イーロン・マスク、スティーブ・ジョブズ、ジェフ・ベゾス……。天才的なイノベーターが生み出したイノベーションはそれぞれ異なりますが、「思考の型」は共通しています。第一原理思考、アナロジー思考、パラノイア思考、物語思考、反逆思考、情熱思考、SF思考など、傑出したイノベーターに共通する「10の思考法」を、本人たちへの取材や100冊以上の書籍から得た知識を基に解剖した新刊『 天才思考 世界を変えるイノベーションを生む10の思考法 』から一部を抜粋・再編集してお届けします。連載の第2回では、イノベーション理論で知られるヨーゼフ・シュンペーターが人間としてのイノベーターに強い関心を示していたことを取り上げます。 =敬称略
イノベーション理論で有名なのは、オーストリア・ハンガリー帝国出身の経済学者、ヨーゼフ・シュンペーターです。シュンペーターは1912年に出版した『経済発展の理論(初版)』でイノベーションの概念を「新結合」という形で提示しました。ドイツ語では「neuen Kombinationen」、英語では「new combination」と訳されていた言葉は、日本語では新結合と翻訳されました。
シュンペーターは新結合について次のような事例を挙げています(注:5つの事例は『経済発展の理論』の2版から整理して提示された)。①新しい財貨の生産、②新しい生産方式の導入、③新しい販路の開拓、④原料あるいは半製品の新しい供給源の獲得、⑤新しい組織の実現、です。
5つの事例を見ると、新しいアプローチなら何でもありで「なんだ、たいしたことなさそうだな」とお感じになる方も多いかもしれませんが、シュンペーターは新結合が経済の発展に与える影響=インパクトに強い関心を持っていました。
「“新結合”によって変化する動態的な経済こそが資本主義の本質だ」。こうシュンペーターは主張しました。新結合が、非連続的かつ飛躍的な変化を経済に与えることにより、資本主義はダイナミックに発展するという考え方です。
例えば、EV(電気自動車)、インターネット通販、パソコン(ソフトウエア)の普及は加速し、グローバルな社会と経済に強烈なインパクトを与えるイノベーションになりました。その証左ともいえるのが、テスラ、アマゾン、マイクロソフトの株式時価総額が2026年1月末時点で、世界十指に入っていることです。将来の収益期待を含む経済的なインパクトが大きいからこそ、投資家の評価も高くなります。創業者として多数の株式を保有するイーロン・マスク、ジェフ・ベゾス、ビル・ゲイツも、それぞれ過去に世界一の大富豪になったことがあります。
シュンペーターの『経済発展の理論』は、日本では新結合の分類と定義を示した2版(1926年)が有名ですが、初版(1912年)を京都大学名誉教授の八木紀一郎と群馬大学名誉教授の荒木詳二が翻訳し、2020年に『シュンペーター 経済発展の理論(初版):以下、経済発展の理論(初版)』として出版しました。
初版にあえて目を向けるのは、2版は大幅に改稿されているからです。とりわけ新結合について述べた第2章「経済発展の根本現象」は抜本的に書き直され、第7章「国民経済の全体像」に至っては、丸ごと削除されました。初版を読んで改めて感じるのは、シュンペーターがイノベーションの担い手となる“人間”に強い関心を持っていたことです。
シュンペーターはイノベーションを起こす起業家=イノベーターとは何かを深く考察していました。100年以上前にシュンペーターが述べたイノベーターの特徴は、現在、世界的に活躍している起業家のイメージと驚くほど重なります。
活動せずにはいられない「行動の人」
起業家とは「行動の人」で「創造的活動の喜び」を持ち、「活動せずにはいられない」とシュンペーターは主張します。それは芸術家や思想家にも共通するものだと指摘しており、同書で次のように述べています。
「新しく造形する喜び、経済関連の新事物を創造する喜びは、芸術家、思想家、さらに政治家がおこなう創造的活動とまったく同じ基盤の上にある。行動の種類と動機は、経済分野を含めて、すべての分野で同じであり、対象の違いが差異を生み出しているだけである」
「経済分野でも創造されたものに喜びを感じるために創造することが可能であり、その場合は芸術家の創造活動に通常帰せられるような喜びを感じることができる」
「経済的な活動にもそれなりにロマン的要素がある。ロマンを見つけ出す目がありさえすればよい。『行動の人』にとっては、その度ごとに示される問題や新しい可能性が彼を引き付け、興味を起こさせる。彼は実験をせずにはいられなくなり、経済的な事態に自分の精神の刻印を押さずにはいられなくなる」
スティーブ・ジョブズが「iPhone」や「Macintosh(マッキントッシュ)」といったアップル製品において、外観だけではなく、ソフトウエアのアイコンから文字のフォントに至るまで、強いこだわりを持って美しい製品を開発したことは有名です。芸術家的な気質は、マスクが率いるテスラのEVの外観や内装、スペースXの宇宙船のデザインや宇宙服、英ロイヤル・カレッジ・オブ・アートという芸術系大学院出身のジェームズ・ダイソンがダイソンで開発してきた家電製品にも反映されているといえるでしょう。シュンペーターが述べた、イノベーターの本質は「芸術家と同じである」という言葉は、ジョブズらの登場を予言していたかのようにも思えます。
そして、シュンペーターは起業家が「行動の人」である、と繰り返し主張しています。異なるアイデア同士を組み合わせて新結合を生み出しても、それを普及させて社会を変革するためには、起業家の“行動”が欠かせないからです。
ある画期的な発明を商品化して市場に投入するためには、多くの反対意見を乗り越える必要があります。イノベーションが革新的であればあるほど、社会も投資家も懐疑的になります。さらに既存市場で支配的な製品やサービスを駆逐する可能性があれば、そこに身を置く先行者たちは脅威を感じて叩きつぶそうとします。このためイノベーターは強い信念と不屈の精神を持ち、さまざまな反発を乗り越えるために行動する必要があります。
だからこそシュンペーターは、イノベーターには、勝利を目指して行動し続ける強靱(きょうじん)な精神力が必要だと考えていました。
「決定的なのは、『活動への衝動』と呼ぶべき項目で取り上げられる事実と論拠である。手短に言うと、自ら設定した目標を達成し、新しい目標を眼前に見ることは、単なる快楽追求以上に力強い性質をもった心身強壮な生活に属している。自分の全精力を出し切る活動をしたいという欲求は、誰もが自分自身の意識のなかに認めることができる」「性格の弱い人は、繰り返し課される課題を何とか片づけていくのがやっとである。しかし力があり余っている強い人は、変革と断行のためにそれをおこない、つねに新しい計画を遂行し、それがすむとさらに新しいものにとりかかる」(『経済発展の理論(初版)』)
次回の記事では、シュンペーターが異様にも感じられるイノベーター像を描いた背景について説明します。

[日経ビジネス電子版 2026年3月23日付の記事を転載]
山崎良兵(著)/日経BP/2640円(税込み)
