小学校の時に「神童」と騒がれたあの人が、なぜ平凡な人生を歩んでいるのか? 現代社会はIQテストをベースにした抽象的思考力を測る試験の結果を重用するが、IQの高さはキャリアにおける成功の29%しか説明できない。「生きる力」と十把ひとからげにされる知的能力の多面性を私たちは忘れがちだ。『知性の罠 なぜインテリが愚行を犯すのか』(デビッド・ロブソン著/土方奈美訳/日経ビジネス人文庫)から抜粋・再構成してお届けする。
IQが測る知能は、本当に賢さの表れなのか?
IQテストに基づく標準テストは、世界各地に存在する。特にインド、韓国、香港、シンガポール、台湾といった国々では、名門大学院に入るのに必要な「大学院進学適性テスト(GRE)」のような試験に備えるための「塾」が1つの産業になっている。
あなたがIQテストに懐疑的だとしても、それが測る抽象的思考力を基本的知能の表れだと考える人は依然として多い。
抽象的思考は学業で成功するのにきわめて重要であり、仕事や家庭、資産管理や政治など人生のあらゆる領域での優れた判断や意思決定に直結する能力だと思われている。たとえば知能が高いほど、結論を導き出す前に事実をきちんと評価する能力が高い、と思われる。
知能テストで測定されないタイプの判断力を評価するときには、正確に測ることが不可能な「生きる力」といった曖昧な概念を使う傾向があり、それは意識的訓練ではなく自然と身につくものだと考える。教育のなかでこうした生きる力を伸ばすために、抽象的思考や論理的思考にかけたものと同じだけの時間と労力をかける者はほとんどいない。
また学力テストのほとんどは時間が限られており、すばやく思考しなければならないため、私たちは論理的思考のスピードも知性の高さを示すものと教えられてきた。躊躇や優柔不断は好ましくない。そしてあらゆる認知的失敗は、劣っていることの表れと見なされる。私たちは概して、思考や行動がすばやい人を尊敬し、「とろい」という言葉はバカと同義で使われる。
こうした認識はいずれも誤っており、インテリジェンス・トラップ(知性の罠)を避ける方法を見いだすためには、それを正すことが不可欠だ。
全体的知的能力とIQとの違い
IQ、SAT、GRE、ワンダリックテストなどこの種のテストの結果は、たしかに複雑な情報を学習・処理する能力について、ある重要な事実を明らかにしていると大方の心理学者は認めている。
こうしたテストのスコアが、義務教育や大学でどれくらい成功するかを予測するのに非常に優れているのは、そもそも開発の目的がそこにあったことを考えれば意外ではない。ただそれに加えて、教育を終えたあとのキャリアパスを予測するのにも比較的優れている。
複雑な情報を処理する能力があれば、複雑な数学的概念や科学的概念を理解し、記憶するのが容易になる。難解な概念を理解し、記憶する能力は、歴史学で説得力のある論文を書くのにも有効だろう。
法律、医学、あるいはコンピュータ・プログラミングなど、高度な学習や抽象的思考が必要とされる領域に進みたいのなら、一般的知能が高いことは間違いなく有利だ。またホワイトカラーの仕事がもたらす社会的・経済的成功のおかげで、知能テストのスコアが高い人は健康に恵まれ、寿命が長くなるかもしれない。
神経科学者は、一般的知能が高くなる原因と見られる解剖学的特徴を発見している。たとえば知能が高い人は、樹皮のような大脳皮質に厚みがあり、シワが多い。
また脳のサイズ自体も大きい傾向がある。脳の異なる領域を結ぶ、長距離の軸索(脂肪分の多い髄鞘(ずいしょう)に覆われているため「白質」と呼ばれる)のあり方にも違いが見られ、シグナルがより効率的に伝達できるネットワークを形成している。
こうした違いが組み合わさった結果、情報処理は速く、短期記憶と長期記憶の能力はともに高くなり、パターン認識や複雑な情報の処理が容易になるのかもしれない。
こうしたテストの結果に意味があること、そして知能が私たちの人生において重要な役割を果たすことを否定するのはバカげている。そうではなく、テストのスコアでは説明しきれない行動やパフォーマンスの差異があることを認めず、それだけで私たちの全体的な知的能力を測れると過信することが問題なのだ。
IQの高さはパフォーマンスの差を29%しか説明できない
たとえば弁護士、会計士、技術者の調査を見ると、IQの平均は125前後で、知能が高ければ有利であることを示している。しかしスコアには相当な幅があり、下は95くらい(平均以下)から上は157までいる。
そしてこうした職業に就いている個人の成功度合いを比較すると、IQの違いで説明できるパフォーマンスの差(管理職による評価の差)は、せいぜい29%だという。29%というのはかなりな割合ではあるが、モチベーションなど他の要素を考慮しても、やはりパフォーマンスの違いの大部分は知能では説明できない。
