人気漫画『宇宙兄弟』の名台詞
「グーみたいな奴がいて チョキみたいな奴もいて パーみたいな奴もいる 誰が一番強いか 答えを知ってる奴 いるか?」
人気漫画『宇宙兄弟』(小山宙哉作、「週刊モーニング」連載)で、宇宙飛行士の選抜試験に臨んだ主人公、南波六太(ムッタ)のセリフです。約1万票の投票を集めた『宇宙兄弟名言総選挙』で、堂々の1位になりました。
(※宇宙兄弟名言総選挙の結果はこちら)。
このセリフが刺さる人が多いのは、「人ってやっぱりそれぞれ違うんだな」と実感する機会が多いからでしょう。それは言い換えれば、例えばグーの人が、チョキの人を理解したり、パーの人に共感したりするのが難しいから、ではないでしょうか。今井むつみ先生のベストセラー『「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか?』から言葉を借りれば、人によって世の中を理解する枠組み=「スキーマ」が違うのです。
「物事は準備万端にしてから始めるものだ」という人と、「物事は取りあえずやってみるものだ」と考えている人は、お互いに「いい加減だな」「腰が重すぎる」と、話が噛み合いません。が、当然ながらこれはどちらが正しいという話でもない。
違いは間違いではなく、「どこがどう違う」と知って、それを乗り越えることが重要です。上司と部下、あるいは同僚どうしが、グーの、チョキの、パーの強みと弱みをお互いに理解して、初めて「組織」「チーム」はしっかりと機能するのではないか。でも、どうやれば、自分や他人の強みと弱みを知ることができるのか?
そのツールとなるのが「FFS(Five Factors and Stress)理論」(開発者は小林惠智博士)です。「その人にとって何がストレスになるか」に注目し、ストレスの原因を5つの因子(「凝縮性」「受容性」「弁別性」「拡散性」「保全性」)に分けて、その高低とバランスで診断します。これによると、「受容性」の因子が最も高い、あるいは2番目に高い人が日本人の64%を占め、その次に多いのが「保全性」、そして「拡散性」となります。
FFS理論についての詳しい説明は、日経ビジネス電子版の
●「日本人の6割は『最初の一歩』が踏み出せない」(「保全性」と「拡散性」、どちらの傾向が強いかの診断へのリンクがあります)
●「Five Factors and Stress (FFS)」とは何か
をご覧ください。
FFS理論は、TOPPANホールディングス、ポーラ・オルビスホールディングス、マネーフォワードなど、延べ約900社で導入されているのですが、今回はレゾナックのケースをご紹介しましょう。
同社は1939年創業の昭和電工が、2020年に日立化成を約9600億円で買収し、23年1月に持ち株会社のレゾナック・ホールディングス(以下レゾナックHD)と事業会社のレゾナックに社名を変更して生まれた企業。化学素材メーカーの老舗である昭和電工と、半導体・自動車関連素材に強みを持つ日立化成という、大きく異なる個性を持つ企業が1つになりました。統合に合わせて事業ポートフォリオを大きく変更し、成長分野である半導体にリソースを急速にシフトしています。
(同社については、日経ビジネス電子版の連載「経営教室」でも紹介しています→「辣腕レゾナック髙橋社長の達観 事業ポートフォリオ戦略は『汎用品』」)
連結売上高1兆2888億円(23年12月期)、従業員約2万4000人が、大きな変動の最中にあるレゾナック。同社がいま経営に活用しているのがFFS理論です。実際に同社のホームページと統合報告書には、この理論に基づく経営陣のプロファイルが公開されているのです。
「JTC(伝統的日本企業)」の慣行を廃し、成長市場で生き残ろうとするレゾナックは、FFS理論をどう活用しようとしているのか。レゾナックHDの取締役・常務執行役員 最高人事責任者(CHRO)の、今井のりさんに聞きました。(聞き手=編集Y)
よろしくお願いします。古野さん(『宇宙兄弟とFFS理論が教えてくれる あなたを伸ばす部下、つぶす部下』の著者、古野俊幸・ヒューマンロジック研究所代表取締役)が来る前に、いろいろと明け透けにお聞きしたいことを聞いてしまおうと思います。そもそも今井さんは、いつ、どうやってFFS理論のことを知ったのでしょうか。
今井のり・レゾナックHD常務CHRO(以下、今井):これはですね、そもそも髙橋(髙橋秀仁レゾナックHD社長兼CEO=最高経営責任者)が社長になる前に、昭和電工と日立化成の統合に当たって、「CFO(最高財務責任者)とCSO(最高戦略責任者)は外部の人を入れて、経営チームをつくろう」と言い出したことがきっかけです。
今井さんはそのチームの中に?
今井:はい、統合に当たって、髙橋が昭和電工側のチームリーダーで、私が日立化成側のリーダーでした。

超混成チームの船出
髙橋さんは三菱銀行(現三菱UFJ銀行)を振り出しに、日本ゼネラルエレクトリック(GE)などを経て、2015年に昭和電工に入った方。一方、今井さんは日立化成の生え抜きで。
今井:はい。
そこに髙橋さんが連れてきたCFOの染宮秀樹さんは、野村総合研究所から外資系投資銀行、そしてソニーグループで半導体などを見てきた。CSOの真岡朋光さんは、A.T.カーニーからルネサスエレクトロニクスを経て入社、と。超混成チームになりますね。
今井:そうなんです。
会社を引っぱる経営陣の出自がばらばらで、そこから息の合ったチームをつくるのは大変そうです。
今井:それにチーム経営といっても、CEOがトップダウンでみんなを引っぱるのか、あるいは全員がフラットに意見を出し合うのか、いろいろなやり方が考えられるじゃないですか。
そうですよね。
今井:ですので、まず、みんなの性格や強み、弱みを共有する必要があるな、と考えたわけです。
先に理想のチーム運営方法を考えて、メンバーがそこに合わせていく、のではなく?
