リスキリング(学び直し)が注目される今、リベラルアーツ(教養教育)としての茶道を見直してみませんか。今回は「当代随一の数寄者」と呼ばれる、LIXILグループ(現LIXIL)元CEOの潮田洋一郎氏に、流派や型にはまらない自由な「茶の湯のカタチ」 をお聞きします。(聞き手は、日経BP 総合研究所上席研究員 大塚葉)
潮田さんの茶の湯歴は約40年になります。始めたきっかけと関わり方を聞かせてください。
学生時代に能をやっていてお茶には関心がありましたが、茶道裏千家の故・伊住政和さん(前家元である千玄室氏の次男)との出会いが、稽古を始めるきっかけになりました。当時、グラフィックデザイナーの田中一光さんも一緒に稽古をしていました。
点前(てまえ)は、初歩から台子点前(だいすてまえ:台子という棚で行う、中・上級者の点前)まで、1年間で一通り習いました。僕は物覚えが良いほうで、スピードを上げて習得できたのです。ただ、許状(家元に申請する稽古の許可状)は一切いらないという条件で稽古を始めました。1つの流儀にとらわれたくなかったので。
初めて茶会を開いたのは、稽古を始めて半年くらいの頃です。伊住さんや田中さん、インテリアデザイナーの故・内田繁さん、建築家の黒川雅之さんたちと「お茶会やろうよ」と言って、根津美術館、京都の銀閣寺や嵐山の吉兆などを借りてやりましたね。茶事や茶会の開催は、1つの芝居をつくるような感じです。筋書きを書き、配役や空間を決めていく。使う茶道具によって茶室の雰囲気が激変するのも面白いものです。
茶の湯で日本を知り、未来を読み解く
茶の湯を通じて、どんな気づきがありましたか。リーダーとしての資質を育てるのにお茶が役に立ったことは。
25~26歳の頃、米国に留学し、シカゴ大学の大学院に通っていましたが、外国人と話しているとき、日本人としての自分の「根っこ」はどこにあるのか、と考えていました。後に茶の湯を知って「これは日本文化の缶詰だ」と分かり、生まれ育った日本という国を語るのにお茶は最も理解しやすいと感じたのです。書画や焼き物、茶室という建築、懐石料理など、茶の湯には日本の伝統文化の多くが詰まっています。
リーダーシップといえば、以前、朝日新聞の取材で、「自分をリーダーに導いた本は何か」と聞かれたことがあります。このときに選んだのが、キケローの『老年について』、世阿弥の『風姿花伝』など、経営以外の本ばかりでした。
物事を長期的な歴史の流れで捉えようとするとき、今のような変化の激しい時代には、前を見ても何も見えてこない。後ろを振り返って、歴史に育まれた思想を知ることも必要です。これからどんな世の中になるのか考えるとき、歴史を振り返るのに茶道は最も優れた方法の1つと言えるでしょう。
安土桃山時代の戦国大名も、茶室という空間の中でいろいろな話をしたわけです。ディシジョンメイキングをするとき、茶席で深く語ることで相手の人柄が分かります。考え方や心情を理解でき、距離が縮まるのです。
経営者こそ茶の湯で、ゴルフ場ではできない交流を
多くの茶席では禅語の掛軸(かけじく)を掛けますが、潮田さんは書画などをよく使いますね。
「禅語を掛けるのがお茶」と思い込んでいませんか。この考えから解放されて、ようやく「自由なお茶」ができるようになります。僕は、かっちりして歯応えがあり、エキゾチシズムを感じられる中国の書画を好んでいます。とはいっても、「型」を破壊してしまうと茶の湯になりません。
著書で「『千利休の方程式』は崩さず、そこに変数として道具を入れていく」とも書いています。
茶の湯には、一定の進行方法があります。茶事のとき、最初に寄付(よりつき:茶室の前室)に入ると掛軸が掛かっていて白湯が出るという流れは壊しようがないので、覚えておかないといけない。茶室の空間の使い方も、正客が座る位置などの「収まり方」は決まっています。ただ、その「収まり」の中でいろいろと工夫するわけです。変数を変えないと結果が同じになって、面白くないのです。
以前は、茶の湯をたしなむ経営者が多かったのですが。
最近はお茶をやる経営者は少ないですね。書画や焼き物など複数の領域に精通しないといけないので、ハードルが高いかもしれません。でも、創業2~3代目の経営者こそお茶をやるといいと思います。生活に余裕があるときに、茶の湯を通じて自分の美意識を磨くと楽しいのではないでしょうか。
以前ある経営者が、幹部社員を夫婦で自宅の茶会に招き、そのときに使った茶碗を持ち帰らせたそうです。参加した社員は初めは緊張していますが、料理や点前でもてなされ、社長と近しく話をするうち「これからも、この人のために命がけで仕事に取り組もう」という気持ちになったそうです。
ある茶道具屋さんに、こんな話も聞きました。その人は若い頃、茶道をたしなんでいた松下幸之助さんと何度かお会いした。松下さんは裏千家十四代家元の淡々斎に師事していましたが、家元と楽しげに話していたのを目撃した、と。仕事の場では見せないくつろいだ姿で、「『仕事の神様』といわれる松下さんにも、人間的な一面があるのだ」と感じたそうです。
宗匠と茶の湯者の関係は、こういうものではないかと思います。宗匠とは単なる教師ではなく、話し相手になり、美をプロデュースするアドバイスをし、お客を招くときは裏方として一緒に準備をしてくれる。ですからいい宗匠と巡り合って、気の置けない友人を招いた茶会を行うことですね。そうすれば、カラオケやゴルフ場とは全く違ったコミュニケーションができると思います。
「間違いを恐れずに、お茶の世界に入っていくといい」とも書いています。
「正しいお茶」というのは、多分ないんですよ。「楽しいお茶」はあってもね。周りを気にし過ぎると、どうしても「正しい茶」を求めてしまう。でも例えば千利休に「正しい茶とは何か」と尋ねても、「何だそれは」ということになると思う。すべては、工夫ですからね。
潮田洋一郎氏の「型にはまらない自由な茶事」を理解する本
取材・文/大塚葉(日経BP 総合研究所) 写真/稲垣純也
■関連記事(日経BP 総合研究所)
・
リベラルアーツ経営 ビジネスに生かす茶道



