私たちは「理解しやすいもの」「親しみがあるもの」「なめらかなもの」を、自動的に「正しい」と感じてしまう。そして文章と一緒に写真を見せられたり、繰り返し言われたりすると、それがあたかも正解であるかのように誤解してしまう。なぜこうした認知力の倹約は起きるのか。『知性の罠 なぜインテリが愚行を犯すのか』(デビッド・ロブソン著/土方奈美訳/日経ビジネス人文庫)から抜粋・再構成してお届けする。

あなたにはこの問題が解けますか?

モーゼは方舟に、1つの種から何匹の動物を乗せたか?

正解は……

 正解はもちろんゼロである。モーゼは方舟など持っていなかった。方舟で洪水を乗り切ったのはノアである。

 だが南カリフォルニア大学のノバート・シュワルツが一流大学のきわめて優秀な学生を対象に実験をしたとき、この事実に気づいたのは被験者のわずか12%だった。

 問題はこの質問の言い回しが、私たちの聖書に対する概念的理解と基本的に合致していることだ。このため「動物の数」というおとりにまどわされ、そこに出てくる人名に注意が向かなくなる。

人間は「認知力」を倹約してしまう

 「聖書に出てくる年取った誰かの話だったから、全体として主旨は合っている」とシュワルツは私に語った。つまりこの質問を目にすると、私たちは認知力を倹約しようとする。だからシュワルツが被験者とした優秀な大学生までが、誤りに気づかないのだ。

 多くの感情がそうであるように、なじみやすさ(親密性)やなめらかさ(流暢性)は正確なシグナルにもなりうる。あらゆることを、どこまでも細かく吟味するのは大変だ。聞き覚えのあることならなおさらだ。あることを何度も聞いたことがあるなら、それは多くの人が一致する見解ということであり、正しい可能性が高い。

 そのうえ一見、単純明快なことというのは、たいていはそのとおり、単純明快なのだ。背後に隠れた意図など存在しない。だからなめらかに感じることを信じるのは理にかなっている。

 衝撃的なのは、この2つの要素を操作して少し見せ方を変えるだけで、私たちが重要な詳細をあっさり見逃してしまうということだ。

 シュワルツの行った有名な実験では、先の文章がわかりやすい、読みやすいフォントで書かれていると、つまりなめらかに読めると、読みにくく処理しにくいフォントで書かれているときより、モーゼの罠に引っかかりやすいことが明らかになった。

 同じような理由から、私たちは理解しやすいアクセントで話す人を、なまりの強く理解しづらい人より信じる傾向がある。またインターネット・ショッピングでは、販売事業者の名前が発音しやすいと、そのランキングや他の利用者のレビューとは関係なく、信頼しやすくなる。文章がシンプルな韻を踏んでいると、脳はなじみのある音を処理しやすくなるため、「真実っぽさ」は高まる。

情報がなじみやすく、なめらかだと簡単に信じてしまう(写真:master1305/stock.adobe.com)
情報がなじみやすく、なめらかだと簡単に信じてしまう(写真:master1305/stock.adobe.com)
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写真と一緒に文章を見せられると信じやすい理由

 薄いグレーのインク、読みにくいフォントで書かれていると、正しい文章でも読むのが難しく、結果として「真実っぽさ」が薄れる。「昨日の敵は今日の友」と「人の心はあてにならず」は同じことを言っているが、前者のほうが語呂がいいため、頭に残りやすい。

 ときには無関係の写真を見せるだけで、文章が真実っぽくなる。2012年に南カリフォルニア大学のエリン・ニューマンが行ったある実験では、有名人に関する文を読ませた(たとえば「インディー歌手のニック・ケイブは亡くなった」など)。文を本人の写真と一緒に見せたところ、文だけを見せた被験者よりも文章の内容を正しいと信じる割合が高くなった。

