前回 「夫婦でも『言ってはいけないフレーズ』がある 夫婦関係を考える3冊」 でも、すべての人間関係の悩み解決のヒントが詰まった、夫婦関係を考える本を3冊紹介しましたが、今回は、身につまされる、怖いけど読んでおきたい、決してひとごとではない物語に引き込まれる2冊を紹介します。
1冊目は、第25回手塚治虫文化賞「短編賞」を受賞し、話題となったコミックです。この 『妻が口をきいてくれません』(野原広子著、集英社) は、ストーリーは著者の知人で夫婦と息子と娘の4人家族の実話がベースになっています。
ある出来事をきっかけに、突然妻が口をきいてくれなくなって困惑する夫と、長年夫の言動に我慢に我慢を重ねて限界に達した妻の食い違いがありありと描かれています。
夫の章、妻の章、そして夫婦の章という構成になっていて、それぞれの立場に立って読めるのがこの本の特徴です。自分の夫や妻も、こんなふうに思っているのかな、もし思っていたらどうしよう…と想像し、身震いする人もいるかもしれません。
夫は、妻が口をきいてくれなくなった理由が本当に分からず、何か悪いことをしたのかと思って謝っても無視されます。機嫌を取って自分なりに一生懸命歩み寄っているのに、妻の態度はまったく変わりません。徐々に、妻がただの怖い存在になり、離婚を切り出しても断られるという八方塞がりの状態に。常に無視をされ、必要最小限の会話しか交わさない日々が5年も続きます。
妻としては、理由もなく夫を無視し始めたわけではありません。夫が一昔も二昔も前の昭和のお父さんみたいに家事や育児に非協力的で、そのうえ自分の母親と比べるような無神経な言動をすることにずっと我慢していたのです。例えば、夫は出した料理に対して「これってレンチン?」と聞いて、「こういうの、あんまり食べたことないや」と言って箸をつけないことがありました。掃除をした日に「きれいにしてくれたんだね」とねぎらいの言葉をかけてくれた直後に、「でも、ここはしなかったんだ」とテレビ台のホコリを指先ではらったり。
そうした言動に、夫自身は問題があるとは気づいていません。きっと夫の父親も同じような感じで、母親は何も言わずに耐えていたのでしょう。夫としての振る舞いのデフォルトだと信じて疑わず、まさかそのせいで妻が口をきいてくれないとは考えもしなかったわけです。夫には、いい加減気づいて改めろよ、と思い、妻には、そんなにかたくなにならなくてもいいのでは、とジリジリさせられながら話は進みます。
最後の展開に身震いする人も
そしてあるとき、酔っぱらって帰宅した夫が近所迷惑になるような大きなヘマをしでかします。さらに関係が悪化すると思いきや、それがけがの功名となって、以降、朝、夫が会社に行くとき、妻は「いってらっしゃい」と言ってくれるようになったのです。よかった、と思いますよね。でも、違うんです。夫を見送った後、妻は一言つぶやきます。もしかして妻が夫と口をきくようになったのは…? ホラーのような展開に想像が膨らみ、自分の夫や妻に対する態度を振り返って自省を促せます。
次に紹介するのは、他者の個人的なエピソードに寄り添い、思いをはせて自分自身とも向き合うことができる1冊です。 『鴻上尚史のほがらか人生相談』シリーズ(鴻上尚史著、朝日新聞出版) は、鴻上尚史さんの「AERA dot.」の連載をまとめたものです。毎回ネットでバズっている超人気連載で、恋愛や結婚、パートナーシップをはじめ、仕事、親子関係など、さまざまな問題がテーマになっています。シリーズ化されていて、現在書籍は5冊発売されています。
大きな特徴は、新聞などの人生相談と違って、一つひとつの相談文が長く、相談者の思考や価値観、置かれている状況などのディテールまでよく分かることです。夫婦がテーマの場合、その夫婦のやり取りをのぞき見するような感覚で読むことができます。
鴻上尚史さんの秀逸な人生相談の返し
私は“人生相談本コレクター”で、大きな本棚に前後2列で3段分、200~300冊ほど持っています。人生相談の王道として、相談者の身勝手や勘違いを指摘して、ハッとさせるというパターンがありますが、鴻上さんはそのパターンをあまり使いません。相談者のことも、相談者を困らせる人のことも悪く言わず、悩む気持ちに寄り添いながら隠れた問題の所在も明らかにし、最後にそっと背中を押して一歩踏み出す力を与えてくれる感じです。同様の悩みを抱える人はもちろん、悩みを打ち明けられたら、その人にどう寄り添うのか。当事者ではない聞き手の役にも気づきを得られる内容になっています。
例えば「結婚を決めた彼女から夫婦別姓にしたいと言われてショックです」という33歳の男性からの相談の場合。相談者は彼女と話し合いを重ねて、事実婚にすることに決めました。双方の親も自分たちの好きにすればいい、と反対はありません。が、相談者の男性はどうにもスッキリしません。本当は事実婚ではなく結婚したくて、結婚したら夫の名字にすべきではないか、と思っているわけです。でも、それを彼女に言うことはできません。言いたいのに言えない。言ったら、事実婚も取りやめにされるかもしれないと恐れているのでしょうか。実はこの彼には、他にも彼女に言いたいのに言えないことがあります。彼女が料理や洗濯をあまりしない、片付けも苦手だ、と。そうしたことも言いたいけど言えていないのです。
この相談文を読むと、本当の問題は夫婦別姓のことではなく、言いたいことを言えないことでは? と思いますよね。でも、鴻上さんはそこに切り込みません。夫婦別姓をめぐる日本の現状について説明し、いっこうに法改正しない政治の在り方も嘆きつつ、最後は「試行錯誤している若いお二人を応援します」という形でまとめています。
また、「仕事がつらくて胃潰瘍になってしまったから専業主婦に戻りたいけど、それはワガママでしょうか?」という52歳の女性からの相談に対しては、相談者の辛さを労いながら悩みを一つひとつ解決に導きます。仕事は友人に紹介してもらった仕事だから辞めづらい、という悩みには、謝れば済むことで、それで怒るような友達は友達とは言えません。
「専業主婦に戻りたいけど稼ぎがゼロになるのは困る」という悩みには、パートなど、もっと楽にできる仕事を探したらどうでしょうか、と視野を広げるように促します。ただ、「専業主婦に戻ったとしても、家事や子どものことに集中し過ぎるのは勧めません」という忠告もしています。専業主婦に戻るにしろ、新たな仕事を探すにしろ、これからの生きがいは何かを考えることが重要です、と説いています。
そして最後は「まずは旦那さんと話してみませんか?」と締めています。長い相談文の中に、夫の意見が一つも出てこないのは読んでいて違和感を覚えるところで、鴻上さんも夫婦の会話がないことが問題だと思ったのかもしれません。でも、そう言わないところが秀逸。読んでいる人に対しても、あなたは最近夫や妻とちゃんと話していますか? という問いかけになっていると思います。
取材・文/茅島奈緒深 写真/鈴木愛子