今井:そうです。メンバーの個性をまず知って、それに合ったやり方を探そうと。
そこで、お休みの日にオンボードミーティングをやることにしました。でも、ただ集まるだけではもったいない。何か、お互いに自己開示をしながら話ができるものはないかな? と、参加してもらう外部のコンサルタントの方に尋ねたんです。そうしたら「FFS理論がいいと思いますよ」と紹介してくださった、というわけです。
具体的にはどんなことを。
今井:実際にFFS理論の診断を受けて、それに基づくチームビルディングを行う、というセッションをやってみました。
そうすると、お互いの考え方の特徴が点数で出て、その数字をベースに、どんなチームを組成してどう運営したら、全員が動きやすいのかが見えてくる。非常に合理的で面白いなと思いました。1人1人を診断するツールはたくさんあるんですけど、上司と部下の、そして、チームの関係性を診断できるのは、私はFFS理論しか知りません。
こういう上司とこういう部下の組み合わせだとこんな関係性になるよ、チーム全体だと、こういうやり方がいいよ、とか。
今井:そうですね。
で、どのような結果になったかを、統合報告書で公開しているわけですね。CEOの髙橋さんは「拡散性」が高い。
今井:この図だとレイアウトの都合で分かりにくいですが、髙橋は「凝縮性」も高いです。
CFOの染宮さんは、「受容性」と「拡散性」、CSOの真岡さんは「受容性」と「保全性」、そしてCHROの今井さんが「拡散性」と「受容性」が高い、と。「拡散性」が高い人が経営チームの多数派で、しかもCEOは日本ではごく少数とされる「凝縮性」も高いという、おそらく日本企業としてはかなり珍しい構成ですね。
トップダウンが向くメンバー、全然向かないメンバー
今井:はい、そして、この構成だとトップダウンのヒエラルキー型よりも、フラット型のほうが向いている、というのがFFS理論の診断で、点数の形で出てくるんです。なので、「じゃあもう、私たちはフラット型でいきましょう」と。 統合後の、例えば定例ミーティングなんかも、お昼に各自勝手に好きなものを買ってきて、それ持って集まってやろう、みたいな。
そういうふうに使うんですね。
今井:ワーキングルールというか、働き方の基本線をFFS理論の結果を基につくりました。メンバーによってはもっとカッチリやったほうが効果が出やすい場合もあるはずです。
上下関係、指揮命令系統がはっきりしていたほうが働きやすい人もいる。
今井:ええ。でも基本的に髙橋が、そして私が「拡散性」が強いので、上意下達のヒエラルキー型にはなりにくいでしょうね。
拡散の因子が高い人は、型にハマるのが苦手ですからね。でも「1兆円企業のトップの会議」が、お弁当持って集まろう、でいいのかな、と、普通は思いますよね。
今井:大企業の会議ってこういうものでしょう? みたいな意識ですね。
はい。
今井:そういうのが私、すごく嫌いで。髙橋も嫌いで。なんでだろうって思っていたんですが、やっぱり「拡散性」が高いからなんでしょうね(笑)。私、いわゆる“ちゃんとした会議”だと、多分30分も集中力が持たないんですよ。
そんな(笑)。
今井:順を追っての質疑応答が予定調和で粛々と進む、じゃなくて、もっと活発に、報告を聞いて、みんなでワイワイとディスカッション、みたいなのがやっぱり好きですね。
うちの会社の会議室に、昔、「会議は静かに」という張り紙がありました。
今井:それ、シュールですね(笑)。面白い。
FFS理論の診断結果を公開している理由
まあ、ことほど左様に、「真面目に静かに淡々と行うのが会議だ」という思い込みが我々の企業社会にはある、という。
今井:あります、あります。それに対して「いやいや、このメンバーならにぎやかにディスカッションするほうがいいので、そうやって行きましょうよ」と、思い込みじゃなくてデータを使って言えるのが、FFS理論の素晴らしいところの一つだと思います。
集中力が持たないのは不真面目だからじゃなくて、そういう因子が高いからなんだよ、と言える。これはありがたいですね(※聞き手も「拡散性」高め)。
今井:ヒエラルキーがダメでフラットがいい、という話じゃないんですよね。メンバーの個性によって、動かすルールを変えたほうが結果が出る、ということです。
チーム運営、会議、あるいは上司と部下でも、「こうあるべき」で入るんじゃなくて、それぞれの考え方を理解して最適な方法を選ぶのがいい、と。
今井:はい。そして社外の方や当社のステークホルダーの方にも、経営陣の考え方のクセを理解していただいたほうがいいよね、ということで、ホームページにも載せている、というわけなんです。
(次回に続きます)
[日経ビジネス電子版 2025年1月24日付の記事を転載]
古野 俊幸(著)/日経BP/1980円(税込み)



