レゾナックの人事戦略の中で、今井さんがFFS理論(これについては前回参照)にどんな役割、効果を期待しているか、簡単に聞かせていただけますか。
今井のり・レゾナックHD常務CHRO(以下、今井):それは結構奥が深い話になりますね……多分3つぐらいあるかな。まず1つは共通言語化。

FFS理論の「保全性」や「拡散性」といった因子が共通言語になること、ですか? なぜそうしたいのでしょう。
アンコンシャスバイアスから自由になるために
今井:自分を含めて、皆さん必ず 「アンコンシャスバイアス(アンコン)」って持ってるじゃないですか。早い話、瞬間的に、目の前の人が「男性」「女性」で、「営業」「開発」だ、というだけで、もう思い込みが入りますよね。
はい、入ります。脳内に「男性の営業職」と言われたらステレオタイプがぼわっと浮かぶ。説得がうまそうだから用心しないとかな、とか思います。
今井:それってデモグラフィックから導き出されるもので、マーケティングだったらもちろん重要ですが、目の前の相手の発言や態度を聞いたり見たりする際にそれを重ねてしまうと、まさにバイアスになってしまいます。
「多様性を大事にしよう」「そのためにアンコンなくそう」ってみんな言うんですけど、一番いいのは最初に刷り込むものを変えてしまうこと。男女や役職の前に、「私、FFS理論で言うと、一番高い因子(第一因子)は拡散性なんです」って伝われば、少なくともデモグラフィックから来るバイアスは排除されます。
……なるほど。普通はデモグラフィックから「この人は多分こういうふうに考える」とバイアスをかけて見てしまう。例えば、「男性で営業職だったらぐいぐい押しが強くて人と話すのがうまくて、体育会系(これもアンコン)なんだろうな」みたいに。
今井:そうそう。
なるほど、だったら先に、自分の考え方のクセはこうだよ、と打ち明けてしまうほうがずっといいわけですね。
今井:私が考える多様性は「考え方」の多様性です。FFS理論が社内の共通言語になれば、多様性を守りやすくなると思っています。それがまずはFFS理論を入れる、第一の目的かな。
で、どうして考え方の多様性が必要か、っていうと、当社の事業は、お客様が求めているものを技術を組み合わせてつくるものなので、トップダウンの戦略を真面目に聞く人じゃダメなんです。
ダメなんですか?
今井:なぜかというと、トップダウンの戦略では、お客様が言ってることとは必ず距離があるからなんですよ。我々の仕事は、お客様と一番近い、毎日会っているフロントの一人ひとりが 「このお客様が求めているのは、もしかしてこういうことじゃないの?」って、現場で会話をしながら瞬時に考えて、「じゃあこの技術を、この技術と、 あとあそこの装置メーカーさんとコラボして、こうすれば提供できる」と気づく、いわば日々の小さなイノベーションの繰り返しですね、これが価値の源泉になるんです。
おお、なるほど。
日々の小さなイノベーションに大事なこと
今井:だから、例えばお客様のお話を聞く際に、アンコンシャスバイアス、先入観はすごく邪魔になりますし、社内でも、心理的安全性がなくて、「上の戦略と食い違うかな」などと忖度して物が言えなくなると、イノベーションが起きなくなってしまう。
なるほど。“日々の小さなイノベーション”には、上下左右誰にでも思ったことが言える環境が大事。
今井:そうです。そして共通言語としてFFS理論があれば、異なる価値観の人と同じ目的について話しやすくなります。
イノベーションには、違ったバックグラウンドの人たちとの対話、議論が重要なんですね。その時に問題なのは、違う考えの人が集まると、考えの違いを「個人批判だ」と受け取ってしまうこと。
ありますね。
今井:考え方が違うから意見が合わないのに「あいつはいつも自分のことを否定するんだ」と、個人的な好き嫌いに置き換えてしまいがちですよね。でも、「ああ、保全性が高い人だからこう見えるんだろうな」と理解していれば、腹も立ちにくいし、自分の考えに足りない部分を謙虚に受け入れることもできる……かもしれない(笑)。つまり、「何を言っても(人格を)否定されない」、心理的安全性が確保できるわけです。
これは古野さんも力説していたな(単行本208ページ「『心理的安全性』に『異質』な人が必須の理由」)。
今井:3つ目、FFS理論はチームの成果を最大化するために効果があるだろうと。つまりお互いの弱点の補完ですね。
お客様の意図を捉えて、常識の枠を超えた発想を出すのが得意な人は、それを収益につなげていくのは案外苦手だったりします。そういうのはさっきの図で言えば右下の、「保全性」が高い人、枠を磨いて質を高めて深掘りして、ということが好きな人の出番なんですよ。議論をする際も、メンバーを1つの因子でまとめないで、引っかき回すのが得意なタイプ、ファシリテーション力の高いタイプ、実現への計画を立てるのが好きなタイプ、とそろえていくと、みんなが自分の得意な分野で力を発揮して、成果が出やすいと思います。
ありがとうございます。古野さんがそろそろ到着しますので、最後にお聞きしておきたいんですが、「これ、信じていいの?」「詰まるところ性格診断でしょう?」と言う人は、社内にはいないんでしょうか。
困っているリーダーが「あ、これ、うちで使える」と気づく
今井:ああ、もちろんそういう人たちはいますよ。人事の中にも。
本丸じゃないですか。
今井:ていうか、ほら、人事はこういうツールについてはたくさん知識を持ってるので、「いや、それだったらこういう診断ツールもあるでしょ」と。
あ、そうなんですね。
今井:けれども、さっき言った3つのポイントが実現できるのは、現時点では私はこれしかないと思う。導入も強制はしていないんです。タウンホールミーティング(経営陣と従業員の対話集会)で話すと、カンのいいリーダーが「あ、これ、うちのチームで使える」と気づいて導入が始まる、そんな草の根方式で入れています。今のところ国内でやっていて、国内の全社員1万2000人のうち、3000名を超える従業員が参加していますね。
強制ではないにしては、かなりのペースですね。
今井:現場のリーダーはピープルマネージメントの経験がない人も多くて、大体皆さん苦手で困ってるんですよね。
そうか、現場のリーダーが困ってるから「使ってみようか」という気になる。
今井:だから、理解しちゃうと、「ああ!」っていう感じで、とにかく使える。これがエンゲージメントや、上司との対話の満足度などの向上につながって、多様性や心理的安全性を重視する文化が生まれ、我々が目指す「共創型人材」が働きやすい会社になり、日々のイノベーションが生まれやすくなって業績に結びつく、そんなイメージを抱いています。
言い方を逆にすると、人が変わらないとイノベーションも起きないし、ということはレゾナックの業績も上がらない?
今井:当然、そういうことになりますね。
(次回に続きます)
[日経ビジネス電子版 2025年1月30日付の記事を転載]
古野 俊幸(著)/日経BP/1980円(税込み)