どんなキャリアにおいても、IQが低い人の業績が高い人を上回るケースは多く、また知能が高くてもそれを活かしきれない人も多い。これはクリエイティビティや専門家としての優れた判断力など、IQというたった1つの数字では説明できない資質があることを裏づけている。
ハーバード教育大学院のデビッド・パーキンスは「バスケットボールをプレーするうえで身長が高いというのに似ている」と語る。最低限の基準をクリアしなければ、たいした成功は望めないが、そこを超えてしまうと他の要因のほうが重要になる、という。
過去80年で、IQは30ポイント近く上昇した
一般的知能は問題解決と学習のすべてに有効な能力であるという見解には、フリン効果という難敵も現れた。フリン効果とは、過去数十年にわたりIQが上昇しつづけるという不可解な現象を指す。
私は提唱者のジェームズ・フリンに会い、詳しく話を聞いた。今でこそ知能の研究の権威となったフリンだが、最初はちょっとした寄り道のはずだったという。「本業は道徳哲学者だが、心理学にも手を出した。ただ手を出したと言っても、過去30年にわたって私の時間の半分以上は心理学に使ったけどね」
フリンがIQに興味を持ったきっかけは、特定の人種は生まれつき知能が低いという気がかりな主張を目にしたことだ。そしてIQスコアの違いは、環境の影響によって説明できるのではないか、と考えた。たとえば富裕で教育水準が高い家族は語彙も豊富であり、その子供は当然IQテストの言語力部門で良い成績をとるだろう。
しかしさまざまな研究を分析したところ、さらに不可解な事実を発見した。過去数十年にわたり、あらゆる人種において知能は上昇しつづけているのだ。
心理学者はこうした事態に対応するため、テストのハードルを徐々に上げていた。同じIQスコアを得るのにも、より多くの問題に正解することが必要になった。しかし原データを比較すれば、IQの上昇ぶりは明らかだった。過去80年で、30ポイント近く上がっていたのだ。
「『なぜ心理学者はこの事態に狂喜乱舞していないのだろう。いったい何が起きているんだ』と思ったね」とフリンは語る。
遺伝では説明できないIQスコアの上昇
知能は主に遺伝で決まると考えていた心理学者は啞然とした。兄弟と赤の他人のIQスコアを比較した結果、IQの違いの70%は遺伝で説明できると考えていたからだ。しかし遺伝的変化には時間がかかる。フリンが発見したほどのIQスコアの大幅な上昇を、遺伝的変化がもたらしたと考えるのには無理があった。
それに対してフリンは、社会の大きな変化を考慮する必要がある、と主張する。私たちはIQテストのために学校に通ったわけではないが、幼い頃からパターンを見抜いたり、記号や分類を使ってモノを考えるような教育を受けている。たとえば小学校の授業は、さまざまな種、元素、自然の力について考えさせている。子供たちがこのような「科学的視点」に触れる機会が多いほど、幅広い事柄について抽象的に考えられるようになり、次第にIQは上昇していく、とフリンは考えている。
重要なのは、フリンの「科学的視点」という指摘と合致するように、IQテストのスコアはあらゆる領域で同じように上昇しているわけではないということだ。たとえば非言語的思考は、語彙力や数字的思考よりもはるかに上昇幅が大きい。一方、方向感覚などIQでは測定されていない能力のなかには、低下したものもある。私たちは抽象的思考に役立つような、いくつかの個別能力だけを磨いてきたのだ。
「社会が私たちに求める内容は時とともに大きく変わり、私たちはそれに対応せざるを得ない」。フリン効果は、ある特定のタイプの思考法を訓練すれば、一般的知能がもたらすとされるあらゆる問題解決能力も向上する、とする理論が誤りであることを証明している。
身のまわりの現実を見れば、これは明らかだ。IQの上昇が本当に思考力そのものの改善を映しているのであれば、賢い80歳(フリンのような)でも平均的なミレニアル世代にかなわない。また一般的知能が技術的イノベーションに欠かせないものであるならば、特許の数が増えているはずだが、実際にはそうなっていない。一般的知能が真に優れた意思決定に欠かせないものなら、賢明で合理的な政治リーダーが世の中にあふれるはずだが、そんな状況にもなっていない。ユートピア的未来は、実現していない。
一般的知能テストが測定する能力が、知性の重要な構成要素であるのは間違いない。複雑で抽象的な情報をどれだけ速く処理し、学習できるかはそれによって決まる。しかし人間の意思決定や問題解決にかかわるさまざまな能力を理解したければ、視野を広げ、他の多くの要素にも目を向けなければならない。IQとは必ずしも明確な相関のない能力や思考スタイルである。
デビッド・ロブソン著/土方奈美訳/日本経済新聞出版/1100円(税込み)


