「働いて、働いて、働いて、働いて、働いてまいります」——2025年の流行語にもなった高市首相の言葉に、違和感を覚えた人は少なくなかった。一心不乱に働くこと、努力することが前向きなメッセージとして響きにくい時代なのかもしれない。かつて、懸命に働き、農村復興に取り組んだ二宮尊徳を、GHQは「リンカーンに匹敵する民主主義者」と評価し、一円札の肖像に採用した。くしくも同時期に二宮尊徳にまつわる本を刊行した北康利氏と井上裕氏が、尊徳を敬愛し、「ど真剣」に働いた稲盛和夫との共通点を手掛かりに語り合う。
「働いて、働いて、働いてまいります」が響かない時代
北 康利氏(以下、北):実は、井上さんの本を書店で手に取ったとき、“稲盛和夫と二宮尊徳”という組み合わせに「うまいな」と思ったんです。いま二宮尊徳の存在感が薄れ、ある意味ほぼ無名になりつつあることに、僕は焦燥感を覚えています。そんな中で、井上さんの本の表紙には大きく「稲盛和夫」の名前があり、そこから「二宮尊徳」へと導いていく。これは本当に上手なやり方だと思いました。

井上 裕氏(以下、井上):もったいないお話です。ただ、正直なところ、世の中のある反応を見て「私の本は簡単には刺さらないかもしれないな」と思いました。昨年10月、高市首相が就任直後の記者会見で、「働いて、働いて、働いてまいります」(正確には5回「働いて」と繰り返した)と決意表明したことへの反応です。好意的に受け止める人がいた一方で、「時代に逆行している」との声も少なくなかった。私の本は農村復興に命を賭した二宮尊徳と、「ど真剣」に働いた稲盛和夫さんの哲学を伝える内容ですから、いまの社会ではピンとこないのかもしれないなと。尊徳がなぜ現代でさほど注目されずにきたのかということも、あの会見への反応から実感した部分がありました。

北:僕が稲盛さんの本を書いた2016年頃は、ちょうど安倍晋三内閣が「働き方改革」を打ち出していた時期でした。「プレミアムフライデー」(※1)も始まるなど、社会全体が働き方を見直す方向へ大きく動いていた。
でも、資源に恵まれず、人の力で発展してきた国で、「働き方改革」という言葉が強く叫ばれることに、僕は違和感を覚えました。そもそも、一人ひとりが働くことの意味を問い直す必要があるんじゃないか。だから、稲盛さんの生き方にもう一度光を当てたいと思った。懸命に働くことは、自己実現につながるし、自分を磨くことにつながる。そのメッセージを伝えたかったんです。今回、二宮尊徳の評伝を書いたのも、同じような思いがあります。
GHQが見いだした民主主義者・二宮尊徳
北:二宮尊徳は江戸時代後期の人物ですが、近代日本で尊徳を再評価したのは、実はGHQなんです。日本が敗戦した直後に新円切り替えがあり、そこで最初の一円札の肖像に選ばれたのが二宮尊徳だった。選んだのは日本人ではなく、GHQでした。
井上:GHQ新聞課のダニエル・インボーデンという人物が、二宮尊徳を見いだしたんですよね。彼は戦後の日本を自由主義的な方向へ立て直す役割を担っていた。静岡新聞の関係者に招かれて、尊徳について紹介されたのが出合いだったと言われています。彼は静岡県・掛川にある大日本報徳社の資料を読み込んで、大きな衝撃を受ける。そして、出張報告書に「リンカーンに匹敵するかもしれない民主主義者がここにいる」と記しました。
北:リンカーンは奴隷制度を廃止し、尊徳は「士農工商」という身分制度のなかで農民から幕臣にまで上りつめた。身分の壁を軽やかに越えた自由主義者だと評価されたのでしょう。しかも、尊徳は為政者も農民もみんな1つにならなければ社会改革はできないと考えていました。これがGHQには民主主義の理想に見えた。
内村鑑三が英語で著した『代表的日本人』(※2)でも、二宮尊徳は西郷隆盛や上杉鷹山らと並び、日本を代表する人物として紹介されています。海外から見て、尊徳はグローバルに通用する存在だったということです。

中国の従業員の心もつかんだ稲盛フィロソフィー
井上:そんな尊徳を敬愛する稲盛さんも、中国での評価が非常に高いですよね。稲盛さんが経営哲学を説く私塾「盛和塾(せいわじゅく)」にも、中国の塾生が大勢いたと聞きます。
北:この2人の共通点として強く感じるのは、日本人以上に海外の人たちに受け入れられているという点ですね。僕の本も稲盛さんが亡くなられたときの増刷は、明らかに中国の方が多かった。2012年の尖閣問題で日中関係が悪化したとき、中国の書店で日本関係の本が書棚から消えていくなか、最後まで残っていたのが稲盛さんの本だった、という話まである。
稲盛さんは従業員を何より大切にする姿勢を徹底した人で、亡くなった後も「京セラ従業員の墓」に分骨されているのは象徴的です。生前から「死んでからも一緒に酒を飲もうやないか」という思いで向き合っていた。中国に進出するときも同じで、「中国の人たちを自分たち以上に愛せなければならない」と語っていました。海外の工場でも、従業員第一の姿勢は変わらなかった。
実際、中国事業から撤退する際には多くの企業が労使トラブルに直面しますが、京セラは比較的円滑に進められたとされています。現地でも稲盛さんのフィロソフィー、つまり哲学や道徳に基づく経営姿勢が浸透していた。その積み重ねが大きかったんじゃないかと思いますね。

近くにいると偉大さがわからない
北:でも、不思議なことに、そんな稲盛さんが感銘を受けた尊徳を、日本人は忘れかけている。近くの人間は偉大さがわからない。遠くから見たほうが本質的な価値がわかるのかもしれません。
井上:尊徳は戦前・戦中までは広く知られていたのに、戦後になってなぜ、これほど顧みられなくなってしまったのか。多いときで小学校は2万7000校くらいあったと言われますから、仮にすべてではなかったにしても、私たちの世代がよく知っている「二宮金次郎像」もそれに近い数があったはずなんです。
ただ、確かに尊徳をいまの企業経営などに結びつけるのは簡単ではない。昔話として語ることはできても、「それが現代にどう役立つのか」を説明するには、かなりの思考力が要る。ここに大きなギャップがあるんですね。
北:ノウハウ本が増えたことで、成功者の体験談やテクニックはすぐまねできるようになりました。現代なら環境も似ているし、想像もしやすい。でも、それだけだと視線がどうしても低くなるんです。少し視座を上げて、リベラルアーツのような遠い思想に触れると、応用の利く考え方が手に入る。尊徳のような存在は、まさにそのための教材でもある。
井上:少し希望があるとすれば、2018年頃から教科書に尊徳が戻ってきていることですね。2022年に亡くなった稲盛さんも“歴史上の人物”のように紹介されている。北さんや私と同じように、教科書の編集者のなかにも「いまこそ彼らが必要だ」と感じている人がいるのかもしれません。

取材・文/金澤英恵 写真/稲垣純也
井上裕著、日経BP、2420円(税込み)
