リスキリング(学び直し)が注目される今、リベラルアーツ(教養教育)としての茶道を見直してみませんか。前回( 伊藤穰一「茶道の本質を理解し、新しいことに挑戦したい」 )に続き、実業家で千葉工業大学学長の伊藤穰一氏にご登場いただきます。稽古を始めて3年ですが、すっかり「茶道にハマっている」伊藤氏に、大学での活動をはじめ茶道との関わりをお聞きします。(聞き手は、日経BP 総合研究所上席研究員 大塚葉)
伊藤穰一さんが学長を務める千葉工業大学に、本格的な茶室を建設中です。大学に茶室を造る狙いを教えてください。
千葉工大にはかなり前から茶道部がありました。ただし茶室はなく、置き畳を敷いて仮設の茶室を造ったりして稽古をしていたため、学内にきちんとした茶室が欲しい、という思いがあったのです。もう1つの理由として、大学の建学の精神が「世界文化に技術で貢献する」なので、学内に茶室を造る過程がこの教育目標に合っていると考えました。
千葉工大の創造工学部には、建築学科やデザイン科学科があります。建築デザインといえば、企業や省庁による設計・デザインコンペがよく行われますが、茶室のような和風建築もそれに含まれます。茶室を造るプロジェクトは、学部の活動と親和性が高いのです。先進工学部の生命科学科では農学も扱っているので、茶室で生ける茶花を育てることで研究成果につながります。
大学で茶道を学ぶことが、茶道部としての活動だけでなく学部や学科での研究や勉強にもつながり、こうした実践を通して学生たちが先進的な技術を身に付けられると考えています。
設計から材料選びまで、建築家と数寄屋大工が検討
茶室の建設計画は、どのように進んでいますか。
津田沼キャンパス2号館の20階で、海が見える眺望の良い場所に造っています。設計は、「茶室オタク」といえるほど茶室に詳しい建築家の三井嶺さんに依頼しました。デザインは、三井さんの案で大阪の「水無瀬(みなせ)神宮」にある茶室「燈心亭」をモデルにしています。この茶室は少し変わっていて、亭主が客座の真ん中あたりに座る位置関係になっているんですよ。亭主が正客(しょうきゃく:連客の代表者)だけでなく、お客さん全員と話しやすい構造なのです。三井さんは京都の桂離宮の茶室についても詳しく調べているので、そのあたりもヒントにしながら設計を進めています。茶室に使う木材を三井さんが大工さんと一緒に選んでいます。
本当は2024年内に完成して、来年2025年の初釜(はつがま:年初に行う茶事、茶会)をここでやりたかったのですが、完成が2025年3月くらいになりそうです。興味がある先生や学生たちに呼びかけ、この茶室を今後どのように活用していくか意見を集めています。完成したら、学内外の人を招いてお披露目の茶会をする予定です。
毎日点前の稽古をする、茶道具の蒐集にもハマる
茶室というハードウエアに対するソフトウエアを詰めているのですね。24年秋、障がいのある子どもも学べる「ニューロダイバーシティ・スクール・イン 東京」を開校しました。こうした活動と茶道は、伊藤さんの中ではどのようにつながっていますか。
ニューロダイバーシティは「脳の特性の違いを多様性と捉え、仕事や生活に生かす」という考え方で、ニューロダイバーシティ・スクールは自閉症、発達障害の子どもも対象にしています。
発達障害のある人は、特定のモノに執着して集めたり、集めたものをものすごくきちんと整理したりする傾向がありますよね。お茶の世界も、点前(てまえ)などに細かいルールがあってそれを何度も練習して覚えたり、様々な道具を蒐集(しゅうしゅう)したりするところが似ていると思います。僕自身も個人的に熱帯魚などいろいろ趣味を持っていますが、「オタク」的というか「ハマり性」の部分があります。まさに今、茶道にハマっているわけですが、とても楽しいと感じています。
もう1つ僕がけっこう好きなのは、稽古をしているときに「道具を畳に置くときは、愛するものを手放すような気持ちで」と教えられたことがあるのです。
私も、先生からそう教わったことがあります。道具をパッと手放すのではなく、ゆっくりと置くという意味ですよね。
そうですね。茶道のこういう部分が、とても面白いと思います。
オープンな茶道具データベースを作り、皆でシェア
茶道に関して、今後の活動を教えてください。
茶室完成後の「席披き(せきびらき)」や再来年2026年の初釜など学内での活動もありますが、2025年秋に裏千家の主催する茶席でも席主をさせていただくことになりました。道具の取り合わせなどを考え始めています。
また、茶道具のデータベース作成を検討しています。茶道具を展示する美術館はたくさんありますが、道具の管理システムはけっこうアナログなんです。そこで、茶道具のデータベースと標準化のシステムを作ろうとしています。名品と所有(所蔵)者、伝来、茶会での使用履歴などを日英2カ国語で記録します。まだ始めたばかりですが、大阪にある藤田美術館や道具屋さんと相談しながら検討しています。
千利休の時代から様々な茶人が「茶会記」を残していますが、そのデジタル版ですね。
茶道具の写真と説明を入れたデータベースを皆でシェアできるようにして、道具がいまどこに所蔵されているか、どんな茶会でどの道具が使われたかなどがすぐに分かるようにする。でも、道具の価格や特定の茶会は一部の人にしか見られないようにロックをかけたりするといった情報管理もできればと思っています。将来的には日本にある茶道具をデータベース化し、皆が使えるオープンシステムにしたいと考えています。
伊藤穰一氏がお薦めする「茶道を理解する洋書2冊」
『The Japanese Tea Ceremony』は初版が1933年で、日本人の生活に深く関わり日本文化の集大成でもある茶道(茶の湯)を茶道具、茶室建築などの側面から解説。著者は英国出身の日本文学・文化研究者で、『平家物語』や『方丈記』の英訳も行っている。『The Great Wave』は文化史家の著者が、明治時代に日本を訪れた欧米の旅行者や科学者などの視点を通した日本文化の魅力、日米の文化人の交流などを描いている。
「前者はかなり古い本ですが、茶道に関する書籍としては一番良く、海外の方には必ず薦めています。後者は禅や茶道を通じた日米の交流の様子が面白い。この2冊を読むと、お茶を通じて日本を深く知ることができます」(伊藤氏)。
取材・文/大塚葉(日経BP 総合研究所) 写真/稲垣純也
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