 言うまでもなく、ニック・ケイブの写真は人生のどの時期に撮影されていてもおかしくない。「写真を本人が亡くなった証拠ととらえる合理的理由はない。あるバンドに所属するミュージシャンということがわかるだけだ。だが心理学的観点から言うと、これは理にかなっている。対象を思い描いたり、想像したりするのを容易にするものは、判断に影響を与える」とニューマンは語った。

 ニューマンは他にもさまざまな一般常識にかかわる文章を使って、この原則を検証している。たとえば「マグネシウムは温度計に使われている液体金属である」「キリンは跳躍ができない唯一の哺乳類である」といった文を、温度計やキリンの写真と一緒に提示すると、被験者は肯定しやすくなった。ここでも写真は追加的証拠にはならないものだったが、被験者が文の内容を受け入れる割合は大幅に高くなったのだ。

 興味深いことに、口頭による詳細な説明(たとえば有名人の身体的特徴など)にも、同じような効果が見られた。その人物が生きているのか、亡くなっているのかを考えるうえで、ニック・ケイブが白人男性の歌手であるという事実は何のかかわりもないはずだ。しかし、こうしたささやかな無関係な情報によって、文の説得力は確実に増す。

「嘘つき」を信じてしまうカラクリ

 もしかすると文の真実っぽさを増す最も効果的な方法は、ただ反復することかもしれない。ある研究ではシュワルツの研究仲間が「ベルギー国家同盟党」(実験のために作った架空の団体)の党員が作成したとされる文書を配布した。

 ただ一部の文書には印刷ミスのためか、同じ人物の同じ発言が3回書かれていた。新しい情報はまったく追加されていなかったにもかかわらず、同じ発言を繰り返し読んだ被験者は、それをこの党全体のコンセンサスとして受け入れる傾向が強かった。

 シュワルツが実施した実験でも、同じ効果が確認された。被験者が読んだのは、とある集団が地域の公園を保護するための措置を話し合ったときのメモだ。一部の被験者が読んだメモでは、特に発言の多い出席者が同じ主張を3回繰り返していた。

 他の被験者が読んだメモでは、3人の人物が同じ主張をしていたり、3人の人物がそれぞれ異なる主張をしていた。予想どおり、異なる人物が同じ主張をしているメモを読んだ被験者は、その主張に影響を受けやすかった。

 ただ同一人物が同じ主張を何度も繰り返したケースでも、同じように説得されていた。「2つのケースにほとんど違いはなかった。誰が何を言ったのか、被験者は気にしていなかった」とシュワルツは語る。

 さらに問題なのは、私たちはよく目にする人になじみやすさを感じ、それによってその人を信頼しやすくなることだ。何度も目にする人、耳にする声なら、嘘つきでも「専門家」になり、たった1人の声でも大合唱に聞こえてくる。

 こうした方策は、デマを流すプロには常識だ。

 「伝道者が常に1つの根本原則を心に留め、たゆまずそれに注意を向けなければ、どれほど優れたテクニックを持っていても成功しないだろう」と、アドルフ・ヒトラーは『わが闘争』に書いている。「わずかな点に的を絞り、繰り返し語りつづけなければならない」

 今日でも、こうした例は枚挙にいとまがない。インチキ薬のメーカーや流行のダイエットの提唱者などは、自らの主張をいかにもそれらしい専門的図表で解説する。実際には主張の裏づけとしてはほとんど意味がないのだが、効果は抜群だ。ある研究では脳スキャンを見せるだけでエセ科学的主張の信憑性が高まることが示されている。その写真が一般読者にはまるで意味がわからないものであっても変わりはない。

「賢い」と自負がある人ほど引っかかりやすい知性の罠。なぜなら、高い学歴・学力があるからといって、高い思考力を持っているとは限らないからだ。「本当の賢さ」を伸ばす方法を研究に基づき徹底解説。

デビッド・ロブソン著/土方奈美訳/日本経済新聞出版/1100円(税込み)