の約5倍というデータがあります。

 更年期症状を経験しやすいこの時期に、夜中に汗をかいて目が覚めて再び眠れなくても、翌朝には弁当を作って、会議やプレゼンをこなして、帰ってきたら夕食を用意しながら他の家事をする。そのサイクルを当たり前のように続けてきた女性が、ある日突然、限界を迎える。これは本人の意志の問題ではありません。ホルモンの変化と、社会的・家庭的な過負荷が、同時にやってきてしまっただけのことです。

 疲れているのは更年期のせいじゃなくて、単なる頑張りすぎでは、と自問する方も多い。

 でも、その頑張りすぎを支えてきたエストロゲンが減ってきているとしたら、その2つは切り離せるものではありません。エストロゲンには、脳の神経伝達物質に働きかけて、意欲や感情を安定させる作用があります。そのホルモンが揺らぐ時期に、睡眠時間の不足と過労、さらには孤独感が重なれば、気分が落ち込んだり不安が強くなったりするのは、当然のことです。

 この世代の女性は、上の世代の価値観と変わりつつある社会の間で揺れている世代でもあります。自分だけ弱音を吐いてはいけない、子どもや家族を優先すべき、仕事でも家でも完璧でなければ。言葉にはしていなくとも、そういった呪縛を抱えたまま更年期を迎えている方が少なくない。

 自分の不調を気のせいとか根性が足りないと片づけてきたあなた、その解釈は、今日で終わりにしてください。あなたが感じている不調は、れっきとした体からのサインです。

本書のメッセージ

 この本は、更年期にかかわる医学的な知識を、難しい言葉を使わず、生活者の目線で伝えています。食事、運動、睡眠、つまり生活習慣の見直し、ホルモン治療、サプリメントなど、自分にとっての選択肢を得ることは、力になります。

 食事については、タンパク質とカルシウムの重要性が繰り返し出てきます。エストロゲンが減ると骨密度が急速に下がりはじめます。骨粗しょう症のリスクは、閉経後の女性では男性の約4倍。でも、食事と運動で骨への影響はかなり軽減できます。骨折はもっと先の話でしょ、と思っている方ほど、今すぐ読んでほしい。骨粗しょう症予防のタイミングは、思っているより早く来ます。

 運動については、有酸素運動だけでなく、筋力トレーニングの重要性についてもしっかりと述べています。筋肉量を維持することは、基礎代謝の低下を防ぎ、骨への刺激にもなり、さらに血糖値の安定にもつながります。私自身、ヨガ指導者としての活動の中で、更年期以降の女性が動ける身体を取り戻す場面に何度も立ち会ってきました。この年齢で筋トレなんて、という遠慮はいりません。始めるのに遅すぎることは本当にありませんから。

 睡眠は、更年期における大きな問題の1つです。そもそも忙しすぎて、睡眠時間を確保できないだけでなく、寝つけない、夜中に目が覚める、朝早くに目が覚めてしまう、など、外来でもとてもよく耳にする訴えです。睡眠時間の不足は、記憶力にも判断力にも気分にも、すべてに影響します。眠れないのは仕方がないと諦めないで、まずは睡眠時間を確保してほしい。

 メンタルヘルスについても、この本では正面から向き合っています。更年期のうつ症状は、精神科的なうつ病と区別して考えるべき場合があります。ホルモンの揺らぎが直接引き起こしている気分の変動は、HRTで改善することが多い。心の問題とホルモンの問題を切り分けず、トータルに捉えることが大切です。

更年期は本当の自分を取り戻す、かけがえのない時期

 医学的な知識と同じくらい、いやそれ以上に、私がこの本を通してみなさんに届けたかったのは、自分を肯定するという視点です。

 更年期はよく、喪失の時期として語られます。若々しさを失う、美しさを失う、ホルモンを失う、生殖能力を失う。でも、その見方を、一度手放してみていただきたい。

 更年期を経た女性は、自分の感情に正直になる力を持ちます。

 なんとなく嫌だと思いながら続けてきたことを、やっとのことでやめようと言えるようになる。人の目を気にして押し込めてきた気持ちを、ようやく言葉にできるようになる。それは喪失ではなく、本当の自分を取り戻していくプロセスです。

 閉経後の女性が社会的に大きな役割を果たし、家族や部族の知恵袋として機能してきたという人類学的な仮説を、「おばあさん仮説」と言います。生殖を終えた後にも長く生きる人間の女性の存在意義を、進化の観点から説く考え方です。更年期以降の女性は、終わりではなく、別の役割の始まりを迎えている。そう捉えると、この世代の意義が変わってきます。

 日本の女性は長らく、自分の体や心の声を後回しにしてきました。

 まだ大丈夫、もう少し頑張ればどうにか乗り越えられるはず、みんな同じだから。そうやって、自分の心身からのサインを見て見ぬふりをしてきた方が多い。でも体も心も正直です。無視しつづければ、必ずどこかで限界を迎えます。

 今日から、自分の体に耳を傾けてほしい。しんどいと感じたら、それをそのままちゃんと受け止めてほしい。休むことは怠けではない。誰かに頼ることは弱さではない。自分のために時間を使うことは、わがままではない。

 飛行機の緊急時に、酸素マスクはまず自分に装着するよう案内されますよね。自分が倒れたら、誰のことも守れない。これは比喩ではなく、文字どおりです。それどころか、家庭において、母親がご機嫌でいられたら、家庭はまちがいなくハッピーでしょう。女性がご機嫌で働けたら、職場の男性を含むチームにとってもメリットは大きいはず、ですよね。

大切な一歩を踏み出したあなたへ

 医学監修という立場から、1つだけ補足させてください。

 この本に書かれている情報は科学的な根拠に基づいていますが、個人の状況によって最適な対応は異なります。特にHRTについては、血栓症・乳がんなどの既往や家族歴がある場合、慎重な判断が必要です。本書を参考にしながら、必ず担当の医師と相談し、治療方針を決めてください。

 この本で予備知識を得てから、医師とより深い対話をする。それがこの本の最も賢い使い方だと思っています。医学的に正確な知識があれば、診察室での会話が変わります。「なんとなく調子が悪い」ではなく、「この不調はホルモンの影響かもしれないと思うのですが」と伝えられるようになれば、よりよいケアへとつながることでしょう。

 この本を手に取ったあなたは、もう大切な一歩を踏み出しています。

 自分の体のことを自分なりに知ろうとすること、変化を前向きに受け入れようとすること、それ自体がすでに、自分を大切にするアクションだからです。

 何年も、何十年も、家族のために、職場のために、社会のために、自分以外の何かのために、あなたは一生懸命生きてきた。

 でも今、この本を閉じる前に、一度だけご自身にかけてみてほしい言葉があります。

 よく頑張ってきたね。
 これからは、もう少し自分のことも大切にしていこう。

 更年期を生きるすべての女性へ。
 あなたは十分に頑張ってきた。これからは、もっと楽に生きていい。
 この本が、新たなスタートになることを願っています。